両脇に雑木林の丘陵が迫る谷戸の水田の風景は美しく、実った稲穂の色彩と林の緑、空の青とところどころに浮かぶ雲の白とのコントラストがいい。日差しを受けて歩くとまだまだ汗ばむほどだが、木陰は涼しく、湿度の低い日だったこともあって吹き抜ける風が爽やかだ。林の中の木立からはまだまだ蝉の声が聞こえてくる。
谷戸田は実った稲穂のために全体が金色に染まっているように見える。どの水田も見事に実っているようだが、稲刈りの終わっている水田はまだ少ない。横へ延びる小さな谷戸へも足を進めてみれば舗装のなされていない昔ながらの小道の感触が楽しい。耕作のなされていない水田はそのまま湿地となって、餌を探す鷺の姿もあった。案山子の立てられた水田もあったが、道沿いに並んで道路に向かって立っているところを見ると本来の目的ではなく観光客向けの演出なのだろう。
稲穂の実った水田の中で、何やら探し物をしているふうの人の姿があった。おそらくその水田の持ち主の農家の人なのだろう。農作業の身支度のその人はいかにも農家のおじさん的な風情だ。その腰には瓶が下げられている。ゆっくりと水田の中を歩きながら、ときおり腰を屈めて何かに手を伸ばす。何を捕っているのかと訊ねると、「イナゴ」という短い答が返ってきた。「食べるんですか」と重ねて訊いてみた。「食べるよ」と、これまた短い答が返ってきた。そんな当たり前のことをなぜ訊くのかというふうであった。イナゴを捕って食べるという文化がまだごく普通のこととして存在していることに、少しばかり新鮮な驚きがある。