幻想音楽夜話
白いページの中に and more tracks / 柴田まゆみ
1.白いページの中に(オリジナル・ヴァージョン)
2.今日もどこかで(オリジナル・ヴァージョン)
3.長い夜
4.雨よ
5.Smile Again
6.夜明け前
7.TSU-BU-YA-KI
8.その時まで
9.蜃気楼
10.白いページの中に(セルフカバー・ヴァージョン)

2004 TEICHIKU ENTERTAINMENT,INC.
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 1970年代の日本のポップスを聴いていた人たちの中で、「白いページの中に」という楽曲を知らないという人は少ないのではないだろうか。それどころか、「忘れられない一曲」と思っている人も少なくないのではないだろうか。知らない、という人ももちろんいるだろう。1980年代以降に生まれた若い人であれば知っている人の方が少ないかもしれない。「白いページの中に」を知らないという人のために、少しだけ説明しておこう。

 「白いページの中に」は柴田まゆみというシンガー/ソングライターによって1978年に発表された楽曲だ。この楽曲によって、彼女は1978年に開催された第15回ポプコンに入賞を果たしている(ポプコンについての詳細は公式サイトなどを参照されたい)。グランプリは逃したものの、この楽曲は以後も多くのファンに支持され続け、ポプコンを代表する楽曲のひとつとして愛され続けてきた。ところが、柴田まゆみは「白いページの中に」のシングル盤を発表した後、音楽シーンから姿を消してしまった。

 やがて時代が移ってアナログレコードからCDの時代になっても、柴田まゆみの名は「白いページの中に」と共に語られるに過ぎなかった。「白いページの中に」はポプコン関連の企画盤などの各種コンピレーション盤に収録されてCD化されてはいたものの、それだけに「柴田まゆみはあれからどうしているのだろう」と、彼女の復帰を心の片隅で待ち続けたファンも少なくなかったのではないだろうか。あれから、柴田まゆみは音楽活動からは「引退」し、「普通の生活(ライナーに記された本人の手記より)」を送りながら少しずつ作品を創り続ける日々であったらしい。

 その柴田まゆみが音楽シーンに戻ってきたのは2004年も終わり近くになってからだった。2004年11月に開催された「コッキーポップin札幌」で、柴田まゆみは約26年ぶりにステージに立ち、ファンの前に戻ってきたのだ。2004年12月、「白いページの中に」を収録したアルバムが発表されている。CDの帯には「幻のDEMO音源(1992年7月録音)が長い年月を経て今、ここに甦る!!」と謳われている。アルバムが制作された経緯についての詳細はわからないが、1992年当時、柴田まゆみは音楽活動を再開し、アルバム制作の話が進行していたものの、けっきょく実現に至らなかったということなのだろう。その際のデモテープが今になって関係者の目に留まり、発表に至ったということであるらしい。

節区切

 お恥ずかしい話だが、柴田まゆみが音楽シーンに戻ってきたという事実を、2005年の春過ぎに至るまで知らなかった。そのアルバム「白いページの中に and more tracks」をCDショップで偶然見かけて衝動買いのように買い求めたのが2005年の春で、それから興味を覚えてさまざまなWEBサイトなどで調べてみて、柴田まゆみの復帰を知ったのだった。

 2004年12月に発売されたアルバム「白いページの中に and more tracks」は、そのタイトルが示すように、1978年に発表された「白いページの中に」と、そのシングルのB面曲だった「今日もどこかで」の2曲に、1992年に録音された8曲の音源を加えて構成されている。1992年録音の音源の中には「白いページの中に」の1992年ヴァージョンとも言える、新録音ヴァージョンも含まれている。1992年録音の音源の8曲はデモ音源であるということだが、それを感じさせない質の高さだと言っていい。長い年月を経てこの音源がこうしてCDとして発表されるに至ったのも、この音源の質の高さ故のことであったらしい。

 「白いページの中に」が、各種のコンピレーション盤の中の一曲としてではなく、柴田まゆみ名義のアルバムの中に、B面曲だった「今日もどこかで」と共に収録されているということだけでも、充分に購買意欲をそそられるものだ。さらには1992年に録音された8曲のデモ音源が収録されたものだということであれば、柴田まゆみの「白いページの中に」を愛し続けてきたファンとしては、買わずにはいられないアルバムと言っていいではないか。

