横浜線沿線散歩街角散歩
横浜市青葉区
市ヶ尾町から大場町
May 2004
市ヶ尾町
新緑も色濃くなった五月の下旬、市ヶ尾町から大場町にかけて歩いた。このあたりは市ヶ尾横穴古墳群や稲荷前古墳群などの遺跡があるところで、訪ねてみたいとかねてから思っていたのだ。東急田園都市線の市が尾駅から北西へと辿って、それらの遺跡や近隣の公園などを巡ってのんびりと歩いてみた。
市が尾駅前
東急田園都市線を市が尾駅で降り、西口へ出た。駅前は商店などが並んで賑やかだ。1994年(平成6年)の行政区再編成で「青葉区」が誕生してから、市ヶ尾町は青葉区の中心としてさらに賑やかになった印象がある。「市ヶ尾」はかなり古い地名のようで、1939年(昭和14年)に横浜市に編入される以前は「都筑郡中里村大字市ヶ尾」であり、さらに古くは「都筑郡市ヶ尾村」であったらしい。「市ヶ尾」は「市郷」が転じたものか。ちなみに町名の市ヶ尾は「ヶ」を書くが、東急田園都市線の駅名はひらがなで「が」を書く。
市ヶ尾商店街
市が尾駅から国道246号線を渡って北西の方角へと道を辿る。道の両脇には商店が並ぶ。市ヶ尾商店街だ。しばらく進むと「市ヶ尾おさかな広場」という名の交差点があった。見ると交差点の角に小公園のようなスペースがある。中央部が空洞になった魚のオブジェが置かれており、そこからこの名になったものだろう。市ヶ尾には市が尾駅前から青葉区役所にかけて野外彫刻の置かれた「市ヶ尾彫刻のプロムナード」という周回コースがあり、この「市ヶ尾おさかな広場」もその一部のようだ。この「市ヶ尾彫刻のプロムナード」もまた別の機会にゆっくりと歩いてみたいという気がする。
地蔵堂
「市ヶ尾おさかな広場」を後にしてさらに市ヶ尾商店街を進む。やがて「地蔵堂下」交差点に至る。その名が示すように交差点の右手、北側に地蔵堂がある。地蔵堂の前を通る道路は旧大山道で、道に面して十体のお地蔵様が並び、横の石段を登るとお堂がある。この地蔵堂は千日の托鉢によって建立されたために「千日堂」ともいうのだそうだ。毎年11月30日には「お十夜講」が行われ、鉦や太鼓を打ち鳴らしながら念仏を唱える双盤念仏が伝わっているという。この双盤念仏は横浜市の無形文化財に指定されているものという。
市ヶ尾横穴古墳群
地蔵堂の前から少し進んで右手、北側へと脇道に逸れる。市ヶ尾小学校を右に見ながら進むと、市ヶ尾小学校の北に隣接して「市ヶ尾横穴古墳群」がある。丘陵の崖面に造られた横穴墓群が発見され、1957年(昭和32年)に神奈川県指定史跡になった。1983年(昭和53年)に横浜市が一帯を公園として整備し、現在は「市ヶ尾遺跡公園」となり、その中に19基の横穴古墳が保存されている。今は樹木の茂る静かな公園だが、その中に立ってひととき古代の人々の営みに思いを馳せるのもいい。この遺跡公園からは鶴見川方面への眺望が開けているのも楽しい。
市ヶ尾遺跡公園を後にし、少し迷ったのだが、公園と市ヶ尾小学校の間の石段を登り、東方の丘の上へと進んでみた。丘の上には整然とした住宅街が広がっている。すでに「市ヶ尾町」から「荏田北」になる。もともとは荏田町の丘陵地だったところだが、造成されて住宅地となり、「荏田北」の町となった。丘の上ということで周囲への眺望も良く、街並みも美しい。駅から遠いのが難点だが、このような街に暮らしてみたいと思わせてくれる佇まいだ。

小黒公園
携行していた地図を確かめると、すぐ近くに公園があるようだ。やはり立ち寄っておかなくてはなるまい、というわけで、住宅街の中を少し進む。小黒公園という公園があった。円形の草はらの広場を中心に、木々に包まれたような公園で、初夏の日差しに光る緑が美しい。公園の愛護会が整備を行っているようで、地元の人々によって大切に守られている印象がある。トイレが無いのはこうした散策途中に立ち寄るときに少々不便だが、端正な美しさが印象深く、このような公園に偶然立ち寄ることができたときにはとても嬉しくなる。
禅当寺公園
小黒公園を後にして再び市ヶ尾町へと、西へ丘を下る。勘を働かせて道を選びながら降りてゆくと、住宅街の向こうにこんもりとした木立を見つけ、誘われるようにしてそちらへ進んだ。小さな公園があった。禅当寺公園という名であるようだ。小さな公園だが、ここも愛護会の人々によって丁寧に整備され、細かな改良が重ねられている印象があった。
大場川
禅当寺公園を回り込んでさらに下ってゆくと、小さな川があった。川は大場川で、橋は稲荷前橋という名だ。このあたりからすでに大場町になる。付近は住宅が建ち並んでいるが、畑地も残り、昔からの農家らしい住宅も残り、このあたりが鶴見川河畔ののどかな田園地帯であった頃の風景が思い浮かぶ。大場川の河岸に小径が沿っている。この小径を辿って上流側へと歩いた。大場川は大きな溝という様相で、あまり面白みはない。そのまま進むと川は暗渠になって姿を消してしまった。その先は遊水池であるようだ。
大場かやのき公園のカヤ
その遊水池の横が公園として整備されているようだ。これも立ち寄っておきたい。遊水池の横にグラウンドがある。このグラウンドも非常時には遊水池としての役割を担うものだろう。その横に木々が茂り、その向こうに広場があるようだ。木々の中に、何やら巨大な構造物の姿が見える。いったい何だろうかと思いながら近づいてみると、樹齢六百年というカヤの木を枠で囲い、防風網が設けてあるのだった。このあたりが区画整理されて整然とした住宅街に姿を変えた際、この公園内に移植されたものらしいが、樹勢が衰えてしまったために、こうして保護しているものらしい。このカヤの木は公園のシンボルツリーであるらしく、公園の名は「大場かやのき公園」という。
稲荷前古墳群
「大場かやのき公園」から西南の方角へ、地図を頼りに進む。丘陵地に造られた住宅地を抜けると、こんもりと木々に覆われた丘があった。「稲荷前古墳群」だ。実はこの丘陵の住宅地が、造成される際に多くの古墳が発見された場所であるらしい。ほとんどは住宅街に姿を変え、今は「稲荷前古墳群」として三基の古墳が保存されている。「稲荷前古墳群」は1970年(昭和45年)に神奈川県指定史跡となり、公園のように整備されて公開されている。これらの古墳は四世紀から六世紀にかけてのもので、このあたりの土地を治めた首長の墓であろうという。「稲荷前古墳群」の南側には横浜上麻生道路の旧道が通り、バス路線が通う。ちょうど「水道局青葉営業所前」バス停がある。このバス停でバスを待つことにしよう。
市ヶ尾町から大場町にかけて、特に「市ヶ尾横穴古墳群」と「稲荷前古墳群」を目的に据えて、近くの公園などを巡りながらの散策だった。実は鶴見川の河岸あたりまで足を延ばそうかとも思っていたのだが、あちこちに寄り道をして、さらに今回はメモを取るのに時間を費やし、「稲荷前古墳群」で時間切れとなってしまった形だった。それはそれで楽しいものだ。
大場町