秋晴れの日、菊名駅に降りた。菊名駅から横浜線の線路に沿うように新横浜駅を目指そうと思ったのだった。普段は横浜線の車窓から眺める町だが、ゆっくりと歩けばまた違った視点で見ることができるだろう。
横浜線を菊名駅で降り、西口から横浜線の線路をくぐって南側へ出る。道は南側の丘上へと登っているが、線路をくぐってすぐ、西側に入り込む道がある。入り込んだところは西口商店街だ。商店街を抜けてゆこう。それほど規模の大きな商店街ではないが、石畳の舗道に商店が軒を並べる様子が素敵だ。商店街を通り抜けると住宅地になる。横浜線の線路の南側、この辺りは篠原北一丁目の町だ。歩いていると、北側には建物の間から横浜線の姿が見え隠れする。
商店街から300メートルほど進むと、小さな十字路があった。十字路を北へ降りると小さな踏切が横浜線の線路を跨いでいる。車両の通行ができない細い踏切で、なかなか風情のある佇まいだ。踏切には「表谷戸踏切」の名がある。「表谷戸」、あるいは「表谷」と表記する地名はこの辺りの古い地名であるらしい。踏切脇で少し待っていると上り下りの横浜線の電車が行き交う。踏切を渡って線路の北側へも足を延ばしたいが、それはまた次の機会にしよう。
表谷戸踏切から先ほどの十字路に戻り、西へ向かおう。十字路から100メートルも行かないうちに道が二股に分かれている。左側の道を行けばすぐに屈曲して南側の丘上に登ってゆくようだ。右側の道は線路脇を辿っているようだ。線路脇の道へ進もう。線路脇の道はすぐに細くなる。道が細くなるところに「車両はこの先行き止まり」の警告看板があったが、言われるまでもなく、細道が車両の通行ができないのは一目瞭然だ。警告看板は本来は分かれ道のところにあったのかもしれない。右手は線路、左手は擁壁に挟まれた細道を辿る。時折、すぐ横を横浜線の電車が走り抜けてゆく。
線路脇の細道を抜け出ると、少し広い道に出た。その道をさらに西へ進むと、三差路になったところに篠原八幡神社を指し示す案内があった。篠原八幡神社は南側の丘上に鎮座する神社で、
十年ほど前に新横浜駅から出発して篠原町を歩いたときに訪ねたことがあった。せっかくだから今回も参拝してゆこう。道を折れて神社を目指す。道は丘上へ登る坂道だ。かなりの急坂のところもあるが、その道脇の斜面にも家々が建ち並んでいる。篠原八幡神社へ向かうこの道は、ちょうど町の境になっているようで、道の東側は篠原北一丁目、西側は篠原町になる。
坂を登り切ると篠原八幡神社だ。鳥居横に聳えるご神木のケヤキの大木も健在のようだ。時節柄、境内には「祝七五三詣」の幟が立てられ、訪れたときにも七五三詣の家族連れの姿があった。参拝して散策の無事を祈願した後はのんびりと境内を一巡りする。すっかり黄葉したイチョウが日差しを浴びて秋空を背景に美しく輝いている。カエデもそろそろ紅葉に染まり始めている。住宅地の丘の上という立地のお陰か、境内はとても静かだ。野鳥の声も聞こえてくる。その中をのんびりと散策するのは心安らぐひとときだ。
篠原八幡神社を後にして、新横浜駅を目指そう。神社の西側を回り込み、住宅地の中の道を北へ向かう。住宅が建ち並ぶ中を抜けると、ふいに前方に視界が開けた。新横浜プリンスホテルの高層の建物が真正面に見える。そこから丘の斜面を階段となった道が下っている。それを降りてゆこう。かなりの急勾配を階段が一気に下る。その勾配からも篠原八幡神社が鎮座している丘がかなりの高みであることを実感する。古い時代には木々の繁る緑の丘だったのだろう。その頃の風景を思い浮かべたりしながら丘を下る。
下りきると少し広い道に出た。篠原北一丁目から延びてきた道に戻ったのだ。道脇には商店なども建っている。その道を西へ辿る。100メートルほど進むと、道は北へ向けて屈曲し、表谷跨線橋で横浜線の線路を跨ぐ。跨線橋の南側の袂には誰が植えたものか、皇帝ダリアが咲いていた。下から見上げると澄んだ秋空を背景にピンクの花が美しかった。表谷跨線橋から北を見ると、アパートらしい建物の上に新横浜プリンスホテルの高層棟の上部が顔を出している。その風景に面白みを感じる。調べてみると、表谷跨線橋から新横浜プリンスホテルまで直線距離で300メートルほどしかないのだ。
篠原八幡神社から坂を下ってきたとは言え、新横浜駅周辺に比べればこの辺りも少し高所になった台地になっている。表谷跨線橋の下を通る横浜線は、その台地を抉って切通の形で通されている。跨線橋の上に立って横浜線の線路を見下ろすと、その様子がよくわかる。線路の両脇の擁壁の上部を繋いでみれば、かつてはどのような地形だったのか、容易に想像できる。跨線橋から西を見れば、線路が延びる向こうには新横浜駅が小さく見える。東を見れば緩やかなカーヴを描く線路の両脇、擁壁の上には共同住宅の建物が建ち並んでいる。
表谷跨線橋の北側、住宅地の中に入り込むと「
篠原町表谷公園」という小公園がある。この公園内からも新横浜プリンスホテルの高層棟の上部が見えている。公園内の桜の木もすっかり落葉し、秋の装いだ。園内を一巡りした後は、新横浜駅へ向かって坂道を降りてゆく。坂道脇は石垣が組まれ、小さな祠が祀られていたりする。木々も茂り、昔からの風景が残されている印象で、新横浜駅北側の風景とのギャップに少しばかり驚く。かつて土地区画整理事業の計画もあったらしいが、地権者の合意がまとまらずに実現に至らなかったらしい。それでもやがてはこの辺りも再開発され、整然とした住宅街に姿を変える日が来るのかもしれない。
新横浜駅の構内を通り抜け、駅北側の街にも立ち寄っておこう。新幹線の線路と鳥山川とに挟まれて広がる街並みが港北区新横浜の街だ。この辺りは1980年代から急激に発展したところだ。1980年代当時の、まだ開発途上の、更地ばかりが目立って殺伐とした風景が広がっていた頃の新横浜を何となく憶えているが、すっかり近代的な街並みに変貌し、隔世の感がある。駅前ロータリーを跨ぐペデストリアンデッキを少し歩いてみたら、どこかで一休みして、それから横浜線で帰路を辿ろう。
菊名駅から篠原八幡神社を経由して新横浜駅まで、2kmほどの道程だが、時間をかけて歩いてみるとさまざまな発見がある。今まで車窓から眺めていただけの町での小さな発見、それが散策の醍醐味だ。次の機会には篠原北二丁目、すなわち横浜線の北側の町も歩いてみたい。