東京都世田谷区の北東部に羽根木公園という区立の公園がある。野球場なども備え、区民の憩いの場として親しまれる公園だが、早春の梅の名所としても名高い。梅が見頃となった三月半ば、羽根木公園を訪ねた。
羽根木公園は東京都世田谷区代田に位置している。と言うより下北沢のすぐ西側に位置しているという方がわかりやすいかもしれない。すぐ南側に小田急線が通っている。北側には京王井の頭線が通り、公園の最寄り駅である東松原から一駅で明大前だ。西側には少し離れて東急世田谷線も走っている。すぐ東側には環状七号が南北に抜ける。そのような立地の、世田谷の住宅地だ。
その世田谷の住宅地の中に、小高い丘の様相で羽根木公園は横たわっている。公園内に設けられた「羽根木公園の由来」によれば、昔六次郎という鍛冶屋が住んでいたことから六次郎山と呼ばれていたという。また大正末期には敷地の一部が根津財閥の所有であったため根津山とも呼ばれたそうだ。今でも土地の人は「根津山の公園」、あるいは「六次郎山」と呼ぶのだと「羽根木公園の由来」には記されている。公園として開設されたのは1956年(昭和31年)のことで、開園当初は東京都の管轄だったようだが、1965年(昭和40年)に世田谷区に移管されたものという。公園名の「羽根木」は、この地が東京都荏原群世田谷村大字世田谷字羽根木の飛び地であったことが由来だそうだ。
羽根木公園は8ヘクタールほどの面積を有し、その中に樹林地や梅林、草はらの広場などが置かれ、さらに野球場やテニスコート、プールといったスポーツ施設も設置されている。南東側の一角には茶道や短歌などの活動の場として利用できる星辰堂という和室と日月庵という茶室も設けられている。星辰堂は来園者の休憩所としても利用できる。公園の南側中央部には梅丘図書館も建っている。もちろん「児童遊園」や「羽根木プレーパーク」といった施設があり、“子どもたちの遊び場”としても充実している。
羽根木公園は都内屈指の梅の名所として知られる。梅林は公園南東部の丘の斜面を利用して造られており、700本の梅が植えられているという。2004年(平成16年)に設置された世田谷区の案内板によれば、公園の南斜面にはかつて笹が生い茂っていたそうだが、1967年(昭和42年)に世田谷区議会議員に当選した55名によって55本の梅の記念植樹が行われ、その後、1971年(昭和46年)の東京都100周年記念、1972年(昭和47年)の世田谷区制40周年といった記念植樹など、10回の植樹を経て、現在では紅梅170本、白梅530本の700本を数えるまでになり、観梅の名所として知られるようになったという。
約700本、65種という梅林はさすがに見応えがあり、その咲き誇る景観は見事なものだ。梅林の中を巡る散策路を辿れば存分に梅の咲く景観を楽しむことができる。斜面の下から見上げるのもよく、上から見下ろすのもいい。散策路脇の梅を間近に眺めたり、全体を見渡すように眺めたり、さまざまに梅の花の彩る景観を堪能できる。梅林の歴史が比較的新しいからか、年月を経た老木というのは少ないが、見事な枝振りを見せる梅や枝垂れの梅の姿もあり、充分に楽しめる。中には梅の名所として名高い青梅市から寄贈された梅や、福岡県の太宰府から送られたという「飛梅」などもある。散策路途中にはところどころにベンチも設置されているから、一休みを兼ねてベンチに腰を降ろし、のんびりと観梅のひとときを過ごすのもいい。南側斜面で日当たりがいいのも、寒さの残る早春に日には嬉しい。
今年(2012年)は2月中も真冬の寒さが続き、全国で梅の開花が遅れたようだ。羽根木公園でも開花が遅く、3月半ばになってようやく見頃を迎えた。今回訪れたのはちょうど梅が見頃となった頃で、休日だったこともあってか、公園は多数の観梅客で賑わっていた。
