八王子市西浅川町〜裏高尾町
高尾梅郷
Visited in March 2005
八王子市裏高尾町の旧甲州街道沿いの地域は「高尾梅郷」の名で梅の名所として知られている。甲州街道から旧甲州街道が分岐する「西浅川」交差点付近から小仏川と旧甲州街道に沿って小仏のバス折り返し場付近まで、山の斜面や畑の梅林、民家の庭先などに咲く梅が楽しめる。訪れたのは三月の上旬だったが、今年(2005年)は梅の開花が遅れており、全体的に見るとようやく咲き始めたところという状態だった。それでも見事な景観を見せてくれる梅も随所にあり、風に乗ってときおり漂ってくる甘い香りを感じながらの散策は充分に楽しいものだった。
高尾駅からは線路に沿って住宅の中を抜ける細道を歩いた。およそ十五分ほどで「西浅川」交差点付近に着く。高尾駅からバスに乗ってもよいが、あまり頻繁に通っている路線ではないからうまく時間が合わないと少しばかり待つことになる。バスを使えば「小名路」バス停で降りるとよい。「小名路」バス停から甲州街道(国道20号)を少し下ると「西浅川」交差点だ。右手へと旧甲州街道が逸れている。
交差点をそのまま素通りして国道20号を少し進む。道路の右手に「西浅川児童遊園」がある。わずかに遊具が置かれた小さな広場だが、この広場の入口や脇の方に梅の木が植えられており、日差しを浴びて美しい景観を見せてくれている。それほど多くの梅があるわけではないが、ちょっと立ち寄って梅の花を楽しみたい。この児童遊園の梅が「高尾梅郷」の「序章」のような役割を担っているようにも思える。
「西浅川児童遊園」から国道20号を少し進むと上椚田橋だ。国道20号が小仏川を越えている。この橋の手前、小仏川の左岸に沿った道へと折れる。河岸は梅の並木になっているから、河岸の道へ歩を進める前に橋の上からその眺めを楽しんでおきたい。
河岸の道を進んでゆくと、やがて河岸に遊歩道のようになった場所があり、梅の並木が続いている。ここが「遊歩道梅林」と呼ばれるところで、三月の中旬に行われる「うめまつり」の際には露店なども出て賑わうところだ。残念ながらほとんどの梅はまだ蕾で、咲いているものは数えるほどしかない。すべての梅が咲き揃えばきっと素晴らしい景観になることだろう。
「遊歩道梅林」を端まで歩くと眼前には畑地が広がる。右に折れて畑地の中を抜ける小径を辿る。畑地を出て、住宅の並ぶ中を少し行くと旧甲州街道に出る。ちょうど小仏関所跡の前だ。
「遊歩道梅林」を端まで歩くと眼前には畑地が広がる。右に折れて畑地の中を抜ける小径を辿る。畑地を出て、住宅の並ぶ中を少し行くと旧甲州街道に出る。ちょうど小仏関所跡の前だ。
「小仏関」はその名が示すように当初は小仏峠に設けられた関所であったらしいが、後にこの駒木野の地に移され、移された後も「小仏関」と呼ばれたものという。小仏峠を越えて武蔵と甲斐とを結ぶ甲州道中のルートは江戸時代になってから人々の往来が盛んになったようだが、その甲州道中の中でもかなり厳しい関所であったらしい。江戸幕府にとっては関東を守るための要所であったのだろう。徳川家康が北条氏や武田氏の残党を雇用して組織した「千人同心」が、この小仏関を守っていたのだという。往時は番所が設けられ、東西に門が置かれて出入りの人々を監視していた関所だが、今は関所跡を示す石碑や、通行人が手形を置いたという「手形石」などが残されているだけだ。観梅散策のついでにそうした歴史のひとこまに思いを巡らすのも楽しい。
小仏関所跡を後にして旧甲州街道を下る。道脇の畑や民家の庭に咲く梅を楽しみながらのんびりと歩く。このような畑の梅や民家の庭の梅なども含めて、「高尾梅郷」を成しているのだ。少し行くと小仏川が近づき、道路は川沿いになる。
すぐに「荒井」のバス停だ。バス停の前に小さな学校がある。八王子市立浅川小学校上長房分校だ。敷地の隅に建つ小さな校舎の建物は、ずいぶんと山深い地域の分校をも思わせる佇まいだ。東京都内の、それも八王子市街からそれほど遠くない地域に、こうした「分校」が存在しているという事実に、少しばかり驚きを感じる。この地域の子どもたちは低学年のうちはこの分校で学び、高学年になるとバスに乗って本校に通うのだそうだ。訪れたとき、「平成16年4月1日より休校」の旨の案内板が架けられ、門は閉ざされていた。平成16年度は児童がいないために休校なのだろうか。平成17年度は数名の児童がこの分校に通うようだ。この浅川小学校上長房分校は東京都の小学校に於ける最後の分校なのだそうだが、それも平成19年度(2007年度)を最後に廃校となる運命であるらしい。
しばらく歩くと「蛇滝口」バス停だ。その名の通り、滝行の場として知られる「蛇滝」への入口に当たるところで、このバス停の利用客は案外と多い。バス停の真ん前に細長い古そうな建物が建っている。これは修験者向けの宿泊所であるらしいが、今はほとんど利用する人はないらしい。
「蛇滝口」バス停を過ぎると小仏川が道から少し離れ、道の両脇には畑地が広がる。その畑の中に設置された大きな看板が否応なく目に入る。「圏央道建設絶対反対」と書かれたその看板は、それが示すように圏央道の建設に反対する人たちの設置したものだろう。「山を壊す者に天罰あり」の文字と風神雷神を描いた看板も併せて設置されている。それと向き合うように国土交通省による看板も設置されている。こちらは取得した土地を示すためのものか、殊更に圏央道のメリットを謳うわけでもなく、「緑とまちと圏央道」と控えめに書かれているだけだ。圏央道は、ちょうどこの辺りを通るのか。中央道の方に目をやるとジャンクション用に造られた真新しい道路がまるで空中に浮かぶように延びている。圏央道建設の是非はともかく、のどかな風景の中に造られた巨大な人工物の姿にはどこか畏怖すべきような感触がある。やがて山々を貫いて圏央道が抜けるのか。複雑な思いで山々の稜線に眼を向けた。
「木下沢梅林」からさらに旧甲州街道を西へ辿れば小仏のバス折り返し場付近にも「小仏梅林」という名の梅林があるのだが、この様子ではおそらく咲いてはいないだろう。今回の観梅散歩はこのあたりで終わることにして、そろそろ帰路を辿ることにしよう。
「高尾梅郷」の各梅林を巡っての散策は、のんびりと歩いて片道一時間半から二時間といったところか。旧甲州街道は道も狭く、観梅客用の駐車場も用意されているわけではないので車で来るのはやめておいたほうがよい。中央線や京王線の高尾駅から歩いてもそれほど苦になる距離ではないが、足に自信のない人はバスを利用するとよい。旧甲州街道を辿るバス路線は一時間に一往復ほど運行している。往路はのんびりと歩き、帰路はバスを利用するというのもお勧めの方法だ。「高尾梅郷」は市街地より梅の開花が遅く、例年でも三月に入ってから見頃を迎え、西へ下るに従って開花も遅くなる。うまく時期を選んだ方がよいだろう。三月中旬には「うめまつり」も開催されるから、そうした賑わいの好きな人であれば「うめまつり」に合わせて訪れるとよいだろう。