幻想音楽夜話
Climbing! / Mountain
1.Mississippi Queen
2.Theme For An Imaginary Western
3.Never In My Life
4.Silver Paper
5.For Yasgur's Farm
6.To My Friend
7.The Laird
8.Sittin' On A Rainbow
9.Boys In The Band

Leslie West : guitars and vocals.
Felix Pappalardi : bass, piano and vocals.
Corky Laing : drums and percussion.
Steve Knight : organ, hand bells and mellotron.

Produced by Felix Pappalardi
1970
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 1970年代初頭のロック・シーンに於いて、特に日本のロック・ファンの間で、フェリックス・パパラルディの知名度とその評価は今から考えるより遙かに高いものであったような気がする。彼の名を知らなければ一人前の「ロック・ファン」だとは言えないような、そんな風潮さえあったような気がする。

 クリームのプロデューサーとして名を馳せたフェリックス・パパラルディは、その事実だけでも充分に彼の知名度と評価の裏付けとなっていただろう。クリーム解散の後に、フェリックスがレスリー・ウエストというギタリストを擁して結成したバンドが「マウンテン」だった。レスリーとフェリックスによる最初のアルバムは、当初はレスリーのソロ・アルバムとして制作されたものだったということだが、そのプロジェクトはそのままバンド形態に発展して「マウンテン」を生むことになった。

 マウンテンは当時のロック・ファンに大いに支持され、フェリックス・パパラルディの名をさらに高めることになった。今ではマウンテンの名もフェリックス・パパラルディの名も一部のマニアックなファンの間で語られるに過ぎないようにも思えるが、1970年代初頭のロック・ファンの間でその名を知らない者はいないと言ってよいほどだったのだ。

 「Climbing!」はそのフェリックス・パパラルディがレスリー・ウエストと共に制作した二枚目の作品であり、「マウンテン」というバンドとしての実質的なファースト・アルバムである。完成度では次作に譲る本作だが、「マウンテン」というバンドの実力とその音楽の魅力を充分に形在るものにし、それを今に伝えてくれる作品だと言うことができるだろう。

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 レスリー・ウエストという巨漢のギタリストは、まさに「天才的」という形容の相応しいミュージシャンだった。マイケル・シェンカーがその演奏に憧れ、多大な影響を受けたというエピソードはあまりに有名で、そこから遡ってマウンテンの音楽に辿り着いたという若いロック・ファンも少なくはないだろう。独特のチョーキングを多用した彼のギター演奏はとてもエモーショナルで、彼の風貌からは想像できないほどの繊細さを併せ持ったものだった。

 フェリックス・パパラルディは音楽理論に長けた人物で、それがクリームのプロデュースの際にも功を奏したわけだが、マウンテンに於いても彼のそうした面がバンドの音楽性に強く現れている。また彼は非常に優れたベーシストでもあり、彼のベース演奏とレスリーのギター演奏とが双璧となってマウンテンの音楽の創造の中心となっていたことは言うまでもない。

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 マウンテンの音楽は、当時のアメリカのバンドとは思えないほど、英国的香りの漂うハード・ロックだった。翳りを帯びて奥深いサウンド、ヘヴィでアグレッシヴな演奏と繊細でリリカルな演奏との、いわば「静」と「動」の同居した音楽性、それらは「ブリティッシュ・ハード・ロック」のバンド達の「お家芸」とでもいうようなものだったが、マウンテンの音楽はまさにそうした魅力を携えていたのだ。あるいはそのことも、当時の日本のロック・ファンに好まれた要因のひとつであるかもしれない。

 マウンテンの音楽はアメリカのバンドらしい豪放さと共に、アメリカのハード・ロック・バンドにはあまり見られないようなクールで知的な感触を持っている。豪放な楽曲と知的な楽曲との双方が存在するという意味ではない。彼らの楽曲は、豪放なハード・ロックであっても、どこか知的でクールな感触があるのだ。彼らの音楽のそうした側面は、聴く人によっては「計算高く」思われることもあるらしく、それを嫌う人もいないわけではない。

 そうした音楽性の確立は、フェリックス・パパラルディの精妙なコントロールのもとに行われたものだと考えられるだろう。自らの感性に従って情動をそのままギターに託すようなレスリーの演奏は、ややもすればそのまま無軌道に流れてゆく危険性を含んだものだが、フェリックス・パパラルディのリーダーシップによって見事に昇華されて完成された音楽作品としての輪郭を形作ってゆく。形を成した音楽はアグレッシヴで情動的なロック・ミュージックでありながら、抑制された理知的な匂いを放ち、思索的な深みを与えられている。嫌う人には「計算高く」見えるものも、好む人にとってはインテレクチュアルでアーティスティックな魅力を与えてくれるものになり得ていると言ってよいだろう。

