横浜線沿線散歩公園探訪
日野市多摩平
多摩平の森
May 2008
多摩平の森
日野市多摩平四丁目の東部、国道20号線「日野バイパス」に面して「多摩平の森」という緑地がある。昭和30年代に開発されたという公団多摩平団地からUR都市機構が再整備を進める「多摩平の森」の団地内緑地という位置付けだが、一般にも開放されているようだ。旧多摩平団地時代には森林公園として住民に愛されてきた緑地であるらしい。
多摩平の森

多摩平の森

多摩平の森
緑地内には約350本、20種を超える高木があるという。この緑地は大正時代末から宮内省帝室林野局林業試験場「日野苗圃」だったところであるらしく、これらの樹木は苗圃時代に植えられたものだろうという。緑地は南北に細長く、四つのエリアに別れており、北から「四季の森」、「遊びの森」、「ストーンの森」、「マツボックリの森」と、それぞれ名付けられている。

最も北側の「日野バイパス」に面した「四季の森」にはヒノキやクヌギ、コナラといった樹木が多く、その名のように四季折々に移り変わる表情を楽しむことができる。その南側は「遊びの森」だ。カツラを中心とした林で、一角には「草の広場」と名付けられた広場が設けられている。広場は小規模なものだが、団地でのイベント会場としても用いられるという。

その南側は「ストーンの森」で、モミの林だ。このモミ林は樹齢65年〜75年と推定されるもので、関東でも珍しい、貴重なものであるとの解説が添えられている。確かにこれだけの規模のモミ林は多摩地域では見ることがないと言っていい。林の中には木道が辿り、モミを保護するためか、木道の外には立ち入りが禁止されている。

緑地の最も南側のエリアは「マツボックリの森」だ。アカマツの林になっている。「日野バイパス」側から見れば「マツボックリの森」が緑地の中で最も奥まった部分になり、その周囲には「多摩平の森」の団地が広がっている。
モミの林に名付けられた「ストーンの森」という呼称に興味を覚えるところだが、この「ストーン」とは、カナダ人宣教師アルフレッド・ラッセル・ストーン牧師のことだ。ストーン牧師はカナダのオンタリオ州に生まれ、1926年(大正15年)、宣教師として来日した。東京で日本語を学んだ後、長野県に派遣され、布教活動と共に困窮に喘ぐ農村の復興にも心血を注いだ。長野県の野尻湖畔にはストーン牧師の功績を称える記念碑が建てられている。しかし時代は戦争を迎え、1941年(昭和16年)、やむなく帰国する。戦後、1946年(昭和21年)に再び来日、翌年、この多摩平に農村伝道の拠点となる「中央農村教化研究所」を構える。故郷のカナダを思わせる樹林の佇まいに心惹かれたのだという。「日本復興のための農村伝道」を実践すべく多忙を極めるストーン牧師の活動は日本全国に及んだ。1954年(昭和29年)9月26日、北海道から東京へ向かうために青函連絡船に乗り込んだストーン牧師を悲運が襲う。死者行方不明者1155名という未曾有の大惨事となった、いわゆる「洞爺丸事故」である。その1155名のうちの一人がストーン牧師だった。ストーン牧師は身に付けていた救命胴衣を見ず知らずの青年に譲り渡し、自らは波間に消えていったという。52歳だった。
この緑地はかつて苗圃だった経緯があるために一般的な多摩地方の山林の植生とは違った様相を見せる。木々の間を縫って辿る散策路を歩けば、どこか高原の樹林地を歩いているような錯覚を覚えてしまうほどだ。ストーン牧師がカナダの風景と似たものを感じたのも頷ける。「多摩平の森」の団地内緑地ではあるが、貴重なモミ林など、樹林の様相はなかなか魅力的で、特に樹木に興味のある人なら遠方から訪れてみても楽しめるに違いない。JR中央線豊田駅から「多摩平緑地通り」を北に歩いて15分ほどだろうか。緑地は「多摩平緑地通り」と「日野バイパス」との「泉塚」交差点のすぐ西側に位置している。
多摩平の森