宮崎市南部の平野部を南下してゆく日南線は、
木花駅を出て1.5kmほどで次の運動公園駅に到着する。運動公園駅は駅名が示すように、駅の東側に広がる宮崎県総合運動公園の最寄り駅としての役割を担っている。運動公園駅の次の
曽山寺駅までは1km強しかなく、日南線の中でも比較的短い間隔で設けられた駅と言っていい。そうしたことから容易に推測できることだが、運動公園駅は日南線の中では比較的新しい駅で、開業したのは1984年(昭和59年)のことだ。
運動公園駅という名からは、宮崎県総合運動公園の開園に伴って来園者の利便を図るために新設された駅であるかのような印象を受けるが、少しばかり事情が違う。宮崎総合運動公園は置県80周年記念事業のひとつとして建設されたもので、本格的に工事が着工したのは1967年(昭和42年)、一部施設が完成して1970年代初めに一応の開園に至る。その後、順次施設を拡充して現在に至り、1979年(昭和54年)に開催された「第34回日本のふるさと宮崎国体」ではメイン会場にもなった。しかし運動公園駅開業の1984年(昭和59年)は、運動公園開設の時期とも国体開催の時期とも異なる。実は1984年(昭和59年)頃、総合運動公園は「みやざきフラワーフェスタ」の会場だった。「みやざきフラワーフェスタ」は1968年(昭和43年)に平和台公園を会場に始まり、1981年(昭和56年)に総合運動公園に会場を移していた(その後、「みやざきフラワーフェスタ」は1995年(平成7年)にメイン会場を「こどものくに」へ移し、2011年(平成23年)、44回開催の歴史に幕を下ろしている)。「みやざきフラワーフェスタ」の開催期間中、車で訪れる観光客も多く、周辺道路の渋滞が免れなかった。その渋滞緩和の対策のために日南線に運動公園駅が新設されたということらしい。当時はまだ国鉄時代で、運動公園駅は臨時駅だったようだが、1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化によってJR九州が発足した際、正式な駅となったものという。
それらの経緯も今ではすべて宮崎県の歴史のひとこまとなった観がある。総合運動公園内で競技大会などが開催されていれば駅の利用者も少なくないが、普段の運動公園駅は人の姿もなく、ひっそりとしている。総合運動公園が「みやざきフラワーフェスタ」の会場として賑わった時代も、“今は昔”である。
運動公園駅はまっすぐに延びる線路の東側(すなわち総合運動公園側)にホームと改札口を設けただけの簡素なものだ。改札口の横には切符入り場の窓口があるが、もちろん今は無人駅となって使われていない。改札付近のホーム中央部には屋根が設けられ、その下に長いベンチが置かれている。駅舎らしい駅舎は建てられていない。東側から駅を見ると“駅前”の佇まいなどはなかなかお洒落で立派な印象だが、駅そのものは臨時駅として開業した当時のままなのだろう。
ホームには「当駅より公園入口まで徒歩3分」としてテニスコートや運動広場、ゲートボール場、軟式野球場などの施設の名が列挙されたパネルが設置されている。また総合運動公園内の案内マップのパネルも設置されているから、この駅を利用して初めて総合運動公園へ訪れる人は目を通しておくとよいかもしれない。ちなみにサンマリンスタジアムも総合運動公園内に建っているが、園内の北側にあり、運動公園駅で下車するより
木花駅で下車した方が近い。サンマリンスタジアムに限らず、総合運動公園の北側の施設には
木花駅下車の方が近いから、土地勘の無い人は覚えておくといい。
ホームに立って西側を見ると(すなわち総合運動公園に背を向けて立つと)、目の前には広大な水田地帯が広がっている。その北側にはそのまま広々とした風景が続いているが、南側には重畳する山々のシルエットが近い。この辺りは宮崎平野の南端部に当たり、南方には標高数百メートルの山々が連なっている。それらの山々の稜線がここからは逆光に霞んで美しい風景を見せている。
駅と運動公園との間には広い国道220号が走り、その横には小さな川も流れている。その両方を跨いで「ふれあい橋」という人道橋が駅と運動公園とを繋いでいる。「ふれあい橋」は1989年(平成元年)の竣工だそうだから、駅の開業より数年遅れて設けられたもののようだ。「ふれあい橋」の上から眺める国道脇にも、運動公園へのエントランスの道路脇にもワシントン椰子が植えられている。ワシントン椰子は背が高く、するりと伸びた幹の頂上部に葉を茂らせている。その葉がときおり吹き渡る風に揺れる。その様子が南国的な印象を漂わせている。
誰もいないホームに立って、そこからの風景を眺めていると、やがて志布志方面行きの車両が駅に入ってきた。オレンジ色の車体の、一両のみの運行だった。運動公園駅で停車した車両から降りる乗客も、乗り込む乗客もまったくなかった。出発してゆく車両を見送ると、夏の日差しの下、緑の山々を背景にオレンジ色の車体が美しかった。静かな夏の午後である。