八王子市元八王子町
八王子城跡
Visited in September 2021
八王子市元八王子町の西部に、かつて北条氏照が築いた山城跡がある。「日本100名城」のひとつにも選出された八王子城の城跡である。八王子城跡は1990年(平成2年)に御主殿跡の石垣や石畳、古道などが整備され、気軽に訪れることができるようになっている。城跡入口付近には八王子城跡ガイダンス施設が建てられており、八王子城や北条氏の歴史などを簡単に学ぶこともできる。豊かな自然に包まれて遠い歴史のひとこまに思いを馳せるのは楽しいひとときである。
八王子城がいつ頃築城されたのか、はっきりとはわかっていないらしい。1584〜1590年(天正12〜15年)の頃に滝山城から八王子城に移ったという説が有力だという。しかし1590年(天正18年)6月23日、前田利家と上杉景勝が率いる軍に攻められて八王子城は落城する。豊臣秀吉の小田原征伐の一環である。この時、氏照は小田原城に籠城していたが、八王子城の落城が決め手となったのか、小田原城は豊臣軍の前に開城、氏照は兄の氏政と共に切腹、小田原北条氏は敗北するのである。
八王子城周辺は江戸時代は幕府の直轄地、明治になってからは国有林となっていたという。そのために人の手が入らず、特に御主殿周辺の遺構は良好な形で残っていた。その御主殿周辺の石垣や虎口、古道などが1990年(平成2年)に整備されて現在に至っている。2006年(平成18年)には日本城郭協会によって「日本100名城」のひとつに選出されている。
休憩スペースなども併設されており(もちろんトイレもある)、ドリンクの自動販売機なども設置されているから城跡散策の後の一休みにも便利だ。
中央部の四阿の中には八王子城跡のジオラマが置かれている。城跡散策の前にジオラマを見ておくと、地形への理解が深まるだろう。
御主殿跡へは城山川の左岸側の道を辿って行くこともできるが、橋を渡って整備された古道を辿ってみるのがお勧めだ。橋を渡ってすぐのところにはちょっとした広場のような場所があるが、ここはかつての大手門跡であるらしい。1988年(昭和63年)の確認調査で存在が明らかになったという。いわゆる「薬医門」と呼ばれる形状の門だと考えられるという。
現在は散策路として整備されており、道幅にも余裕があり、路面も平坦で歩きやすい。周囲には鬱蒼と木々の茂り、ちょっとした森林浴気分だ。御主殿へ向かう戦国武者になった気分で歩いてみるのも一興だろう。
橋はかつての光景を彷彿とさせる意匠で造られているが、橋台部分が残っていただけのため、実際にどのような構造の橋が架かっていたのかは不明だという。おそらくは容易に壊すことのできる簡素な曳橋が架けられて敵の侵入に備えたものだったろう。
橋の袂から虎口にかけて通路脇の壁面が石積みになっているが、400年間崩れずに残っていた部分もあるという。現地にはどの部分が往時のままなのかを説明するパネルも設置されている。ぜひ築城当時の石組みを見ておこう。
今は保存のために盛り土を施し、その上にそれぞれの遺構が再現して表示されている。現在は何も無い広場だが、なかなかの広さがあり、かつての城主の居館の規模がわかる。遺構を巡りながら往時の姿を想像してみるのも楽しいひとときだ。
実際に見る滝は伝説から想像するよりずっと小さい。かつての悲劇もすでに歴史の彼方、今は木々に包まれて水音が響くだけである。
八王子城跡は城マニアや戦国ファンなら一度は訪ねてみるべきところだが、特に歴史に興味がなくても楽しめる。街の喧噪を離れて静かなひとときを過ごすことができる。お弁当を持ってピクニック気分で訪れるのも楽しい。駐車場も用意されているから気軽に訪ねることができるのも嬉しい。時間と体力に余裕があれば、さらに深沢山の本丸を目指すのもいい。