JR横浜線中山駅を南口に出ると、東西に延びる道路に沿ってさまざまな商店が建ち並んでいる。「中山商店街」だ。中山駅は1908年(明治41年)に現在のJR横浜線の前身である横濱鉄道が開業した当時から設けられていた駅のひとつだが、南口の商店街が形成されたのは戦後のことらしい。戦前には十数軒の店舗が軒を並べるのみだったという。「中山商店街」は中山町と台村町にかけて広がっているのだが、中山駅周辺の町全体を「中山」と通称することも少なくないように思える。今では駅北口には横浜市営地下鉄グリーンラインの中山駅もあり、駅の南側には緑区役所が置かれており、さらにズーラシアや四季の森公園の最寄り駅ということもあり、「中山」は緑区の中心となる町と言っていい。
中山商店街の南側、緑区役所脇を今は片側二車線の広い道路が抜けて十日市場方面と鴨居方面とを繋いでいるが、その道路が造られる以前は中山商店街の中を抜ける道路がその役目を担っていた。決して広いとは言えない道路に地元の人の車と通り抜ける車とバスとが入り交じって混雑したものだ。今は交通の幹線路としての役割を新しい道路に譲り、中山商店街は地元の人たちのための生活道路に姿を変えている。
中山商店街には10年以上の時を経ての再訪だが、町の佇まいはあまり変わっていないように思える。道路沿いにさまざまな店舗が建ち並び、駅への行き帰りの人々が行き交う。駅の南口には今もバスロータリーがあり、商店街の道路を通って路線バスが出入りする。場所によってはバスと普通車とのすれ違いもままならないから、交通整理の係員が立って誘導する姿も昔と変わらない。
駅前ロータリーの東側に道路を跨いで「中山商店街」と記されたゲート状のモニュメントが設置されているが、これは新しいものになっていた。商店街に並ぶ店舗はあまり変わっていないように思える。昔ながらの佇まいで商いを続ける店もある。その一方で建物と建物の間の隙間のような敷地に新しい建物が造られようとしている現場もある。中山商店街のメインの通りから気の向くままに横道にも逸れてみる。「ああ、この店は今もあるのか」とか、「ここには昔は違うものがあった気がする」などと思いながら歩くのも楽しい。変わらないように見えても、気付かないだけで、さまざまな変化があるのに違いない。“町の新陳代謝”というのか、そうやって少しずつ、町も変化してゆくのだろう。
中山商店街は昭和30年代には広い商圏を有して賑わったのだそうだ。昭和50年代頃には大型店の出店などで商店街の賑わいに翳りが見えてきた時期もあったらしいが、今は横浜市営地下鉄グリーンラインも開通し、ズーラシアや四季の森公園への行楽の拠点としても、再び活気を取り戻しているようにも見える。中山商店街では毎年11月3日に「中山まつり」が開催される。1982年(昭和57年)に始まり、2012年(平成24年)で第31回を数えるそうだ。「中山まつり」開催中は道路が“歩行者天国”になり、大勢の人々で賑わうという。「中山商店街」健在である。
10年以上の時を経ての中山商店街への再訪だったが、少しばかり雑然とした商店街の佇まいが今も変わらないことと、そして少しずつ変わり続けていることの双方に、どこか安心するような思いがある。さらにまた10年後、中山商店街はどのように今の姿を残し、そして新しい姿へと変貌するのだろう。