石川県金沢市の中心部から北西の方角、浅野川の右岸に藩政時代の茶屋町の面影を色濃く残した街がある。「ひがし茶屋街」の名で呼ばれ、金沢の観光名所のひとつとして名を連ねている。夏の暑さも和らいできた九月の初め、ひがし茶屋街を訪ねた。
金沢には三ヶ所の「茶屋街」がある。その中でも最もよく知られ、観光客を集めるのが「ひがし茶屋街」だ。ひがし茶屋街は金沢市中央部から見て北東の方角、浅野川の右岸に位置し、東西200m近く、南北は100m超の範囲に広がっている。ひがし茶屋街には江戸時代末期から明治時代にかけて建てられた茶屋様式の町屋が数多く残されており、そうした建物が建ち並ぶ町並みそのものの歴史的価値が認められ、2001年(平成13年)に「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されている。
ひがし茶屋街は加賀藩公認の郭(くるわ)として1820年(文政3年)、第十二代藩主前田斉広(なりなが)の時代に造られた茶屋町(「卯辰茶屋町」とも「浅野川茶屋町」とも呼ばれた)がその始まりという。整然と区割りされた町並みはこのときに形成されたものだそうだ。江戸時代の「郭」は現代での“盛り場”、“歓楽街”に相当する。気軽に団子を頬張る茶店から芸を極めた芸妓を抱える格式高い茶屋まで、なかには娼妓たちのいる店もあり、さまざまな店が軒を並べ、遊興の場として、あるいは社交場として人々の人気を集めた。
1970年代頃からこの辺りが観光地として人気を集めるようになり、当時は「旧東郭」と呼ばれていたようだが、「郭」という言葉の持つ負のイメージが先行してしまうのを避けるために「茶屋街」という呼称が考案されたものらしい。「茶屋街」を「ちゃやまち」と読まずに「ちゃやがい」と読むのは、全国各地の他の茶屋町と区別する目的もあったようだ。現在のひがし茶屋街にはかつて郭だったことを窺わせるような、歓楽街特有の猥雑さはまったく感じられない。伝統的建造物が残された町は美しく整備保存がなされ、格式ある茶屋の町としての性格だけが現代に引き継がれている。数は少ないながら今でも芸妓衆は健在、“一見さんお断り”の茶屋が営業を続け、宵が迫る頃になれば三味線や笛、太鼓の音が聞こえてくるという。
一般的な観光客にとってのひがし茶屋街の魅力は、伝統的建造物が並ぶ町並みそのものの歴史的価値と景観、その風雅な佇まいだ。茶屋街には国指定重要文化財の「志摩」や金沢市指定保存建造物の「懐華樓」など、貴重な建物も軒を並べる。特に「志摩」の建物は1820年(文政3年)、すなわち茶屋町が造られた当初に建てられたものだそうだ。茶屋建築は客間として使う二階が高く造られ、通りに面して高欄と張り出しの縁側を設けているのが特徴という。
石畳に整備された道の両脇に揃いの出格子の茶屋が並ぶ景観は日本情緒に富んで美しく、外国人観光客にも人気が高いという。整然とした佇まいには観光用に演出された印象も伴うが、それでも江戸時代末期の茶屋町の面影を色濃く残した町並みには心惹かれるものがある。茶屋街の中にはカフェを営む店や土産用の小物を商う店もあり、それらの店に立ち寄りつつ、散策を楽しむのがお勧めだろう。
メインとなる通りが最も見応えがあるのはもちろんだが、そこから細い路地へと入り込んでみるのもお勧めだ。良い風情の細道が辿っていたり、茶屋街の裏側を抜けるような路地があったり、思わぬ発見があるのも楽しい。幕末から明治初期の佇まいを残す茶屋街だが、周辺部には“昭和レトロ”な雰囲気の商店が残っていたりする。それもまた町歩きの好きな人には楽しめるものに違いない。
今回はお昼頃に茶屋街を訪ねたのだが、機会に恵まれれば夕刻の茶屋街も訪ねてみたいものだ。宵闇の迫る中、店々から洩れる灯りに照らされた通りを芸妓衆が行き交い、老舗の旦那衆が今夜も馴染みの茶屋の暖簾をくぐる。やがて三味や太鼓の音が風に乗って届く。そんな光景が見られるのだろうか。それがきっと茶屋街の本来の姿なのだろう。
金沢へはJR北陸本線で、金沢駅からひがし茶屋街へはバスを利用する。路線バスや市内周遊バスなどを利用し、「橋場町」バス停で下車すればよい。バス路線によって「橋場町」バス停の場所が異なり、ひがし茶屋街から少し離れたものもあるようだが、いずれも徒歩圏内だ。
車で来訪する場合は北陸自動車道金沢森本ICから国道359号へと逸れて南下、あるいは金沢東ICから国道8号と県道200号を辿って南下、または金沢西ICから国道8号、県道25号、国道157号と辿って、まず金沢市中心部へ向かうといい。ひがし茶屋街は金沢市中心部よりやや北方の浅野川右岸に位置しており、国道359号を使うのがわかりやすい。
駐車場は国道359号沿いに設けられた東山観光駐車場などを利用するといい。2010年9月に訪れたときは浅野川河岸に小さな有料駐車場を見つけ、うまく駐めることができた。
ひがし茶屋街にはさまざまな飲食店がある。どれかのお店で食事やお茶を楽しむのがお勧めだ。
ひがし茶屋街を出て、金沢市中心部へと移動すればさらに数多くの飲食店がある。他の観光名所へ移動しながら、その途中で食事を楽しむのも悪くない。
ひがし茶屋街の東側は卯辰山山麓の寺院群があり、寺社が数多く建ち並んでいる。散策の足を延ばしてみるのもいい。ひがし茶屋街から浅野川大橋で浅野川を渡ると、橋の西側に主計町茶屋街がある。併せて訪ねてみるのがお勧めだ。
浅野川大橋南側の「橋場」交差点から国道159号を南へ辿れば南西側に金沢城公園と
兼六園
がある。金沢城公園と兼六園が並ぶ南西がにはや旧県庁をリニューアルした石川県政記念しいのき迎賓館や石川四高記念文化交流館県立歴史博物館、金沢21世紀美術館、中村記念美術館、県立美術館などが並ぶ。それらの西側は金沢市中心部の繁華街である香林坊、その西側には
長町武家屋敷跡
がある。
香林坊から南へ犀川を越えるとにし茶屋街、その東側の寺町にも数多くの寺院が建ち並んでいる。
金沢旅物語(金沢市公式観光サイト)
懐華樓
志摩
お茶屋文化館 旧中や
兼六園
長町武家屋敷跡