横浜線沿線散歩街角散歩
相模原市磯部
磯部
Visited in October 2005
磯部
相模原市の南西部、相模川の河畔に「磯部」という地区がある。中央部を南北に鳩川が流れ、鳩川に沿うように県道46号線が抜ける。その西にはJR相模線が走り、そのために磯部は西側の相模川河畔と東側の丘陵部との二つの表情を持っているように思える。相模川河岸から鳩川の東側を経て磯部八幡宮へ、相模原市磯部を歩いた。
下溝駅 JR相模線を下溝駅で降りた。下溝駅は小さな駅だ。駅舎の様子も駅前の様子も、地方の鄙びた駅を思わせる。首都圏を走るJRの駅にこうした佇まいの駅が残っていることに、少しばかり驚きを感じる。駅前から県道46号線へと出ると「下溝」バス停がある。道路を横断すると、木々の隙間に相模川が見える。ここは河岸段丘の上に当たるから相模川河畔の景色が眼下に広がっている。ゆったりとした曲線を描いて流れる相模川の姿が美しい。

三段の滝付近
南へ少し歩くと「三段の滝展望広場」だ。ここから見下ろす相模川の風景が素晴らしい。大きく蛇行する相模川が眼前に近づき、そこへ新旧の鳩川分水路の流れが注ぐ。水辺の織りなす風景が美しく、「相模川八景」のひとつに数えられている。展望広場から河岸へ降りてゆけば、辺り一帯は「相模川散策路」の一部として広場や遊歩道が整備され、全体でひとつの大きな公園のような佇まいを見せる。広場には「相模川散策路」の案内板と、「相模川八景」を示す碑が建っている。磯部地区の散策へと進む前にひととき足を止め、周囲に広がる美しい風景を堪能することにしよう。
相模川散策路
新旧の鳩川分水路を人道橋が跨いでいる。それぞれ「新三段の滝橋」、「三段の滝橋」の名がある。南へ橋を渡れば磯部地区だ。河岸に遊歩道が延びている。左は木々が茂る中に民家が点在し、右はフェンスの向こうに相模川が流れている。相模川の河原では釣りを楽しむ人たちの姿がある。遊歩道をときおり地元の人々が行き過ぎる。自転車で通り抜ける人、ジョギングの人、のんびりと散歩を楽しむ人、それぞれだ。遊歩道にはところどころベンチが置かれ、小さな花壇が設けられている。見れば「上磯部緑友会」との名がある。会の人たちが遊歩道の整備を行っておられるのだろう。花壇の花も緑友会の方々が丹精されたものに違いない。散策路にはところどころに相模川散策路を示す道標が置かれており、観察できる野鳥などを紹介している。やがて散策路は車両も通行可能な一般道へと合流する。一般道とは言っても河岸の住宅地の中を辿る細道だ。そのまま河岸の道路を進むと磯部頭首工が近い。
磯部頭首工
磯部頭首工は流域農地灌漑のために昭和初期に設けられた堰で、相模川左岸用水路の取水口がある。この用水路は大規模なもので、座間市から海老名市、茅ヶ崎市、さらには取水した水を川の下に設置したパイプで通し、右岸の灌漑用水としても用いているのだという。この場所には江戸時代後半にはすでに灌漑用水のための取水口があった。磯部、新戸、座間、新田、入谷の五つの村に水を引いたことから「五ヶ村用水」というのだそうで、磯部頭首工近くの道脇にその碑が設けられている。その取水口があったことから、この辺りは「すいどうぐち」と呼ばれたと記されている。

