東京都江東区は川と運河の町だ。縦横に水路が走り、数多くの橋が架かる。歴史的価値のある橋も少なくない。秋晴れに恵まれた十一月上旬、江東区の都市景観重要建造物に指定された四基の橋を巡った。
深川で橋巡り
深川で橋巡り
深川で橋巡り
東京都江東区の辺りは江戸時代初期以前は海に面した三角州の地形だったという。現在の亀戸の辺りに人々が暮らしていた程度だったらしい。江戸時代初期に深川八郎右衛門が森下周辺を埋め立てて新田を開発、深川村を創立する。現在まで続く「深川」の地名の起こりだ。さらに砂村新左衛門の一族が深川村の西側を埋め立てて新田を開発した。それらの新田が、1657年(明暦3年)に起きた“明暦の大火”からの復興に際し、江戸の町に組み込まれるのである。現在の江東区の北西側、「深川エリア」と呼ばれる辺りである。

東京都江東区は水路の町である。周囲にも町中にも縦横に川や運河が走る。そもそもが埋め立てによって造られた土地だから当然といえば当然だが、それらの水路がかつては重要な流通インフラを担っていたわけである。水路があれば橋が必要だ。江東区内には130以上の橋があるという。その中には歴史的な価値のあるものも少なくない。中でも小名木川に架かる萬年橋と仙台堀川に架かる亀久橋、大横川に架かる福寿橋と東富橋の四橋は江東区の「都市景観重要建造物」に指定された貴重なものだ。
深川で橋巡り
深川で橋巡り
深川で橋巡り
「都市景観重要建造物」は2004年(平成16年)に指定されたもので、「地域の歴史的景観を特色付けていること」「地域のランドマークとしての役割を果たしていること」「区民となじみが深く、地域のイメージの核となっていること」「外観・敷地の状況等が建設当時の状態で保存されていること」という視点で選定され、今後も保存、町の景観形成に活用されるという。

「都市景観重要建造物」の四橋のうち、萬年橋と亀久橋、福寿橋の三橋を巡ってみたい(東富橋は以前、門前仲町界隈を歩いた際に訪ねたので今回は割愛した)。
緑橋
御船橋から見る緑橋
緑橋
緑橋
「都市景観重要建造物」の橋を巡る前に立ち寄っておきたいところがあった。大島川西支川に架けられた緑橋だ。

門前仲町駅から永代通りを西へ、500mほど歩けば大島川西支川だ。福島橋が川を跨いで永代通りを通している。福島橋から大島川西支川の河岸を北へ200mほど辿ると御船橋、そのさらに200mほど北に架けられているのが緑橋だ。その姿は御船橋の上からよく見える。緑橋のすぐ北側には首都高速9号深川線が横切り、その向こうに東京スカイツリーの姿が見えている。新旧の構造物が織り成す東京らしい景観だ。

緑橋の架橋は1929年(昭和4年)、1923年(大正12年)の関東大震災からの復興事業として架けられた橋のひとつだ。橋長23mの単径間鋼製トラス橋だが、左右のトラスが上部で連結されておらず、それぞれのトラスの補強のために涙滴を半分にしたような形状の部材が取り付けられている。緑橋という名の由来はよくわからないが、その名の通りに薄緑色に塗装されて町の景観の中に映えている。「都市景観重要建造物」ではないが、橋好きの人ならぜひ見ておきたいものだ。
大島川西支川
大島川西支川
大島川西支川
緑橋から大島川西支川に沿って北へ辿ろう。大島川西支川はかつて大島川と呼ばれた川の一部で、現在の永代二丁目一番から福住二丁目八番までの800mほど。大島川の名は右岸にある大島町の町名に由来する。1699年(元禄12年)、深津八郎右衛門が付近を埋め立てた際に開削されたもので、江戸時代には荷物の積み下ろしなどで賑わったという。

1965年(昭和40年)、河川法によって大島川の正式名称が大横川とされたため、大島川は大島川西支川と大島川東支川に残るのみである。
萬年橋
萬年橋
萬年橋
萬年橋
緑橋から300mほどで仙台堀川、仙台堀川を清川橋で渡り、清澄公園の西側を抜けてさらに進んでゆくと、仙台堀川から400mほどで小名木川だ。小名木川を跨いで「万年橋通り」を通しているのが萬年橋である。

萬年橋は「都市景観重要建造物」のひとつ。架橋は1930年(昭和5年)、これも関東大震災からの復興事業として架けられたものだ。橋長56.3mの単径間鋼製アーチ橋(タイド・アーチ)、二重になったアーチが独特の姿を見せる。「都市景観重要建造物」の橋の中で唯一のアーチ橋である。

ここはちょうど小名木川が隅田川へと合流するところで、江戸時代初期には小名木川を行き来する船を取り締まるための番所があったが、後に中川口に移されたため、ここは「元番所」と呼ばれるようになり、萬年橋も「元番所の橋」とも呼ばれていたという。

萬年橋は下を船が通るために高く架けられており、優美な姿だったという。ここから富士山も見えたため、江戸の名所のひとつに数えられていたようで、歌川広重や葛飾北斎も浮世絵で描いている。特に広重が「名所江戸百景」に描いた萬年橋は、吊された亀の向こうに富士の姿が見えるという、大胆な構図が有名である。
亀久橋
亀久橋
亀久橋
亀久橋
萬年橋からいったん仙台堀川まで戻り、仙台堀川に沿って東に辿ってゆく。清川橋から清澄橋、海辺橋、木更木橋と過ぎ、1kmほどで亀久橋だ。現在まで残る亀久橋は1929年(昭和4年)の架橋、これも関東大震災からの復興事業として架けられた。橋長34.2mの単径間鋼製トラス橋(ワーレン・トラス)、「都市景観重要建造物」のひとつである。

