横浜線沿線散歩公園探訪
横浜市保土ヶ谷区岩間町
天王町駅前公園
October 2014
天王町駅前公園
横浜市保土ヶ谷区岩間町一丁目に「天王町駅前公園」という小公園がある。その名が示すように、相鉄線天王町駅のすぐ南側、まさに“駅前”に位置した公園だ。

天王町駅前公園

天王町駅前公園

天王町駅前公園
天王町駅前公園は面積700平方メートル足らず、小さな街区公園だ。相鉄線天王町駅の“駅前”に位置し、すぐ東側には環状1号線が通っており、公園脇にはバス停も設けられている。そのような立地だから公園は駅へと行き来する人たちが多く通り抜ける。ときおりベンチに腰を降ろして一休みする人の姿もある。狭い園内には子どもたちのための遊具などは設置されておらず、トイレもなく、“公園”というよりは“駅前広場”と呼ぶのが相応しいような佇まいだ。

そのような小公園だが、旧東海道に位置するという、特筆すべき性格を持っている。しかも旧帷子橋跡である。現在の帷子川は相鉄線の東側を緩やかな曲線を描いて流れているが、1964年(昭和39年)に実施された河川改修工事によって帷子川の流路が大きく変わっており、それ以前の帷子川はここを流れていた。その帷子川に架けられ、旧東海道を通していたのが帷子橋だ。

園内は東海道五十三次の浮世絵を模して造られているそうだ。歌川広重が描いた「東海道五十三次」の「保土ヶ谷」には確かに橋が描かれているから、それをモチーフに公園の設計がなされたのだろう。中央部は橋と欄干に見立てて造られており、その傍らには灯籠が置かれ、松も植栽されて旧街道の風景を想起させる演出がなされている。天王町駅側の公園入口脇には「江戸日本橋より八里」と記した石標が建てられているが、これも古いものではないようだ。

天王町駅前公園から西へ200mほど行くと「旧古町橋跡」という史跡がある。1601年(慶長6年)に保土ヶ谷宿が成立した当時、東海道は現在知られる旧東海道より少し北を通っていたそうだ。1648年(慶安元年)に旧東海道の道筋が変えられ、帷子川にも新しい橋が架けられた。その新しい橋のあったところが現在の天王町駅前公園というわけだ。帷子橋に架けられた新しい橋が「新町橋」、古いものが「古町橋」と呼ばれていたそうで、その古町橋があった場所が「旧古町橋跡」だ。「旧古町橋跡」は現在は町の中の小さな交差点という様相で、案内パネルがなければそれと気付かないほどだが、「旧帷子橋跡」を訪ねたなら「旧古町橋跡」にも訪ねておきたいところだ。

天王町駅前公園は旧東海道の「旧帷子橋跡」という史跡であり、天王町駅に降り立って旧東海道保土ヶ谷宿への散策へと出発する際には、最初に立ち寄るべき場所と言っていい。環状1号線に面して「歴史の道 東海道保土ヶ谷宿周辺散策案内図」のパネルが設置されているから旧東海道の散策を楽しむ際には目を通しておきたい。「江戸日本橋より八里」の石標脇には近辺の主要な史跡への距離を示した案内板もある。南へ辿れば900mで「問屋場後」、1270mで「本陣跡」、北へ向かえば690mで「江戸方見附跡」だそうだ。それらの史跡のほとんどは「跡」であって、それを示す案内パネルが立てられているだけだが、旧東海道散策の際にはやはり訪ねておきたい。

天王町駅前公園の西側、「旧古町橋跡」へ向かう途中には帷子公園という公園がある。帷子公園は帷子川の流路跡に造られた公園だそうだ。東へ環状1号線と今井川を越えれば西久保町公園という公園がある。西久保町公園は日本金属工業という企業の工場跡地に造られた公園で、日本に於けるステンレス鋼製造の“発祥の地”として知られる。足を延ばして訪ねてみるのもいい。
天王町駅前公園