埼玉県鳩山町の北東部、石坂地区の北部に鬱蒼と木々の茂る樹林地がある。地区の名から「石坂の森」と呼ばれる樹林地で、雑木林と尾根筋と尾根に挟まれた谷戸の湿地など、昔ながらの里山の自然環境を保全した樹林地だ。北側は東松山市の市民の森に接し、双方を合わせて広大な樹林地を成している。南側には鳩山ニュータウンが近く、東側と西側、さらに北側にはゴルフコースが横たわり、その中に残された貴重な自然環境だ。
雑木林や谷戸田などの里山の自然は、人の営みと共にある自然だ。人々は木々を暮らしに活用し、木々を伐採した後には苗木を植えて保全してきた。そうした里山の自然と共にある暮らし、人々の暮らしと共にある自然環境は、特に東京近郊ではすっかり少なくなってしまった。石坂の森はそうした里山の自然環境を保全し、樹林地の自然の学習なお場として、あるいは伝統的な農林作業の体験の場として活用されている。
石坂の森は樹林地の保全が第一義に考えられているようで、いわゆる“里山保全型の公園”とは性格が異なっているように見える。樹林地の中には尾根や谷戸を辿る小径があり、道標なども設けられているが、整備は最小限に留められている印象だ。谷戸沿いの径も尾根伝いの径も細く未舗装で、野趣溢れる雑木林散歩が楽しめる。
特に石坂の森の中央部を貫く「中の尾根道」は鬱蒼と茂る木々の中を縫うように辿る“山道”で、ちょっとした森林浴気分が楽しめる。尾根道脇の樹林に茂る木々のそれぞれに目をやりながら、のんびりと散策を楽しむのがお勧めだ。
「中の尾根道」はほどんどの区間が木々に包まれて視界が遮られているが、北端部近くの高所となったところに北側に眺望の開けたところがある。標高は130mほどか。眼下には東松山市民の森の樹林を見下ろし、その向こうに遠く町並みが横たわっている。見えているのは東松山市西部から滑川町南部の辺りだろうか。青く広がる空が爽快だ。
谷戸の奥まったところにある湿地は、かつては水田として耕作されていた場所のようだ。両脇には木々の茂った尾根が迫り、その中にぽっかりと平地が横たわり、日射しが降りそそぐ。その景観を眺めながら、土地の人が田を耕作するために通っていた姿を思い描いてみるのも一興だろう。
五月の初め、樹林の中ではところどころでヤマツツジが咲いていた。緑のグラデーションとなった景観の中で、ヤマツツジの赤い色がよく目立つ。木漏れ日の中で見る新緑とヤマツツジのコラボレーションがたいへんに美しかった。
石坂の森の北端部は東松山市との市境で、道路(車両通行止め)を挟んで東松山市民の森が隣接している。東松山市民の森は石坂の森とは少し林相が違い、アカマツやテーダマツなどの林を見ることができる。林地を抜ける散策路も比較的広く、のんびりと散策を楽しむことができる。
石坂の森と東松山市民の森はひとつの丘陵を分け合うように一体化して広大な樹林地を成している。双方を合わせて散策を楽しむのがお勧めだ。