横浜線沿線散歩街角散歩
相模原市中央区矢部〜相模原
矢部から相模原へ
November 2012
矢部から相模原へ
以前、淵野辺駅から相模原駅までを歩いたことがあった。その時は国道16号沿いを主に歩いたのだが、今回は矢部駅から出発し、横浜線の線路に近い辺りを歩いてみたい。先月(2012年10月)、矢部駅を北口に出て淵野辺駅へと歩いたのだが、今回は南口へと出て相模原駅を目指そう。
矢部駅南口
JR横浜線矢部駅を南口へ出る。矢部駅の南口は北口とはすいぶんと雰囲気が違う。北口は整然として広々としていたが、南口は少しばかり“窮屈な”印象だ。横浜線の線路南側には道路が沿っており、その道路と線路との間に強引にスペースを設け、橋上駅舎へのエントランスが設けられている。そのために線路沿いの道も少し狭められているようだ。道路を挟んだ駅舎の向かい側からその周辺にかけては飲食店などの店舗が建ち並び、ちょっとした“駅前商店街”のような佇まいだ。

村富神社
矢部駅南口から西へ辿る。住宅街の中を数百メートル西へ進んで南へ向かう。村富神社に立ち寄っておこう。この周辺は江戸時代の初期に江戸の商人相模屋助右衛門が開墾し、上矢部新田と呼ばれたところだが、新田開墾に先立って稲荷社を創建、新田開発成就を祈願したのだそうだ。それが村富神社だ。「村富」という名に新田の開墾に臨んだ人たちの思いが窺える。村富神社の境内には人の姿もなく、ひっそりとしている。もう11月も半ば過ぎ、境内の木々は紅葉に染まりつつあった。
西門商店街

西門商店街

西門商店街

西門商店街
村富神社を後にし、「矢部一丁目」交差点を通り過ぎ、西へ300メートルほどで西門商店街だ。在日米軍相模総合補給廠の西門があるため、商店街の名にも「西門」と付けられたのだろう。

横浜線の線路のすぐ北側に在日米軍相模総合補給廠の西門があり、踏切を越えて南へ大きな通りが延びている。「西門通り」と通称される通りだ。この通りは国道16号線と交差し、「市役所さくら通り」となってさらに南へ延びている。「市役所さくら通り」から「西門通り」にかけては桜の並木で、春には素晴らしい景観を見せてくれる。今は桜も紅葉の季節を迎え、日射しを受けて秋色に輝いている。歩道にも美しい色合いの落ち葉が敷き詰められている。

「西門通り」は「グリーンプラザさがみはら」という愛称が付けられ、広く取られた歩道は公園のような佇まいに整備されている。赤色と青色の巨大な手を象った野外彫刻が目を引くが、これは岡本太郎の作品で、それぞれ「呼ぶ 赤い手」、「呼ぶ 青い手」との名がある。

桜並木の通りから横へ延びる道の入口に「西門」と大きく掲げられている。そこから入り込むとアーケードの設けられた商店街がある。ここが「西門商店街」の中心部と言っていいのだろう。アーケードの設けられた商店街というのは昔は多かったが、近年では設けるところは少ないようだ。西門商店街のアーケードはそれほど古いものには見えないから、近年になって設けられたか、改修されたものなのだろう。アーケードのある商店街というものは、それだけで何故か楽しい。

訪れたときはお昼過ぎだったからか、西門商店街に人の姿は多くはなかった。夕方になればきっと多くの買い物客で賑わうのだろう。その様子も見てみたい気がする。
相模原駅周辺
西門商店街を後にして、相模原駅を目指そう。住宅街の中を抜け、横浜線南側のバス通りを歩こう。駅に近づくにつれて通り沿いには店舗が多くなり、高層の建物も多くなる。歩道から見上げると秋の青空を背景に高層ビルの直線的で幾何学的な姿と街路樹が造り出す自然の造形とが生み出すコントラストが印象的だ。やがて相模原駅前のペデストリアンデッキが見えてくる。駅に近づくにつれて街の佇まいも繁華な印象が強くなってくる。駅近くのカフェで一休みして、今回の散策は終わることにしよう。
今回の散策ルートは以前に歩いたルートと重なる部分も多かったが、年月を経て新しい発見もあり、楽しい散策だった。西門商店街をのんびりと歩くことができたのも楽しいものだった。相模原駅から西へも辿ってみたいが、それはまた次の機会ということにしよう。
矢部から相模原へ

矢部から相模原へ