もちろん亀久橋そのものは江戸時代から存在した。最初に架けられたのがいつかは不明ながら、1726年(享保11年)に架け替えられた記録があるという。なかなか縁起の良い名だが、深川亀久町という江戸時代の地名が由来であるようだ。

亀久橋はトラスの両端が斜材ではなく垂直で、全体が四角を基調とした形状を見せている。無骨な印象ながら細部には工夫が凝らされており、親柱にはステンドグラス風の照明が付き、同様の橋灯がトラスの垂直部材にも取り付けられている。なかなか洒落た意匠の橋である。
福寿橋
福寿橋
福寿橋
福寿橋
亀久橋から仙台堀川沿いを東へ辿り、木場公園の中を通り抜けて1kmほど辿ると福寿橋だ。大横川を跨いで平野4丁目と千石1丁目を繋いでいる。

福寿橋の架橋も1929年(昭和4年)、関東大震災からの復興事業として架けられた橋で、「都市景観重要建造物」である。

福寿橋も単径間鋼製トラス橋、橋長は39.1mだ。トラス橋として典型的とも言えるシルエットを見せる橋で、剛健な印象の中に美しさを感じさせる。塗装色もいい。鶯色の彩度を落としたような、あるいは“深川鼠”をさらに暗くしたような色彩で、なかなか“粋”な色である。
大栄橋
大栄橋
大栄橋から見る東京スカイツリー
仙台堀川の東側を見る
福寿橋の200mほど南で大横川を跨ぐのが大栄橋だ。大栄橋は「都市景観重要建造物」ではないが、やはり1929年(昭和4年)に関東大震災からの復興事業として架けられた橋である。橋長は37.6m、単径間鋼製トラス橋で、これも典型的なトラス橋の形状を見せる。

大栄橋から北を見ると、福寿橋の姿も近く、そのやや右側奥に東京スカイツリーの姿も見える。なかなか印象的な景観である。

大栄橋のすぐ南側で大横川と仙台堀川が合流する。いや、“交差する”というべきか。合流点から東側の仙台堀川は今は仙台堀川公園となっているが、もともとは南北に流れる大横川と東西に流れる仙台堀川がここで“交差”した。水路の町としての江東区の象徴のひとつのような場所である。
崎川橋
崎川橋
崎川橋
崎川橋
大栄橋から西へ辿れば100m足らずで崎川橋。明るい青色に塗られたトラス橋が仙台堀川を跨いでいる。崎川橋もまた1929年(昭和4年)に関東大震災からの復興事業として架けられた。橋長36.26mの単径間鋼製トラス橋である。

それほど凝った意匠の橋ではないが、シンプルな形状が潔さを感じさせて美しい。トラスの垂直部材から横に張り出すように取り付けられた橋灯が洒落ている。

崎川橋のすぐ東側には平行して水管橋が設けられており、橋上から東側への眺望が損なわれているのが少し残念なところか。橋好きな人なら古い鋼製トラス橋と新しい水管橋との競演として楽しめるだろう。
福富川旧水門
末広橋から見る木場大橋
福富川旧水門
崎川橋から仙台堀川の北岸の道を西へ辿ろう。すぐに木場大橋をくぐる。木場公園の西側で仙台堀川を跨ぐのは末広橋だ。

末広橋から200mほど西に行ったところに、福富川旧水門が残されている。現在は福富川公園の南側のエントランスとして使われている。福富川公園は「木場の香り」をテーマに整備された公園で、小さな公園だが種々の樹木が茂り、水辺もあって住民に親しまれている。

福富川旧水門から200mほど西へ辿れば亀久橋である。亀久橋から南へ真っ直ぐに道なりに進めば800mほどで、「都市景観重要建造物」の残りのひとつである東富橋だ。時間と体力に余裕があれば立ち寄ってみるといい。
参考情報
交通
江東区の深川エリアは複数の鉄道路線が通っており、アクセスは便利だ。本記事の対象部分を訪ねるなら、巡るルートにもよるが、清澄白河駅(都営地下鉄大江戸線、東京メトロ半蔵門線)や門前仲町駅(都営地下鉄大江戸線、東京メトロ東西線)を利用するのが便利だ。

車で訪れる場合はエリア内に点在するコインパーキングを利用するといい。ただほとんどの駐車所が小規模で、場所も土地勘がないとわかりづらい。充分に下調べしておくことをお勧めする。
遠方から車で訪れる場合は首都高速9号深川線を利用するのが便利だ。箱崎JCT方面(都心環状線方面)から来る場合は「木場」出入口で、辰巳JCT方面(湾岸線方面)から来る場合は「福住」出入口で降りればいい。

飲食
エリア内にはさまざまな飲食店が点在している。好みの店を見つけて食事やお茶を楽しもう。清澄庭園の東側、三好から平野の町にかけてはお洒落なカフェが多いから、一休みに立ち寄ってみるのもお勧めだ。食事なら“深川めし”を楽しむのもいい。

周辺
江東区は運河の町だ。小名木川や仙台堀川など、運河に沿って歩きながら水辺の風景を楽しむのもお勧めだ。西には隅田川が流れている。隅田川に沿って散策を楽しむのもお勧めだ。南へ下って越中島公園辺りも巡ってみたい。運河を渡って佃から月島へと散策の足を延ばすのも楽しい。

また深川エリアの散策の際にはぜひ清澄庭園にも立ち寄っておきたい。余裕があれば深川資料館通り商店街を歩き、江東区深川江戸資料館も訪ねておこう。東京都現代美術館と共に木場公園の散策を楽しむのもいい。門前仲町周辺では深川不動や富岡八幡宮へ参拝しておこう。
東京23区散歩