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横浜市青葉区恩田町
晩冬の恩田町
Visited in February 2022
晩冬の恩田町
冬の寒さの続く二月中旬、恩田町を訪ねた。白山谷戸の周辺を歩いて、冬枯れの里山風景を楽しみたいと思ったのだった。東急こどもの国線恩田駅から出発して、恩田町の北東部を一回りしてみたい。
晩冬の恩田町 東急こどもの国線恩田駅を降り、100mほど北に進めば踏切がある。そのまま奈良川を「徳恩寺橋」で跨いで「こどもの国通り(県道139号)」に出る。こどもの国通りを50mほど南へ戻ったところに「徳恩寺前」バス停があり、その脇に東側の丘に登る小径がある。この小径を登っていく。

やがて丘の西側斜面に沿って辿る細道に合流する。この道は車一台がようやく通れるほどの幅しかないが、道沿いには住宅も点在している。丘の中腹に沿って延びる道は、ところどころで眺望が開けて恩田駅周辺の景色を眺めることができる。

晩冬の恩田町 丘の斜面に沿った細道を南へ辿る。数百メートル進んだところで、ようやく丘の端となって下っていく。下りきった辺りに道祖神が祀られている。花が供えられているから、今も地元の方々によって守られているのだろう。

道祖神が祀られていることや、道の様相から考えれば、丘の斜面を辿る道が旧来の道なのだろう。こどもの国通りが通る奈良川河岸には、かつては農地が広がっていたのではないだろうか。

晩冬の恩田町 丘の南側を回り込んで丘の麓の道を北東の方角へ辿る。南西の方角を見れば畑地が横たわり、その向こうに恩田町南西部の丘が見えている。

道の左手(北西側)には丘が横たわり、民家が点在する。途中、丘の斜面に小さな石の“祠”に守られてお地蔵様が佇んでいらっしゃる。昔から道行く人を見守ってらっしゃるのだろう。お地蔵様の身体は風化によるものか、ずいぶんと傷んで、もはやお顔もはっきりとしないが、それでも地元の方に大切にされていることが窺える。
晩冬の恩田町 数百メートル進んだところで丁字路にぶつかる。これを左へ折れて進んでいくと、丘と丘に挟まれた谷戸の地形となった場所がある。「白山谷戸」と呼ばれる谷戸だ。

白山谷戸は冬枯れの風景だ。農地は耕作前、雑木林の落葉樹は葉を落としている。殺風景とも思える風景だが、閑寂な空気を湛えた季節の興趣である。そんな風景を楽しみながらのんびりと谷戸の道を歩く。谷戸の道を通り過ぎる車もなく、人の姿もない。静かなひとときである。

晩冬の恩田町 谷戸の東側の丘には白山神社が鎮座している。おそらく、白山神社が祀られているから「白山谷戸」なのだろう。谷戸の脇から神社へ登る道がある。丘の斜面を真っ直ぐに登る坂道には、木枝によって素朴な足場が造られている。

その坂道の脇に「源流の森保存地区 横浜市」と記された標柱が立っていた。「源流の森保存地区」とは、横浜市のウェブサイトによれば「緑豊かな都市景観を形成し、市民生活に潤いと安らぎを与えているとともに、保水・治水機能の保全と河川の水量の確保に寄与している郊外部の良好な樹林地について、土地所有者の方にご協力いただき指定することにより、樹林地の保存を図る制度」だそうである。なるほど、分かりやすい説明である。こうした制度によってこのような雑木林の丘陵が保全されているのは嬉しいことだ。

晩冬の恩田町 素朴な坂道の“参道”を登ってみる。登り詰めたところは木々が開かれた平地になっている。そこに一対の樹木に守られるようにして小さな石の祠がある。これが白山神社のようだ。祠は古く、少し傷んでいるが、荒れ果てた印象はなく、今もしっかりと手入れがなされているように見える。

