横浜線沿線散歩街角散歩
横浜市港北区小机町
泉谷寺
October 1998
泉谷寺
本堂前から観音堂を見る
横浜線小机駅を南側へ出て、駅前を通る横浜上麻生道路を西に向かって歩き、小机辻を過ぎ、第三京浜をくぐって下り坂を降りたところに「泉谷寺」という交差点がある。この交差点を菅田町へ向かって左に折れ、「泉谷寺坂」という名の緩やかな登り坂の道を辿って行くとやがて右手に泉谷寺への参道の入口が現れる。

交差点の名にもなっているこの寺は、1320年代に芝増上寺の末寺として創建された本覚院を1523年(大永3年)に北条氏綱の家臣二宮織部正が現在の場所に移し、見誉上人を招いて開山としたものであるという。泉谷寺の名はそもそものこの辺りの地名からとられたものであるらしい。かつては小田原北条氏の保護を受け、やがて江戸時代には葵の紋も許されたという由緒の寺だが、現在は1781年(天明元年)に再建された観音堂が残るだけで、他の建物はすべて改築されている。
本堂前から山門を見る
この寺が有名であるのは何より、「東海道五十三次」で著名な初代安藤広重が描いた「山桜図」が残っていることだろう。1834年(天保5年)から1840年(天保11年)までこの寺の住職を勤めた第二十六世立誉了信上人の代に、本堂内陣と下陣の間の杉戸に左右四面ずつの八面に山桜が描かれたもので、初代安藤広重の傑作とされているのだそうだ。第二十六世立誉了信上人は安藤広重の弟であったとされており、その関係から了信上人が住職を勤めていた時期に描かれたものだと言われているということだが、広重の先妻の兄説など他にも諸説あるらしい。

この山桜図は1928年(昭和3年)、詩人野口米次郎によって発見され、東京朝日新聞に紹介されたものだが、現在は保存のために一般公開はされていない。この山桜図は神奈川県の重要文化財に指定されている。
横浜市指定名木古木のサルスベリ
門前まで小机の住宅街が迫っているが、寺の周囲は深い木立が残り、野鳥の声も聞こえてきて、山深い寺の境内にいるような錯覚さえ覚えてしまう。境内には横浜市の名木古木に指定されたサルスベリ、ケヤキ、イチョウなどがあり、それぞれ見事な姿を見せてくれている。

山門の周囲にはモミジの樹が多く、イチョウの大木と共に秋の紅葉の時期の景観は素晴らしいものだ。また山門前の参道沿いは紫陽花が多く植わっており、花咲く時期の見事さは近辺では有名であるという。外の道路から参道に入ってすぐの辺りは桜の古木の並木になっており、桜の季節にもまた美しい景観が楽しめることだろう。小机の町の散策の際には是非立ち寄りたい名刹である。
山門