川崎市麻生区岡上
岡上
Visited in May 2015
木々の新緑もすっかり濃くなった五月の下旬、小田急線鶴川駅に降りた。鶴川駅から南へ辿り、岡上を歩いてみたいと思ったのだった。川崎市麻生区岡上地区はかつては神奈川県都筑郡岡上村だったところで、今は周囲を町田市と横浜市青葉区に囲まれた川崎市麻生区の飛び地となっている。1938年(昭和13年)に周辺の村々が横浜市や川崎市と合併し、岡上村もどちらかへの合併を迫られることになったが、その際、岡上村は関係の強かった柿生村と同じ市になることを望み、川崎市との合併を選んだということらしい。岡上地区にはかつての岡上村の風景を彷彿とさせるように、丘上の畑地や谷戸の水田など、里山の風景が残る。以前から歩いてみたいと思っていたのだが、ようやく機会を設けることができた。爽やかな初夏の晴天に恵まれ、里山歩きには最適の一日だった。
小田急線鶴川駅に降りた。岡上へ向かうのなら南口へ出るのが近いが、北口の町の様子を見たいと思って敢えて北口へ出た。北口の駅前にはさまざまな商業施設が建ち並んで繁華な佇まいだ。近年、ますます賑やかになってきた気がする。車で鶴川街道を通るときなど、道路沿いにも各種店舗が増えてきたように感じる。そうした駅前の賑わいを少し楽しんでから、踏切を渡って線路の南側へ向かう。鶴川駅はこれまでも何度か利用したことがあるから迷うことはない。
踏切から100メートルほど歩くと鶴見川の河岸だ。初夏の青空の下、河岸に立てば視界が開けて爽快だ。川井田(かわいだ)人道橋が鶴見川を跨いでいる。川井田人道橋を渡って道なりに南へ向かう。200メートルほど歩くと交差点だ。東西に延びる道路に丁字路でぶつかる形だ。その道を東へ折れると、道の南側に美しい谷戸の風景が広がっている。この谷戸は「自正寺谷戸」というらしい。谷戸の農地は水田として耕作されているようだ。もうすぐ田植えの時期だろう。最も道路に近い水田にはすでに水が張られ、水面には周囲に連なる緑の丘のシルエットを映している。美しい風景である。
谷戸の風景を後にして道を東へ辿る。住宅地の中を抜け、緩やかに坂道を登ってゆくと、400メートルほどで「岡上駐在所前」交差点に出た。交差する道路は「東京都道・神奈川県道139号真光寺長津田線」だ。真光寺から南へ延び、「鶴川駅東口」交差点から小田急線の線路と鶴見川を橋で一跨ぎにし、この「岡上駐在所前」交差点を過ぎて丘の上へと辿り、TBS緑山スタジオや「こどもの国」の横を抜けて長津田へ至り、国道246号へと繋いでいる。交通量の多い道路だ。県道139号を横切ってそのまま真っ直ぐに進めば、町田市三輪町に至るが、今回は県道139号を南へ折れよう。
「岡上駐在所前」交差点から南へ県道139号は丘上へと登ってゆく。その途中、道の西側に岡上神社が鎮座している。道路のすぐ脇にあるから、車で通りかかってその存在に気付く人も多いだろう。もちろん、神社の方が先にこの地に建っていたわけで、“道脇に神社がある”のではなく、“神社の社殿のすぐ脇に道路が造られた”ということだろう。
境内に設置された「岡上神社の由緒」の記述によれば、かつての岡上村には諏訪神社、剣神社、日枝神社、宝殿稲荷社、開戸稲荷社の五社があったそうだが、明治末期の神社合祀の勅令によってそれらが合併、土地の名をとって岡上神社と改称されたものという。合併許可となったのは1909年(明治42年)3月のことだそうだ。当然のことながら、岡上神社は諏訪神社の祭神である建御名方神、剣神社の祭神である日本武尊、日枝神社の祭神である大山咋神、宝殿稲荷社と開戸稲荷社の祭神である稲倉魂命の四柱の神々を祀っている。
神社が建っているのが丘陵の端部となったところで、西側は谷戸(「天神谷戸」というらしい)へと落ちる小さな崖を成している。東側には県道139号が通っているから、それらに挟まれて細長い敷地になってしまっている。広い境内とは言えないし、交通量の多い道路の脇だから静謐さを期待することはできないが、それでも参道を辿れば両脇には木々が茂り、神域らしい佇まいを保っている。社殿は壮麗なものではないが、村の鎮守らしい素朴さと風格とを漂わせている。散策の無事を祈ってお参りしてゆこう。
