鹿児島県指宿市の東部、錦江湾に知林ヶ島という島が浮かぶ。春から秋、大潮・中潮の干潮時に砂州が現れて陸続きとなることで広く知られる。夏の盛りの八月、大潮の干潮となった日に知林ヶ島を訪ねた。
知林ヶ島
鹿児島県指宿市の東部、田良岬沖の錦江湾に知林ヶ島(ちりんがしま)という島が浮かんでいる。この知林ヶ島、春先から秋にかけての時期、中潮から大潮の干潮時に陸繋砂州が現れて陸続きになり、砂州を辿って島に渡ることができるようになる。観光名所として広く知られ、陸繋砂州が現れる時刻には多くの観光客で賑わう。
知林ヶ島
知林ヶ島は小さな島である。周囲約3km、面積約52ha、最高標高地点で約90m。もちろん無人島だ。指宿市付近を中心とする阿多カルデラ(指宿カルデラとも言う)の外輪山を成す島である。1960年代に民間企業によって買収されたそうだが、1964年(昭和39年)に当時の霧島国立公園に編入されたため(編入後に「霧島屋久国立公園」に改称、現在の「霧島錦江湾国立公園」)、開発されることもなく、後に指宿市によって買い戻されている。
知林ヶ島
知林ヶ島
知林ヶ島(ちりんがしま)とはなかなか可愛らしい響きの名だが、由来は諸説あってはっきりとはわからないらしい。指宿市の公式サイトによれば、昔は島に松の木が繁茂しており、「林を知る」から「知林ヶ島」という名前がついたとも、昔は松かさ(松ぼっくり)のことを「ちちり」「ちちりん」と呼んでいたことが由来の可能性もあると記されている。地名の由来というものには興味が尽きない。

この知林ヶ島が景勝地、観光地として広く知られているのは、前述したように干潮時に現れる陸繋砂州によって田良岬と陸続きになり、歩いて島に渡れるようになるからである。知林ヶ島は東シナ海から錦江湾に入ってくる黒潮と錦江湾から東シナ海に向かう流れの境目に位置し、海流がぶつかり合うことで境目に砂が積もり、こうした砂州を生じさせるのだという。干潮時に陸繋砂州が現れて島が陸続きになる現象は“トンボロ現象”とも呼ばれ、それほど珍しいものではなく全国各地で見ることができるが、自然の営みの不思議さも感じられるからか、観光名所として人気を集めているところが少なくない。知林ヶ島もその一つで、昔から指宿の観光名所のひとつとして名を連ねている。
知林ヶ島
知林ヶ島
今回、知林ヶ島を訪れたのは2018年(平成30年)8月半ば、大潮である。ちょうど午後に干潮を迎え、観光には絶好の日だった。お昼頃から砂州が現れ始め、午後1時頃には完全に繋がり、午後2時頃から3時頃にかけてピークを迎え、午後4時頃まで続いた。現れた陸繋砂州は想像していた以上に広い。この砂州が満潮時には波間に消え、干潮時のみ現れるのかと思うと、不思議な感覚を覚える。