節区切

 アルバムは、言い方は悪いが、これまでに残された柴田まゆみの音源を「寄せ集めた」内容であるわけだから、当然のことながらアルバム作品としての統一感や完成度といったものを望むことはできない。しかし、冒頭に収録された「白いページの中に」が聞こえてきた瞬間、「ああ、買ってよかったな」という気分になってしまう。柴田まゆみの「白いページの中に」を、コンピレーション盤の中の一曲としてではなく、こうしてメインに据えたアルバムの中で聴けるだけで、このアルバムの価値があるような気がする。「今日もどこかで」を、久しぶりに聴けるのも嬉しい。

 「白いページの中に」は、日本のポップ・ミュージック・シーンの生んだ、まさに「名曲」と言っていい。この楽曲に魅せられたのは一般の音楽ファンだけではないらしい。プロのシンガーにとっても、どうやらこの楽曲は魅力的なものであるらしく、あみん、Chieri(伊藤智恵理)、岩崎宏美といったシンガーによってカヴァーされてきた。しかし(すべてのカヴァーを聴いたことがあるわけではないが)それらのカヴァーは、例えば岩崎宏美の巧みな歌唱力をもってしても、柴田まゆみによるオリジナルの魅力を超えるに至っていない。1978年に発表された「白いページの中に」という作品は、奇跡的な魅力を放って時代の流れの中に朽ちることがないのだ。この楽曲を発表した当時、柴田まゆみはまだ十代であったようだ。その年頃の女性だけが持つ感性に裏付けられた情感が歌詞と旋律と歌唱とに見事に昇華されて、この楽曲に特別な輝きを与えているのかもしれない。

節区切

 このアルバムの魅力は、しかし「白いページの中に」だけではない。1992年に録音されたという、8曲の楽曲のなんと素晴らしいことだろうか。うち1曲は「白いページの中に」のセルフ・カヴァーだから、他の7曲を初めて耳にするわけだが、これらの楽曲が何しろ素敵だ。CDのライナーに記された柴田まゆみ本人の手記に依れば「次々と曲が出来るタイプではなく、作品の数は少ない」そうだが、それだけにどの作品も丁寧に真摯に創られた感触があり、芳醇な情感に満ちていて、聴いているとその作品世界に引き込まれてしまう。ほとんどの楽曲はしっとりとしたバラードだが、リズミカルで溌剌とした印象の楽曲もあり、聴き通していて単調さを感じることはない。どの楽曲も作品としての完成度は高く、それぞれにとても魅力的で美しい。

 こうしてアルバム全体を聴いてみて改めて思うことは、柴田まゆみ本人の作詞作曲による楽曲自体の魅力ももちろんだが、柴田まゆみのシンガーとしての魅力だ。「白いページの中に」が長く愛される作品となり得たことは、楽曲自体の素晴らしさとともに、それを歌った柴田まゆみの歌唱の魅力によるところも大きいのではないか。彼女の歌声は澄んだ声というわけではなく、どちらかと言えば少し「鼻にかかった」ような、ちょっとハスキーさも感じさせる歌声だ。朗々と歌い上げるタイプのシンガーではないし、朴訥に語りかけるような歌声でもない。しっとりと切々と、まるで丁寧に絵筆を運ぶように歌う。情感に満ちて芳醇な香りに満ちた湿度を感じさせる歌声だ。柴田まゆみの、その歌唱の魅力を愛するファンも少なくはない。

 アルバムに収録された1992年録音の8曲は、「白いページの中に」でデビューした頃から十年余を経ていたわけだが、その歌唱は衰えるどころか、さらに輝きを増しているように思える。デビュー当時は、彼女自身の若さによる、ある種の「ぎこちなさ」も感じさせる歌唱だったが、そうしたところが良い方向に取れて、円熟味を増し、味わいを深めている。その柴田まゆみの歌唱によって、自身によって書かれた楽曲がいっそうの輝きを増しているように思える。再録音された「白いページの中に」も、1978年録音のオリジナルとはまた違った魅力を放っている。どちらが良いかと問われれば、やはり1978年録音のオリジナルの瑞々しい魅力が勝っているようにも思うが、より洗練された印象の1992年録音ヴァージョンも決して劣るものではない。これほどの作品群が、もしかすると発表の機会を与えられないままに埋もれてしまっていたかもしれないことを思うと、こうしてCDアルバムとして発表され、ファンとして聴くことができることに感謝したい思いだ。

節区切

 「白いページの中に」は素晴らしい作品だ。それは今も変わらない。しかし、「白いページの中に」が柴田まゆみのすべてではないことを、このアルバム「白いページの中に and more tracks」は教えてくれる。これまで柴田まゆみの名はいつも「白いページの中に」とイコールで結ばれていた。しかしこれからはそうではない。「白いページの中に」は、柴田まゆみの数々の素晴らしい作品のひとつに過ぎないのだということを、このアルバムは教えてくれる。