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 「Mississippi Queen」はマウンテンの豪放なヘヴィ・ロックの魅力を存分に味わえる楽曲で、当時の映画のサントラに使用されたことでもよく知られている。イントロ部から響き渡るレスリーのギターが痛快だ。短い楽曲だが、それだけに彼らの音楽のハードでヘヴィな魅力を凝縮した一曲ということもできるだろう。マウンテンの代表曲のひとつである。

 「Theme For An Imaginary Western」はジャック・ブルースの作曲による楽曲で、当時のフェリックス・パパラルディとジャック・ブルースが親交があったことから彼らのレパートリーに加えられていたらしい。当時シングル曲となってヒットしたこともあり、この楽曲を耳にしたことのあるロック・ファンは少なくないだろう。哀感漂うメロディと重厚なサウンドが融合して独特の叙情的世界を造り出している。この楽曲に於けるレスリーの演奏も素晴らしく、彼らの代表曲のひとつであるのみならず、希有の名曲というべきだろう。

 「Never In My Life」は再びヘヴィなハード・ロックだ。疾走感のある演奏だが、「突っ走る」というイメージは薄く、どこか「つんのめる」ような感覚を伴うところがあり、逆説的に言えばそれが独特の魅力だとも言える。「Silver Paper」はハードな音の中に雄大なスケールを感じさせる楽曲だ。「大陸的な大らかさ」とでも言うのか、今にして思えばどことなく後の「サザン・ロック」へと繋がるものを連想させるところがある。アメリカのバンドとしての「血」であるのかもしれない。

 「For Yasgur's Farm」もまた彼らの代表曲のひとつに数えるべき楽曲だろう。ヘヴィな音像に乗せて歌われる哀感のあるメロディが印象的だ。楽曲そのものも魅力的で、彼らの叙情的な側面を感じさせる佳曲である。「To My Friend」はレスリーのペンによる楽曲で、彼のアコースティック・ギターによるインストゥルメンタル曲である。情動的な印象の中に繊細で少しばかり牧歌的な味わいも併せ持ったギター演奏を堪能することができる。「The Laird」は「To My Friend」からそのままイメージを引き継いだような静かな楽曲で、繊細なギター演奏とささやくような歌声が印象的だ。

 「Sittin' On A Rainbow」はなかなか軽快な印象の楽曲で、メロディやギターのリフなども彼らの楽曲の中ではポップなイメージを伴うものだ。短い楽曲で、少々こぢんまりとまとまった観もあるが、ライヴのステージでは大きく発展してゆく要素を内包しているように思える。ピアノによるイントロ部が印象的な「Boys In The Band」もまた哀感に満ちたメロディが魅力だが、繊細でリリカルな演奏から重厚なイメージへと展開してゆく様が見事だ。ドラマティックな楽曲である。

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 マウンテンの音楽は、英国のバンドを思わせるような哀感を帯びた叙情性と、米国のバンドらしい硬質で乾いた音の感触との融合が特徴だったと言えるだろう。フェリックス・パパラルディのリーダーシップによって理論的に展開される音楽性も、思索的な深さを生んで聴き手をその魅力に引き込むものだった。しかし何より、レスリー・ウエストのギター演奏の素晴らしさこそが、マウンテンの音楽の最も大きな魅力だっただろう。ハードなエッジを効かせたアグレッシヴな演奏ももちろん魅力的だが、重厚な音像の中に浮かび上がる繊細なメロディ、チョーキングを多用しての、いわゆる「泣き」のギターは、当時のロック・シーンに於いて無比の存在感を放っていたような気がする。

 「Climbing!」はそうしたマウンテンの音楽を具現化した素晴らしい作品だった。全体の完成度という点に於いては次作「Nantucket Sleighride」に及ばないが、それでもこの「Climbing!」を好むファンは多い。音楽理論に基づいて巧みなアレンジで練り上げられた楽曲群はそれぞれ素晴らしいものだが、マウンテンはその短い経歴の中で比較的多くのライヴ録音盤を発表し、実は生演奏の舞台でこそその本領を発揮するバンドであるこを証明して見せる。この作品は、そうしたマウンテンの音楽を刻みとめ、当時のロック・シーンの「熱さ」といったものを今に伝えてくれる。「想像されたウエスタンのテーマ」の終盤、レスリーの奏でるギターは、彼の演奏の中でも屈指のものだろう。その魅力は今も色褪せることがない。