岩手県遠野市の「伝承園」は遠野地方のかつての生活様式を再現、後世に残すための施設だ。国指定重要文化財の旧菊池家住宅やオシラサマを展示した御蚕神堂などがある。九月の上旬、伝承園を訪ねた。
岩手県遠野市、中心市街地を北東側に離れた田園地帯の中に「伝承園」という施設が設けられている。遠野地方の昔の農家の生活様式を再現し、後世に語り継いでいくための施設だという。施設内には国指定重要文化財である旧菊池家住宅や「遠野物語」の話者であった佐々木喜善の記念館、“オシラサマ”を展示した御蚕神堂などがあり、さらに民芸品の製作実演を行う工芸館なども併設されており、遠野地方で培われてきた農村文化の一端に触れることができる。
伝承園の玄関口に当たる建物は「乗込長屋」、1850年頃に建てられた農家の納屋を移築したものという。物置や作業場として使われていた他、玄関や門としての役割も担っていたそうだ。今は土産物店として使われている。
伝承園の最大の見所は、やはり旧菊池家住宅だろう。母屋と厩(馬屋)がL字形に一体化した構造から「曲り家」と呼ばれる形式の伝統家屋だ。こうした構造の家屋は全国に広く分布しているが、その中でも最もよく知られたものが、盛岡から遠野周辺に見られる、いわゆる“南部曲り家”である。
旧菊池家住宅は遠野の曲り家の代表的な形式を残しているという。1750年頃に建てられたものらしい。当初は直家(すごや)として建てられ、その後台所部分が拡張され、さらに馬屋が付け足されて曲り家の形になった。直家から曲り家への発展経過が見られる貴重な建物で、国指定重要文化財である。
旧菊池家住宅はもちろん内部も見学が可能だ。内部にはさまざまな民俗資料も展示されている他、養蚕業に関する解説パネルなども置かれている。曲り家の内部構造と共にそうした資料もじっくりと見学していきたい。
旧菊地家住宅内部から御蚕神堂(オシラ堂)へと廊下が通じている。小さなお堂の中に千体のオシラサマが展示されている。オシラサマとは蚕の神であり、農業の神であり、馬の神であり、家の守り神である。“オシラサマ”の名は「知らせ」「報せ」が転じたものか。ご神体は30cmほどの桑の木の棒の先に人の顔や馬の顔を彫り(あるいは描き)、布片の着物を幾重にも着せたものである。
オシラサマの哀しくも不思議な伝説が遠野物語に所収されている。昔、父と娘の二人が暮らす貧しい農家があった。二人は馬を飼っていたが、娘がこの馬に恋し、夫婦となった。怒った父は馬を殺してしまったが、娘も馬と共に天に昇っていったという。それがオシラサマの起源であるらしい。
御蚕神堂の中は薄暗く、その壁に千体のオシラサマが祀られている。お堂の中に入ると千体のオシラサマに見下ろされる。何やら幽玄の空気に満ちて圧倒される思いがする。
旧菊地家住宅の横手に建つ工芸館では民芸品の製作実演を見ることができる。予約が必要だが、有料で制作体験も可能だ。
佐々木喜善記念館は「遠野物語」の話者である佐々木喜善の資料が展示されている。民話蒐集家であった佐々木喜善が遠野の民話や伝承、風習などを柳田国男に語って聞かせ、それを柳田が編纂、「遠野物語」としてまとめ上げた。文学ファンや民話伝承に興味ある人は立ち寄っておきたい。
他にも水車や井戸、湯殿や雪隠などが移築展示されている。奥の方は庭園として整備されているからのんびりと散策してみるのもお勧めだ。伝承園には食事処も併設されているから、ゆっくり食事を楽しむのもお勧めだ。郷土料理の“ひっつみ”や“けいらん”も楽しめる。
また、伝承園から南に数百メートル辿れば有名な“カッパ淵”だ。カッパ淵も併せて訪ねておきたい。ちなみにカッパは密漁禁止。カッパの捕獲に挑もうという人は「カッパ捕獲許可証」が必要だ。「カッパ捕獲許可証」は伝承園の売店で販売している。
曲り家の旧家やオシラサマを見学し、カッパ淵にも足を運べば遠野観光のエッセンスを楽しむことができる。お勧めのひとときである。伝承園の売店ではカッパに因んだグッズも数多く販売している。来訪の記念や知人へのお土産に買い求めておこう。
伝承園は入園料が必要だ。入園料や開園日、開園時間等の詳細については公式サイト(頁末「関連する他のウェブサイト」欄のリンク先)を参照されたい。
公共の交通機関を利用して訪れる場合は遠野駅からバスを利用することになる。ただしバスは便数が少なく、あまり実用的とは言えない。遠野駅からタクシーを利用するのも一案だ。
車で訪れる場合は遠野市市街地から国道340号を北東へ向かい、県道160号へ逸れて進めば着く。遠方から訪れる場合は、東北自動車道から釜石自動車道を経由し、遠野ICで降りれば近い。遠野ICから伝承館まで7kmほどだ。
伝承園入口横に来園者用の無料駐車場が用意されている。
伝承園に食事処があり、定食やそば、うどんなど提供されている。
周辺は長閑な田園地帯で飲食店は無い。飲食店を探すなら遠野市街中心部に移動するのが賢明だ。
伝承園から南に数百メートル辿れば有名な
カッパ淵
だ。カッパ淵もぜひ併せて訪ねておこう。カッパ淵を訪れる際にも伝承園の駐車場が利用可能だ。
伝承園から県道160号を北へ6kmほど辿ったところに「遠野ふるさと村」がある。遠野ふるさと村は江戸・明治期に建てられた南部曲り家等の古民家7棟を移築、昔ながらの農村風景を再現した施設だ。ここも併せて訪ねておきたい。
遠野駅近くの市街地に設けられた「遠野城下町資料館」や「とおの物語の館」といった施設も、遠野観光の際に訪ねておきたいスポットだ。
遠野伝承園
遠野時間〜遠野市観光協会
カッパ淵