八王子市中野上町
中野上町東部
Visited in February 2022

八王子市中心市街の北側、浅川の北岸に中野上町という町がある。浅川と川口川の合流点の西側に位置しており、浅川と川口川に挟まれた立地だ。今回、浅川橋から中野上町へと歩を進めて、中野上町の東部を歩いてみたい。

この浅川橋の橋上、真ん中辺りに「浅川橋」バス停が設けられている。なぜ橋の上にバス停が設けられたのか、少し興味を覚える。この「浅川橋」バス停から中野上町散策へ出発したい。

200mほど歩くと中野橋が川口川を跨いでいる。そのすぐ下流側で川口川が浅川に合流する。川の合流点というものに何故か心惹かれる。中野橋の上から浅川に合流する川口川の様子をしばらく眺めてみる。立春を過ぎてもまだ季節は冬と言っていい。河原の草も冬枯れの姿だ。河原には白鷺の姿があった。ダイサギだろうか。

中野橋の親柱にはアユを象ったレリーフやモニュメントが施されている。浅川にはアユが遡上し、鮎釣りの解禁期間には釣り人の姿を見ることもある。川口川との合流点近く、この中野橋の付近は鮎釣りのポイントでもあるらしい。

国道16号から200mと少し行ったところに「咳守橋」という人道橋が架かっている。不思議な名の橋だ。「堰」ではなく「咳」なのか。調べてみると、そもそもは「堰守」の地名があったようだ。川口川も昔は雨が続くと氾濫などが起こって大きな被害をもたらすことがあった。かつてこの付近に川の様子を見張るための小屋があり、水害に備えていたらしい。そこから「堰守」の名があるようだ。それが時代を経て「咳守」に転じたものだが、昔、百日咳が流行った際に近くの稲荷社に祈願して収まったことから「咳守」になったとも言う。いずれにしても昔のことで、正確な詳細はわからない。

山王橋から150mほどで新山王橋、「中野中央通り」が川口川を跨ぐ。新山王橋の上流側、川口川の左岸には都営住宅が建っており、“団地マニア”の心をくすぐるような風景が楽しめる。団地の中には中田遺跡公園もあるから、のんびりと一回りしてみるのも楽しい。

中野中央通りが全線開通するまで、特に新山王橋の西側辺りでは細い路地を通り抜けなくてはならなかった。その頃に比べれば今はすっかり便利になった。

この辺りは段丘崖の崖線が通るところで、少し西側に位置する日本機械工業はこの崖線の南側の際にあり、敷地内には今も湧水があるという。この日本機械工業の敷地は八王子の織物産業が盛んだった頃には片倉製糸紡績の大きな工場があったところだ。湧水に恵まれていたからだ。

稲荷社の横から第九小学校南側の細道を東へ進んでいこう。進んで行くと車両の通り抜けができないような細道があった。「この先行き止まり 車両通過出来ません」との注意看板も立てられていた。こういう細道を抜けて行くのも町散策の楽しみのひとつだ。細道を抜け出たら少し西へ戻って交差点を南へ向かおう。

とりあえず浅川の河岸に出てみよう。ちょうど荻原橋の東側の辺りだ。河原の草木もまだ冬枯れの風景で、澄んだ冬空が美しい。すこしだけ河岸の道を歩き、再び中野上町一丁目の町中へ戻る。

八王子の織物産業が斜陽の時代を迎えてもしばらくは、かつての隆盛を物語るかのように市内各地にこうした建物が残っていたが、近年、すっかり少なくなった。この建物が今どのように使われているのかわからないが、やがて取り壊されてしまう日がやってくるだろう。

この道路沿い、北側の中野上町二丁目に中野町公園という公園がある。広場を中心に構成された、小さな街区公園だが、公園名が「中野町公園」であるところが興味深い。そもそも「中野上町」は1977年(昭和52年)に中野町と元横山町の各一部地域を再編して誕生した町だが、中野町公園はそれに先立つ1974年(昭和49年)に開園している。だから「中野上町公園」ではなく「中野町公園」というわけだ。

国道16号のこの辺りは昔は2車線(片側1車線)しかなく、慢性的に渋滞が発生するところだった。以前から拡幅工事が進められていたが、2017年(平成29年)から2018年(平成30年)にかけて4車線化の拡幅工事が終了、現在は交通の流れもスムーズになった。昔のことを思うと隔世の感がある。今回の中野上町散策はこの辺りで終わりにして、近くのバス停から帰路を辿ろう。

中野上町や中野山王の辺りを、以前から歩いてみたいと思っていた。今回ようやく機会を設けて訪ねることができた。いろいろな発見があったが、中野上町一丁目で“のこぎり屋根”の建物に出会ったのも嬉しいことだった。次の機会には中野上町四丁目から五丁目、中野山王の辺りも訪ねてみたい。