磯部頭首工公園 取水口の傍らには「磯部頭首工公園」という小公園が設けられている。広場があるだけの小さな公園だが、駐車場も用意されており、普段は地元の人たちの憩いの場となっているようだ。トイレも設置されているから散策途中の一休みにも良い場所だ。ベンチに腰を下ろして相模川の流れを眺めているとゆったりとした気分になる。またこの辺りは大山道の「磯部の渡し」があった場所でもある。対岸の猿が島とを結ぶ渡し場があり、大山参りの人々で賑わったという。今はもちろん渡し場は無く、橋も架かっていないために、対岸へは上流側の昭和橋や下流側の座架依橋まで回らなくてはならない。
能徳寺 磯部頭首工から河岸を離れて東へ向かう。下流側に広がる水田地帯も歩いてみたいが、それはまた水田に稲の育つ季節を選んで再訪することにしよう。河岸を離れ、能徳寺の横を抜け、住宅地の中を辿る。磯部郵便局の前を過ぎると、目の前を相模線の線路が横切っている。線路下をくぐって進むとやがて「新磯小入口」交差点で県道46号線に出る。この辺りでは県道46号線のすぐ東側を寄り添うように鳩川が流れている。鳩川は流れる水の大半を分水路で放出しているために、この辺りではかなり水量が少ない。その鳩川を七戸橋で渡り、さらに東へ進み、「勝坂遺跡」を目指す。
勝坂遺跡 「勝坂遺跡」は縄文時代中期の集落の跡だ。二ヘクタールほどが国の史跡に指定されているが、集落跡はさらに広範囲に残っているという。かなり規模の大きい集落があったようだ。1926年(大正8年)に畑地から縄文期の土器が見つかったのが集落跡発見の発端らしく、その当時この辺りが「新磯村字勝坂」だったことから「勝坂遺跡」と呼ばれているものだ。「勝坂遺跡」は鳩川東側の段丘上に広がる原っぱという様相だが、一帯は「勝坂遺跡公園」として遺跡の保存と整備が行われているようだ。原っぱの西側の斜面には鬱蒼と木々が茂っており、「勝坂の照葉樹林」として相模原市の指定文化財になっている。
磯部八幡宮 「勝坂遺跡」を後にし、鳩川に沿ってしばらく北へ進むと、相模線の線路の西に磯部八幡宮がある。創建の年代は不明であるらしいが、古くから旧磯部村の総鎮守として人々の信仰を集めてきた神社だ。今も地域の人々の信仰を集め、正月には初詣の人で賑わうという。相模原市発行のパンフレットによれば、明治時代以前には里修験の場でもあったらしく、火渡りの荒行なども行われていたのだという。西側の社殿裏手にはすぐ傍を相模線の線路が通っているのだが、社殿は木立に囲まれてひっそりと鎮まり、神域らしい静謐な空気を保っている。

磯部八幡宮のイチョウ
磯部八幡宮には相模原市の指定有形文化財「木造不動明王坐像」が伝わっている。像は江戸時代に造られたもので、高さは60cm弱、檜の寄木造、漆箔、玉眼嵌入という。年に一、二度、一般にも公開されるようだ。

磯部八幡宮の境内は木々が茂り緑濃い様相だが、その中でも石段横に聳える大きなイチョウの木には目を奪われる。相模原市の保存樹木に指定されているもので、樹齢は500年を超えるという。実に堂々とした樹木で、こうした見事な樹木に出会えるのも散策の楽しみのひとつだ。晩秋の黄葉の季節にはきっと美しい姿になることだろう。黄葉が秋の日を浴びて黄金に輝く姿も見てみたい気がする。
磯部
磯部八幡宮から再び相模川河岸に近い辺りへと戻ろう。磯部八幡宮の参道は、神社前の道路を歩道橋で越えている。おそらく道路によって参道が断ち切られてしまったために、歩道橋が設けられたものなのだろう。その参道を東へ辿り、相模川河畔に広がる住宅地へと歩を進める。道脇に咲くコスモスが散策の目を楽しませてくれる。住宅地と言っても基本的に田園地帯で、水田や畑地も残り、家々の間を辿る道の佇まいにものどかな印象がある。河岸に広がる町だからだろうか、全体の印象にどこか海辺の町を思わせるものがある。路地を曲がって進むと、そこには相模川ではなく海が広がっているような、そんな錯覚を覚えることがあるのだが、自分が海辺に近い場所に育ったための錯覚であるかもしれない。そんな錯覚を楽しみながら下溝駅へと帰路を辿ろう。
磯部磯部
磯部磯部
相模線下溝駅を拠点に磯部地区をひとまわりした形の散策だった。河岸に広がる風景を充分に楽しめた散策だったが、少しばかり急ぎ足になったところもあって、特に勝坂遺跡は通り抜けただけのようになってしまった。また別の機会を設けてゆっくりと見てみたい気がする。磯部地区の南部から新戸地区、さらに座間市へと広がる水田地帯にも、稲が育つ季節を選んで訪ねてみよう。
磯部