岡上神社の北側、県道139号から右手(西側)に降りてゆく道がある。その道を降りてゆこう。道は丘の斜面を辿っており、丘上を抜けてゆく県道139号からは少し低くなっている。左は斜面上に県道139号が通り、右はさらに低くなって、そこに岡上営農団地の畑地が横たわっている。道脇の木々も、畑地も、その向こうの丘の上も、今はすっかり濃くなった緑が日差しを浴びて輝くような美しさだ。その上を薫風が渡ってゆく。それを味わいながら歩くのが、この季節の里山散歩の醍醐味と言っていい。
道は斜面を辿りながら緩やかに降りてゆき、やがて右手に見えていた畑地の横へと至る。畑地にはさまざまな作物が植えられている。道脇の栗の木は今が花の時期だ。長閑な丘上の風景が広がり、その上に初夏の青空が広がる。開放感に富んで爽やかな風景だ。途中、道脇に“無断で畑に入ったり農作物を盗ったりすると処罰されます”との旨の警告板が麻生警察署の名で立てられていた。この地域と農作物の盗難が多発しているという。何とも嘆かわしい話である。
畑地と県道139号との間を南へ延びていた道は、やがて農地の南端部へ至り、右(西)へ向けて折れる。その南側、斜面上には県道139号から西へ逸れて(横浜市青葉区)奈良町の住宅地へと至る道路が延びている。畑地の南側を辿る道を西へ向けて歩く。北へ視線を向けると爽快な丘上の風景が広がる。高所であるために視界が開け、畑地の向こうには鶴川駅周辺の町並みも見え隠れする。個人的に、こうした見晴らしの良い丘上の風景が大好きだ。このように畑地の広がる丘ならなおさらだ。美しく爽快な丘上の風景を満喫しながら歩く。
丘上の道を西へ向かう。途中、比較的広い道路を横切る。県道139号と奈良町の住宅地とを繋ぐ道路から北へ延びて、「岡上小学校北」交差点へと至る道路のようだ。車の通行はほとんどない。その道路を横切り、さらに進むと再び南北に抜ける道路に出る。この道路はそれほど広い道路ではない。この道路も北へ丘を下りてゆき、やがてさきほどの道路に合流している。今度は丁字路になっており、その道路を北へ向かうか南へ向かうかしか選択肢が無い。奈良町の住宅地へも散策の足を延ばしてみたいが、それはまた次の機会だ。今回は岡上地区に的を絞ることにして、丁字路を右(北)へ折れることにしよう。
丁字路を折れてすぐ、左手(西側)の林の中へ分け入る小径を見つけた。その小径脇には手作り風の看板があり、「緑地」と記されている。小さく「岡上梨子ノ木緑地保全活動」、「NPOかわさき自然と共生の会」とも記されている。緑地の名が「岡上梨子ノ木緑地」であり、NPO法人「かわさき自然と共生の会」が保全や整備の活動を行っているということだろう。興味を覚えて小径へ分け入ってみる。山道を抜けて奥へと進んでみると、少し広くなった尾根上を利用した広場があった。これも手作りらしいテーブルが設置されている。さまざまなイベントや整備保全活動の際の拠点となるのだろう。そこから西へ、林の中へ分け入ってゆく小径もあったが、そちらへ進んでみるのも、また次の機会にしたい。
元の道路に戻り、北へ辿る。道は緩やかな下り坂で、やがて谷戸地へと下りてゆく。この谷戸は自正寺谷戸の最奥部だ。道の両脇に丘が間近に迫る中を下ってゆく。やがて道脇に民家が点在するようになり、谷戸が開けてくる。道脇の竹林が初夏の日差しを浴びて美しく輝く。やがて三叉路となった交差点に出た。営農団地の南側を辿っていた時に横切った道路がここに下りてきているのだ。三叉路の脇には庚申塔が祀られている。
三叉路を過ぎてさらに北へ辿る。道脇の水田は田植えに向けて準備が進んでいるようだ。田植えが終わって若い稲の苗が風に揺れる季節になれば、さらに美しい風景が見られるだろう。秋の実りの頃の風景も見てみたいものだ。水田ばかりでなく、谷戸には畑地も多い。畑地にはさまざまな作物が植えられている。長閑で美しい谷戸の風景を楽しみながら、のんびりと歩く。谷戸の風景を堪能したら、そろそろ鶴川駅へと向かい、帰路を辿ることしたい。
今回の岡上散策は岡上神社に立ち寄り、営農団地の外縁部を辿り、自正寺谷戸を通り抜けるという、いわば岡上の外縁部を回ったに過ぎない。次の機会にはさらに細かくルートを選んで岡上の魅力に触れてみたい。次は別の季節を選ぶとより楽しいに違いない。