川崎市麻生区上麻生〜町田市三輪町
麻生川河畔
(大谷戸橋〜恩廻橋)
Visited in October 2022
十月下旬のよく晴れた日、川崎市麻生区に出かけた。小田急線柿生駅の辺りから麻生川に沿って鶴見川との合流点まで下り、その後は町田市三輪町の北端部を抜けて柿生駅へ戻ろうと思う。以前、柿生駅から麻生川に沿って歩いたことがあった。あの時は鶴見川との合流点からさらに鶴見川に沿って下ったので、今回は上流側へと戻り、町田市三輪町の北端部、鶴見川と麻生川に挟まれたエリアを歩いてみたいと思ったのだった。
柿生駅には久しぶりに降りた。柿生駅の周辺は昔とあまり変わっていないように見える。見慣れた風景にちょっとほっとする。
駅から線路の東側の道路を南方向へ辿ると、すぐに麻生川だ。大谷戸橋という橋が麻生川を跨いでいる。橋の袂に河川管理境界を示す標識があった。標識によれば、ここから下流部は神奈川県川崎治水事務所の管轄、上流部は川崎市麻生区役所建設センターの管轄だそうだ。当然、下流部は「一級河川」、上流部は「準用河川」と、種別も違っている。
大谷戸橋から麻生川の右岸の舗道を下っていこう。大谷戸橋から100mと少しで白根橋、白根橋で麻生川を渡って左岸川に移り、さらに河岸を辿っていく。河岸は住宅地で、ところどころに集合住宅なども建っている。ところどころで桜の木が大きく枝を広げている。10月の下旬だが日射しは強く、木陰が嬉しい。
やがて麻生川が緩やかに右(西側)に曲がっていく。河岸を辿りながら、ときおり振り返ってみる。川に沿って弧を描く河岸の風景が美しい。
駅から線路の東側の道路を南方向へ辿ると、すぐに麻生川だ。大谷戸橋という橋が麻生川を跨いでいる。橋の袂に河川管理境界を示す標識があった。標識によれば、ここから下流部は神奈川県川崎治水事務所の管轄、上流部は川崎市麻生区役所建設センターの管轄だそうだ。当然、下流部は「一級河川」、上流部は「準用河川」と、種別も違っている。
大谷戸橋から麻生川の右岸の舗道を下っていこう。大谷戸橋から100mと少しで白根橋、白根橋で麻生川を渡って左岸川に移り、さらに河岸を辿っていく。河岸は住宅地で、ところどころに集合住宅なども建っている。ところどころで桜の木が大きく枝を広げている。10月の下旬だが日射しは強く、木陰が嬉しい。
やがて麻生川が緩やかに右(西側)に曲がっていく。河岸を辿りながら、ときおり振り返ってみる。川に沿って弧を描く河岸の風景が美しい。
白根橋から400mほどで横浜上麻生道路(神奈川県道12号横浜上麻生線)に出た。横浜上麻生道路が仲村橋で麻生川を跨いでいる。ここで少し寄り道をしていこう。仲村橋のすぐ南側の「仲村橋」交差点から東方向へ引き返すように入り込んでいくと、交差点から200mほどで浄慶寺だ。
浄慶寺は紫陽花や彼岸花の名所として知られ、花の時期には大勢の参拝客が訪れる。10月下旬ではすでに彼岸花の季節も過ぎて人の姿も無く、境内は静けさに包まれている。浄慶寺にはもう一つ名物がある。さまざまな姿の羅漢様を象った石像が境内のあちこちに置かれていて、その姿がたいへんにユーモラスだというので評判なのだ。羅漢様の石像は少しずつ増やされているようだ。世相を反映したものも少なくない。マスクをして注射器を構える羅漢様と目を隠して注射を嫌がる様子の羅漢様の像は、2019年(令和元年)末から猛威を振るったコロナ禍を反映したものか。その他にもPCを操作する羅漢様やカメラを構える羅漢様などの像がある。他にはどんな羅漢様がいらっしゃるのだろうと、境内を探してみるのも楽しい。