白山神社を名乗る神社は全国各地にあるが、そもそもは北陸の白山を信仰する山岳信仰の神社である。山は流れ出る水によって人々の暮らしを支える存在であり、そこから水神や農耕の神としての信仰対象となったと考えられる。恩田町の白山神社も白山谷戸の農地を守る神として勧請されたものだろう。昔はもっと立派な社が建っていたという話も聞いたことがあるが、残念ながら詳しいことはわからない。いつ頃創建されたものかもよくわからないが、かなり古いものであることは間違いないだろう。
晩冬の恩田町 白山神社にお参りしたら、白山谷戸から再び西側の丘を越えて奈良川河岸に戻ろう。

丘を横切る道の途中、尾根を越えるところで小さな“切り通し”のようになったところがある。道は車両の通行の出来ない細道で、いかにも尾根を削って小径を通したらしい様相だ。道脇の崖面は土が剥き出しになって木の根が露わになっている。こうした風景も今ではなかなか見ることが少なくなった。昔懐かしい里山の風景である。

晩冬の恩田町 丘の西側斜面を辿る道に戻ったら、北へ辿っていこう。道脇の畑地の風景や、その向こうに見える町並みの風景などを楽しみながら、のんびりと歩いて行こう。

道はやがて緩やかに下り坂になって丘を降りてゆく。道の右手(東側)には木々が鬱蒼と茂り、左手(西側)は竹林だ。この辺りの道の様子がとてもいい。このような道に出会うのも里山歩きの醍醐味と言っていい。景観を楽しみながらゆっくりと歩き、立ち止まっては振り返って景観を楽しむ、ということを繰り返した。
晩冬の恩田町 丘の西側斜面を辿る道は、すみよし台南西部の住宅地に抜け出て、さらに坂道を降りてゆくと奈良川の河岸だ。こどもの国通り(県道139号)の歩道を南に向かおう。

150mほど進んだところに十字路があり、こどもの国通りから西へ入り込む道がある。道は奈良川を橋で越え、東急こどもの国線を踏切で越え、さらに奥へ延びている。道の先には小さな谷戸がある。行き止まりの谷戸なのだが、恩田町の昔ながらの風景を残すところだ。おそらく地元の人だけが通る道を、少し恐縮しながら歩かせていただく。谷戸の奥に入り込むと長閑な風景が広がっている。谷戸の風景を堪能したら、また奈良川の河岸へ戻ろう。
晩冬の恩田町 奈良川河岸の舗道を南へ向かう。奈良川の河岸には舗道が整備されており、交通量の多いこどもの国通りの歩道を歩かなくていいのは嬉しい。南に視線を向けると送電鉄塔の並ぶ姿がシルエットになって見えるのも興趣のある風景だ。

途中、川岸の草の上にカワセミの姿を見つけた。このような交通量の多い道路脇でもカワセミの姿があるのかと、少し驚く。この日使っていたカメラが40mm単焦点のレンズだったため、カワセミの姿を写真に捉えることができなかったのは残念だった。

晩冬の恩田町 恩田駅近くまで戻り、徳恩寺橋横の「長津田3号踏切」の脇でこどもの国線の車両が通りかかるのを待った。鉄道写真の趣味があるわけではないが、せっかくならこどもの国線の写真を撮っておこうと思ったのだった。少し待つとこどもの国から長津田へ向かう電車がやってきた。牛柄のラッピング電車「うしでんしゃ」だ。前面には牛の顔が描かれ、側面にも牛柄が施されている。なかなか可愛らしい。

「うしでんしゃ」は東急電鉄とこどもの国協会、雪印こどもの国牧場が連携して、「こどもの国」の認知度向上や来園者増加、こどもの国線の利用者増加などを目的に行っているものだ。2018年(平成30年)10月から運行を開始、当初は2020年(令和2年)3月までの期間限定運行の予定だったが、好評だったことを受けて運行を継続している。こどもの国線では「うしでんしゃ」の他に、2020年(令和2年)3月から「ひつじでんしゃ」も運行している。これも機会があれば見てみたいものだ。
晩冬の恩田町
恩田町の辺りはこれまで何度も訪ねたことがあるが、訪ねる度に新しい発見がある。今回は白山神社を訪ねることができてよかった。「うしでんしゃ」に遭遇したのも楽しかった。まだまだ厳しい寒さの続く時期だったが、すでにところどころで梅も咲き始めていた。充実した散策だった。
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