羽根木公園の梅は公園北側でも見ることができる。北側のエントランスから駐車場脇の広場まで、散策路に沿って梅の並木が設けられている。木の大きさでも数の点でも、南側の梅林と比べれば物足りないが、梅の名所として名高い羽根木公園のエントランスとして相応しいものだろう。
こちらには観梅客の姿は少なく、のんびりとした休日の公園という雰囲気だ。駐車場脇の広場ではシートを広げてアウトドアランチを楽しむ家族連れの姿も少なくない。“梅の咲く公園でのんびりと早春の休日を過ごしたい”というときには、観梅客で賑わう南側の梅林よりこちらの方が適しているかもしれない。
羽根木公園の東側の一角には「羽根木プレーパーク」という施設がある。「プレーパーク」は「自分の責任で自由に遊ぶ」をモットーにした遊び場だそうで、“子どもたちの好奇心を大切にして、自由にやりたいことができる遊び場を作ろう”という方針のもと、1940年(昭和15年)以降にヨーロッパを中心に広がった考え方らしい。世田谷区の「プレーパーク事業」は1979年(昭和54年)に世田谷区の国際児童年記念事業として始まったものだが、もともとは民間の有志による活動から始まったもので、それがやがて行政を動かし、こうして区立公園の中に常設されることになったもののようだ。現在でも運営は住民の手によるという。現在(2012年3月)、世田谷区の「プレーパーク」は羽根木公園の他に世田谷公園や駒沢緑泉公園などに設置されているが、羽根木公園の「プレーパーク」が最初のものだそうだ。
一般的な公園内に設置された「遊具広場」には専門メーカーが製造した遊具類が設置されているものだ。どこの公園に行っても同じような遊具を目にすることは多い。事故防止の目的で、危険を回避するためのさまざまな禁止事項が定められているのが普通だ。そうしたところで子どもを遊ばせていて、“子どもの遊び”というものはこれでいいのだろうか、と、ふと疑問に思ってしまうことはないだろうか。
「プレーパーク」はそうしたものとはまったく考え方が違う。疎らな木立の林の中に造られた「プレーパーク」内は地面はでこぼこ、あちらこちらに廃材などを利用して手作りされた“遊具”が点在し、その中で子どもたちは“自分のやりたいこと”をして遊ぶ。ツリーハウスのように造られた櫓に登って遊んでいる子もいれば、小屋の屋根に登って、その端に腰掛けている子もいる。小さな子どもたちは親に見守られながら木材で造られた“滑り台”に夢中だ。消えかかった焚き火を熾そうと懸命の女の子たちの横で燃え上がった炎を眺めながらご満悦の男の子たちがいる。隅の方で一心不乱に穴を掘る子どももいる。時には新しい遊びを考案する子どもたちもいるだろう。何をして遊んでもいいのだ。
本来、子どもたちの遊びというものは自然の中にあった。家の回りに広がる山や川や海が子どもたちの遊び場だった。山の中を探検し、木に登り、“秘密基地”を造り、ナイフを片手に竹や木の枝で遊びの道具を手作りした。夏は川や海で泳いだ。中には大人たちが冷や汗をかきそうな危ない遊びもあった。時には怪我をすることもあったが、そうした遊びの経験の中から子どもたちは“絶対にやってはならない本当の危険”というものを身をもって会得していき、それは子どもたちのコミュニティの中で年上の子から年下の子へと受け継がれていったものだ。そうした“子どもたちの遊び”が、特に町暮らしの子どもたちから失われて久しい。この「プレーパーク」は、それを取り戻そうというものなのかもしれない。「プレーパーク」で生き生きとした表情で遊ぶ子どもたちの姿を見ていて、ふとそんなことを思う。
「プレーパーク」の北側には隣接して「迷路の遊び場」という一角がある。コンクリートの“壁”によって造られた通路を迷路状に配し、その中に滑り台などの遊具を置いたものだ。他の公園では類似のものを見たことのない特色のあるもので、滑り台や“迷路”そのものは特に小さな子どもたちに人気のようだ。通路の一部には両脇の壁の間に多数の鉄棒を渡してあるところもある。地面に降りないように、鉄棒を伝ってゆくのが楽しいようで、これは少し大きな子の人気を集めている。