浄慶寺は紫陽花や彼岸花の名所として知られ、花の時期には大勢の参拝客が訪れる。10月下旬ではすでに彼岸花の季節も過ぎて人の姿も無く、境内は静けさに包まれている。浄慶寺にはもう一つ名物がある。さまざまな姿の羅漢様を象った石像が境内のあちこちに置かれていて、その姿がたいへんにユーモラスだというので評判なのだ。羅漢様の石像は少しずつ増やされているようだ。世相を反映したものも少なくない。マスクをして注射器を構える羅漢様と目を隠して注射を嫌がる様子の羅漢様の像は、2019年(令和元年)末から猛威を振るったコロナ禍を反映したものか。その他にもPCを操作する羅漢様やカメラを構える羅漢様などの像がある。他にはどんな羅漢様がいらっしゃるのだろうと、境内を探してみるのも楽しい。
浄慶寺に参拝した後は、仲村橋に戻って麻生川河岸を辿ろう。仲村橋からすぐに仲野橋を過ぎて、麻生川は再び左手に曲がって流れていく。河岸は住宅地で、高層の建物もなく、長閑な印象だ。河岸の道路は車両の通行も可能だが、通り抜ける車はほとんどない。のんびりと河岸を歩く。
やがて新三輪橋、三上橋、耕地橋と過ぎてゆく。新三輪橋から耕地橋の間は、左岸側の道路は歩行者専用になっている。麻生川に沿うようにすぐ北側を横浜上麻生道路が通っており、走る車の音も聞こえてくるが、河岸はのんびりとしている。ススキやセイタカアワダチソウなどが風に揺れる様子を眺めながらのんびりと歩いて行こう。
やがて新三輪橋、三上橋、耕地橋と過ぎてゆく。新三輪橋から耕地橋の間は、左岸側の道路は歩行者専用になっている。麻生川に沿うようにすぐ北側を横浜上麻生道路が通っており、走る車の音も聞こえてくるが、河岸はのんびりとしている。ススキやセイタカアワダチソウなどが風に揺れる様子を眺めながらのんびりと歩いて行こう。
仲野橋から1kmほどで亀井橋だ。亀井橋のすぐ下流側で麻生川が鶴見川に合流する。麻生川と鶴見川に挟まれた三角形の部分は小公園として整備されている。恩廻公園の一部であるようだ。
先端部には石段が設けられ、河原に降りていけるようになっている。河原に降りると視点が下がって川面が近く、川の表情も違って見える。ここは川の合流点、右手から鶴見川、左手から麻生川が注ぎ、一本の川になって流れていく。劇的な何かがあるわけではないが、なぜか川の合流点というものには心惹かれる。流れの音を聞きながら川を眺めていると、どこからかコサギが飛来、すぐ近くで獲物を探していた。
亀井橋から200mほど下流側に辿ったところで恩廻橋が鶴見川を跨いでいる。恩廻橋まで足を延ばそう。
恩廻橋の上から鶴見川と麻生川の合流点を眺めてみる。ここから見ると真っ直ぐに流れる鶴見川に北側から麻生川が合流してくる様子がよくわかる。
この辺り、今は真っ直ぐの流路で流れる鶴見川だが、かつては大きく蛇行していた。改修工事が行われたのは昭和48年度から昭和51年度にかけてのことで、その改修工事によって現在のような真っ直ぐの流路になった。その旧流路を利用して造られたのが恩廻公園だ。改修される以前は麻生川の合流点も今とはずいぶん違う風景だったのだろう。
先端部には石段が設けられ、河原に降りていけるようになっている。河原に降りると視点が下がって川面が近く、川の表情も違って見える。ここは川の合流点、右手から鶴見川、左手から麻生川が注ぎ、一本の川になって流れていく。劇的な何かがあるわけではないが、なぜか川の合流点というものには心惹かれる。流れの音を聞きながら川を眺めていると、どこからかコサギが飛来、すぐ近くで獲物を探していた。
亀井橋から200mほど下流側に辿ったところで恩廻橋が鶴見川を跨いでいる。恩廻橋まで足を延ばそう。