田良岬から知林ヶ島まで、砂州の長さは約800m。ただ歩けば15分ほどの距離だが、何故かもったいないような気がして必要以上にのんびりと歩いてしまう。砂州中央の最も高くなったところを歩いたり、波打ち際を歩いてみたり、ときどき立ち止まって振り向いてみたり、時間をかけて楽しみたいと思ってしまう。砂州は真っ直ぐに延びているわけではなく、緩やかに曲がりながら延びている。錦江湾と砂州、知林ヶ島が織り成す風景が大変に美しい。砂州を歩く観光客の姿も良い風情だ。砂州から北へ視線を向ければ錦江湾に桜島が浮かぶ。知林ヶ島の向こうに横たわるのは大隅半島だ。
知林ヶ島
知林ヶ島に着くと、「お願い」と題された注意書きが出迎える。注意書きには「知林ヶ島へお越しの皆様へ」として「本日は□時□分には島からお帰り下さい。」と記されている。時刻の四角部分は日によって異なるから手書きで書き入れる形だ。この日は16時15分と記されていた。当然のことだが、潮が満ちて砂州が消えれば島から歩いては帰れない。携帯電話などで指宿漁協か海上タクシーなどに連絡し、有償で迎えに来てもらうしかない。
知林ヶ島
知林ヶ島の浜辺で「渡島証明書」を販売していた。日付入りのスタンプを押してもらえる。知林ヶ島観光の記念に買い求めておこう。
知林ヶ島
知林ヶ島
浜辺の一角から知林ヶ島の丘上に登ることができる。数十メートルの標高差を一気に登るので少しばかり息が切れるが、ぜひ登っておきたい。丘に登る道の途中から陸繋砂州がよく見える。知林ヶ島から見下ろす陸繋砂州の姿は、歩きながら見る砂州の姿とはまた印象が違っている。この景観もぜひ見ておきたい。登った先には展望所が設けられており、周囲には錦江湾の絶景が広がっている。展望所のベンチに腰を下ろし、のんびりと海風に吹かれていると時間の経つのを忘れる(本当に忘れると島から帰れなくなるので注意)。島内には散策路も整備されているから、時間に余裕があれば島内散策を楽しむのもお勧めだ。
知林ヶ島
田良岬と知林ヶ島を繋ぐ陸繋砂州には「いぶすき 砂の道 ちりりんロード」という愛称が付けられている。島と陸とを「繋ぐ」「結ぶ」ということから「縁結びの島」「愛の島」と呼ばれ、パワースポットとして知られるようになった。砂州には目八葵貝(モクハチアオイガイ)という貝の貝殻がたくさん落ちているが、この貝殻を二つ合わせるとハートの形になるというので、これも知林ヶ島が縁結びのパワースポットとして語られることに一役買っているようだ。
知林ヶ島
知林ヶ島
知林ヶ島は前述したように霧島錦江湾国立公園の一部。2001年度(平成13年度)には「指宿知林ヶ島の潮風」が環境省による「かおり風景100選」の一つに選定されている。指宿観光の際にはぜひとも訪れてみるべき景勝地と言っていい。

ただし、訪れる時には潮位の事前の確認が必須だ。陸繋砂州の現れ方は条件によって異なるが、概ね3月頃から10月頃にかけての中潮、大潮の干潮時である。特に5〜8月には6時間以上も砂州が現れ続ける。6月は梅雨で雨が多く、7月、8月は暑さの厳しい季節だから、気候が穏やかな4〜5月が訪れるには適しているだろうと、指宿市は勧めている。指宿市から砂州出現予測時刻(あくまで予想)が提供されているから、訪れる際には参考にするといい。
参考情報
交通
公共の交通機関を利用して訪れる場合は、JR指宿枕崎線の指宿駅から「エコキャンプ場」行きバスを利用すればいいが、バス便は1時間に1本程度だ。

車で訪れる場合はエコキャンプ場の無料駐車場が利用できる。駐車台数にも余裕がある。

鹿児島市中心部からは、ルートにもよるが50kmほど、1時間強といったところか。大隅半島側から来る場合は根占から山川へフェリーで渡る方法もお勧めだ。

飲食
知林ヶ島の島内はもちろん、周辺にも飲食店はない。指宿の中心市街へ移動して飲食店を探すのが賢明だ。

周辺
田良岬の西側に魚見岳という小高い山がある。頂上付近には展望所が設けられており、この展望所から知林ヶ島がよく見える。魚見岳展望所から知林ヶ島の陸繋砂州が現れる様子を眺めるのもお勧めだ。

指宿市は温泉の町、砂蒸し温泉が有名だ。宿泊してもいいし、日帰りで体験してみるのも楽しい。

指宿市の南部には有名な開聞岳や長崎鼻といった景勝地がある。併せて訪ねておきたい。長崎鼻近くには「長崎鼻パーキングガーデン」や「フラワーパークかごしま」などの施設もある。

長崎鼻近くのJR指宿枕崎線西大山駅はJR日本最南端の駅だ。ホームの向こうに開聞岳が見える景観が人気で、数多くの観光客が訪れる。余裕があれば立ち寄ってみるといい。

指宿市の山間部へと足を延ばせば池田湖や鰻池といった湖がある。これらも指宿観光の際には訪ねておきたいところだ。
海景散歩
鹿児島散歩