野球場北側の区画は羽根木公園の中で最も一般的な公園としての佇まいを持つところだ。広場の中に疎らに木立が配され、ベンチが置かれ、花壇があり、その中で人々が思い思いにくつろいだひとときを過ごしている。一角には「児童遊園」が設けてあり、こちらにはブランコや滑り台といった、特に小さな子どもたち向けの遊具が多く置かれている。おそらく近所に暮らす親子の日常的な遊び場として機能しているのではないだろうか。
羽根木公園は都内の住宅地の中の公園としてはなかなか広い。野球場やテニスコートなどのスポーツ施設を置く公園だが、それらの設置が第一義になることなく、“憩いの場”として、子どもたちの遊び場としての役割を充分に担っているように思える。“梅の名所”としての知名度が高い公園だが、園内には桜の木も多く、桜の花期には見事な景観を見せてくれるようだ。野球場の西側にはイチョウ並木もあり、初夏の新緑や秋の黄葉が美しいに違いない。公園として整備される以前の名残か、樹林地があるのも嬉しい。
遠方から訪れる人にとってはやはり早春の梅が魅力的だが、近隣に暮らす人には四季折々の表情を楽しめる公園として、のんびりと散策するにもよく、そしてまた家族でお弁当を持ってピクニック感覚で訪れても楽しめるだろう。
羽根木公園を北に出ると京王井の頭線東松原駅が近いが、この東松原駅前は「東松原商店街」となっており、細い道の両脇にさまざまな店舗が建ち並んでいる。この商店街の佇まいがとてもいい。八百屋や電気店、花屋、蕎麦屋、豆腐店といったさまざまな店舗のほとんどは個人商店なのだろう。建ち並ぶ店舗の建物はそれほど古いものではなさそうだが、中には古そうな表札の残る建物もある。住宅街の中の一方通行の狭い道だから通り抜ける車もほとんどなく、駅への行き帰りの人や買い物客が行き交っている。それほど規模の大きな商店街ではないが、狭い道沿いにさまざまな個人商店が建ち並ぶ商店街の佇まいが良い風情だ。町歩きの好きな人なら足を延ばしてみることをお勧めする。
羽根木公園の施設の利用方法等については世田谷区のサイトを、「プレーパーク」についての詳細はNPO法人プレーパークせたがやの公式サイトを(「関連する他のウェブサイト」欄のリンク先)参照されたい。
羽根木公園へは小田急線梅ヶ丘駅や京王井の頭線東松原駅などが近い。小田急線梅ヶ丘駅は羽根木公園の南側に、京王井の頭線東松原駅は北側に位置している。どちらの駅からも公園まで徒歩で5分ほどだろうか。
公園の北端部分には来園者用の有料駐車場が用意されているが、公園の規模に比して十分な駐車スペースが用意されているとは言えない。小田急線梅ヶ丘駅周辺を中心に時間貸駐車場が点在してはいるが規模の小さなものがほとんどだ。また羽根木公園の周辺は基本的に住宅街で、狭い道が複雑に入り組み、一方通行の道路も多い。土地勘の無い人は主要道路から公園に近づくのも難しいかもしれない。車での来園はお勧めしない。
住宅地の中の公園だが、公園は充分に広く、園内には広場などもあるから、陽気の良い季節であればお弁当を持ってピクニック感覚で楽しむことができるだろう。
公園内には売店はあるがレストランは無い。お弁当持参でない人は公園の外でお店を探そう。駅周辺には飲食店が点在しているのでそれほど困ることはない。小田急線梅ヶ丘駅周辺と京王井の頭線東松原駅周辺の双方にお店があるが、小田急線梅ヶ丘駅周辺の方が多いようだ。電車に乗れば下北沢にも近いから、移動して食事を楽しむのも一案だろう。
羽根木公園の周辺は住宅街で、狭い道が迷路のように入り組んでいる。そうした住宅地を歩いてみるのも楽しい。また京王井の頭線東松原駅前の商店街も良い風情があり、町歩きの好きな人にはなかなか魅力的なものだろうと思える。小田急線も京王井の頭線も二駅で下北沢だ。町歩きの好きな人は下北沢に足を延ばしてみるのもいいかもしれない。
羽根木公園(世田谷区)
NPO法人プレーパークせたがや