恩廻橋の上から鶴見川と麻生川の合流点を眺めてみる。ここから見ると真っ直ぐに流れる鶴見川に北側から麻生川が合流してくる様子がよくわかる。
この辺り、今は真っ直ぐの流路で流れる鶴見川だが、かつては大きく蛇行していた。改修工事が行われたのは昭和48年度から昭和51年度にかけてのことで、その改修工事によって現在のような真っ直ぐの流路になった。その旧流路を利用して造られたのが恩廻公園だ。改修される以前は麻生川の合流点も今とはずいぶん違う風景だったのだろう。
恩廻橋から川の合流点の眺めを堪能した後は鶴見川の右岸を上流側へと戻っていこう。200mと少しで麻生橋。亀井橋で麻生川を渡った道路が、すぐに麻生橋で鶴見川を渡っている。麻生橋を渡って鶴見川の左岸に移る。
麻生橋のすぐ上流側、鶴見川の右岸には「恩廻公園調節池」が設けられている。恩廻公園調節池は大雨の際などに鶴見川の水量が増したとき、水を一時的に貯水して洪水を防ぐための施設だ。貯水槽の本体は恩廻公園の地下に巨大なトンネル構造で設けられているという。河岸部の施設は本川の水量が増加した際に調整池側に溢れさせる構造になっている。その様子が左岸の道路からよく見える。
「恩廻公園調節池」のすぐ上流側、河川管理境界の標識が立てられている。ここから下流側は神奈川県横浜川崎治水事務所川崎治水センター、上流側は東京都南多摩東部建設事務所の管轄だそうだ。
実はこの場所は神奈川県と東京都の都県境に当たる。下流側は神奈川県川崎市麻生区、上流側は東京都町田市だ。都県境は「恩廻公園調節池」の南側から恩廻公園に沿って伸びている。かつて蛇行する鶴見川が都県境だった名残だ。
麻生橋のすぐ上流側、鶴見川の右岸には「恩廻公園調節池」が設けられている。恩廻公園調節池は大雨の際などに鶴見川の水量が増したとき、水を一時的に貯水して洪水を防ぐための施設だ。貯水槽の本体は恩廻公園の地下に巨大なトンネル構造で設けられているという。河岸部の施設は本川の水量が増加した際に調整池側に溢れさせる構造になっている。その様子が左岸の道路からよく見える。
「恩廻公園調節池」のすぐ上流側、河川管理境界の標識が立てられている。ここから下流側は神奈川県横浜川崎治水事務所川崎治水センター、上流側は東京都南多摩東部建設事務所の管轄だそうだ。
実はこの場所は神奈川県と東京都の都県境に当たる。下流側は神奈川県川崎市麻生区、上流側は東京都町田市だ。都県境は「恩廻公園調節池」の南側から恩廻公園に沿って伸びている。かつて蛇行する鶴見川が都県境だった名残だ。
都県境から300mほどで四ツ木橋。横浜上麻生道路の「新三輪橋」交差点から南下してきた道路が鶴見川を渡っている。その道路を右手(北)へ折れ、100mほど行ったところの十字路を左手(西)へ折れる。周辺は鶴見川と麻生川に挟まれた住宅地だ。それほど広い道路ではないのだが、抜け道に使われるのか、交通量は少なくない。
その道路を十字路から数十メートル辿ったところ、「下三輪入口」バス停近くに丸形ポストが立っている。丸形ポストは今ではすっかり見かけることも少なくなった。ちょっと懐かしさを感じる風景だ。
その道路を十字路から数十メートル辿ったところ、「下三輪入口」バス停近くに丸形ポストが立っている。丸形ポストは今ではすっかり見かけることも少なくなった。ちょっと懐かしさを感じる風景だ。
住宅街の中の道を進み、信号のある交差点で右手(北)へ折れてみる。学校法人明泉学園鶴川高等学校の横手を抜け、住宅街の中を気の向くままにルートを選んで進む。とりあえず北方向を目指していこう。
しばらくして小さな川沿いに出た。地図で確認すると麻生川の支流のようだ。まるで用水路のような様相の川が、住宅地の中を縫うように蛇行して流れている。河岸には小規模ながらも桜並木があり、住宅地の中のちょっとした散歩道という佇まいだ。
よくよく地図を確認してみると、この小さな川は町の境になっている。桜並木の下流側では右岸側が町田市三輪町、左岸側が川崎市麻生区上麻生、上流側では右岸側が町田市三輪町、左岸側が町田市能ヶ谷だ。この桜並木の辺りでも、明らかに川が右岸側の地域と左岸側の地域を隔てている印象がある。そうした意味では重要な川のようだ。
何という名の川なのだろうと、川に架かる小さな橋に銘板を探してみるのだが見当たらない。けっきょく川の名を知ることができなかった。
しばらくして小さな川沿いに出た。地図で確認すると麻生川の支流のようだ。まるで用水路のような様相の川が、住宅地の中を縫うように蛇行して流れている。河岸には小規模ながらも桜並木があり、住宅地の中のちょっとした散歩道という佇まいだ。
よくよく地図を確認してみると、この小さな川は町の境になっている。桜並木の下流側では右岸側が町田市三輪町、左岸側が川崎市麻生区上麻生、上流側では右岸側が町田市三輪町、左岸側が町田市能ヶ谷だ。この桜並木の辺りでも、明らかに川が右岸側の地域と左岸側の地域を隔てている印象がある。そうした意味では重要な川のようだ。
何という名の川なのだろうと、川に架かる小さな橋に銘板を探してみるのだが見当たらない。けっきょく川の名を知ることができなかった。
名の分からない小さな川を渡って川崎市側に戻ろう。この辺りは川崎市麻生区上麻生の南西端に当たるところで、川崎市上下水道局の麻生水処理センターが設けられている。麻生水処理センターは1989年(平成元年)に運転を開始、麻生区の大部分を処理の対象区域としている。施設内には遊歩道やグラウンドなどが整備され、近隣の人たちの憩いの場として親しまれている。
施設内の公園や遊歩道を一巡りしていこう。十月下旬、敷地内を抜ける道路のケヤキ並木がそろそろ秋の色に染まり始めており、逆光を弾いてたいへんに美しかった。
麻生水処理センターの敷地のすぐ東側を横浜上麻生道路が通っている。麻生水処理センター敷地の北側を抜ける道路を東へ向かうと、高架になった横浜上麻生道路の下をくぐっていく。そこから200mほど進むと麻生川、白根橋が架かって道路を通している。
大谷戸橋から麻生川の河岸を下り、鶴見川との合流点から鶴見川の上流側へと辿り、町田市三輪町の住宅地の中を抜けて、ほぼ一回りした形だ。白根橋から大谷戸橋へと河岸を歩き、柿生駅に戻って駅周辺にお店を見つけて遅い昼食をとることにしよう。
施設内の公園や遊歩道を一巡りしていこう。十月下旬、敷地内を抜ける道路のケヤキ並木がそろそろ秋の色に染まり始めており、逆光を弾いてたいへんに美しかった。
麻生水処理センターの敷地のすぐ東側を横浜上麻生道路が通っている。麻生水処理センター敷地の北側を抜ける道路を東へ向かうと、高架になった横浜上麻生道路の下をくぐっていく。そこから200mほど進むと麻生川、白根橋が架かって道路を通している。
大谷戸橋から麻生川の河岸を下り、鶴見川との合流点から鶴見川の上流側へと辿り、町田市三輪町の住宅地の中を抜けて、ほぼ一回りした形だ。白根橋から大谷戸橋へと河岸を歩き、柿生駅に戻って駅周辺にお店を見つけて遅い昼食をとることにしよう。
川崎市麻生区上麻生の辺りは何度か歩いたことがあったが、町田市三輪町の北部は歩いたことがなかった。麻生水処理センターの周辺も以前から気になっていたのだが、今回ようやく訪ねてみることができた。浄慶寺にも久しぶりに訪ねたが、羅漢様の石像が増えていて楽しかった。楽しい散策だった。