横浜線沿線散歩街角散歩
横浜市青葉区恩田町
初秋の恩田町
September 2004
初秋の恩田町
横浜市青葉区の恩田町をまた歩いてみたいと思い、秋晴れの九月中旬に出かけた。恩田町は市街化の波が間近に迫りながらも古き佳き里山の風景を残すところだ。六月の田植えが終わった頃に歩いたことがあったから、彼岸花の咲く季節の風景も見てみたいと思っていたのだ。以前歩いたときには長津田駅で横浜線を降りて恩田川河畔から奈良川上流部分へ向かい、西へ辿って成瀬方面へと歩いたから、今回はその反対のコースを選んでみた。横浜線の成瀬駅で降り、都県境の尾根道から恩田町の北端部分を東に辿っていこう。
成瀬駅東交差点
成瀬駅の北口から駅の東側を南北に抜ける道路に出る。「成瀬駅東」交差点から北へ緩やかな坂道を登ってゆく。駅周辺ということもあって辺りはお店などが並んでなかなか繁華な佇まいだ。道はエンジュの並木で、花の時期も終わって青々とした葉が初秋の日差しを浴びている。坂の頂上の交差点を過ぎ、成瀬街道へ向かって今度は緩やかに下ってゆく。やがて会下山(えげやま)橋で恩田川を越える。この辺りの恩田川河畔は桜並木で、春には美しい景色となるのだが、今は桜は葉を茂らせて別の表情を見せている。

道脇の彼岸花
恩田川を渡り、成瀬高校を右に見ながら進むと成瀬街道との交差点だ。交差点には「成瀬センター前」という名がある。成瀬街道を右(東)に折れ、歩道を進む。成瀬街道は交通量も多く、道脇にはさまざまな店舗などが並んでいる。昔に比べればずいぶんとお店も増えたと思いながら歩き、やがて成瀬駐在所の横を過ぎる。周辺はずいぶんと市街化が進んだが、まだこうして駐在所があるのかと、そんなことを思いながら歩いた。道脇には昔からの農家らしい佇まいの家も残る。その敷地の端に彼岸花が咲いている。道より一段高い場所に咲く彼岸花を見上げるようにして眺めた。

東雲寺
やがて「東雲寺入口」交差点だ。交差点の左手、木立に囲まれて東雲寺が建っている。東雲寺は龍谷山東雲寺という曹洞宗の寺で、小机の雲松院が本寺だそうだ。東雲寺に安置される誕生釈迦仏立像は関東地方では最古の白鳳時代のものらしく、町田市の文化財として名を連ねている。また東雲寺は本堂周辺に百本近いソメイヨシノの大木があり、桜の名所としてもよく知られている。東雲寺の近くには成瀬杉山神社もあるから寺社に興味のある人は併せて立ち寄るとよい。

東雲寺脇の坂道
東雲寺を左に見ながら、背後の丘へ続く小径を辿る。小径は車一台がようやく通れるほどの幅で、一部で拡幅工事が行われている。坂となった小径の右手は畑地で、その向こうに成瀬駅方面の街並みが見通せる。坂を登りきると丘の上に出る。丘の上はあかね台として造成された住宅地の西端部分、あかね台はすでに横浜市青葉区だ。ふりかえると広く視界が開けて爽快な気分だ。丘の上は以前は雑木林に囲まれて畑地が広がっていたのだろうか、今は造成された中に真新しい住宅が建ち並びつつある。今はまだ殺伐とした印象だが、やがて美しい街並みに姿を変えるのだろう。
畑地の広がる尾根道
あかね台西端の道を北へ進むとすぐに目の前に雑木林が見えてくる。その林の中の小径に分け入ってゆく。ここが成瀬と恩田町の境、都県境の尾根道で、「成瀬尾根」と呼ばれるところだ。以前に歩いたときには恩田町側からこの尾根道に上がり、南へ下って今立っている場所へと出てきた。今回はこちら側から北へ辿っていこう。林の中を抜けると、眼前に畑地が広がる。畑地は右手に緩やかな傾斜で下り、恩田町の谷戸に落ちる。その眺めがとても美しい。丘の上を渡る風も爽快で散策の足も弾む。

林の中の小径
やがて左に「風の広場」があり、NTTドコモの施設や送電線の鉄塔が建つ横を過ぎると、小径は再び林の中へと入り込む。小径は細くなり、左手の木立の隙間、町田市側に住宅街の景色が見え始める。そこへと降りる小径があったので進んでみた。このあたりは「しあわせ野」という町名であるようだ。出てきた小径をふりかえると傍らに「成瀬尾根2号緑地」との名があった。尾根道に戻り、また北へ向かう。

スズメバチ注意
道脇の樹木の幹に、何やら注意書きが付けられている。見れば「スズメバチ注意」とあり、「スズメバチが樹液を吸いにきているのでむやみに近づいたり、おどかしたり、いたづらしないでください」とのコメントを添えて「キケン」と書かれている。かつて子どもの頃、山にカブトムシやクワガタムシを捕りにゆくと、それらの集まる樹木にはスズメバチも来ていることが少なくなかった。スズメバチの怖さは子どもたちの世界で多少誇張も交えて年上の者から年下の者へと伝えられ、それと同時にスズメバチを見かけたときの対処方も教えられたものだった。町中に暮らす今の子どもたちにはそのような経験の機会もなく、このような注意書きが必要になってしまうのかもしれない。子どもの頃のことを思い出しながら、感慨深くこの注意書きを見た。

尾根道から降りる
進むに連れて車の音が近くなり、尾根道の右手にも住宅街が見えてくる。横浜市青葉区奈良三丁目の住宅街だ。尾根道のすぐ下を道路が南北に延びている。この道路は北側では「こどもの国西側」交差点で「こどもの国通り」から逸れ、南側では「あかね台入口」交差点で成瀬街道に接続する。尾根道はやがて木立が途切れて両脇に視界が開ける。この下に「成瀬尾根トンネル」があり、青葉区奈良と町田市成瀬台方面とを繋ぐ道路が抜けているのだ。尾根道から奈良三丁目側へと降りる階段があった。尾根道をさらに北へ歩きたい気もするが、それはまた次の機会にして、階段を降りた。
奈良三丁目交差点
「奈良三丁目」の交差点だ。交差点の角はちょっとした広場のように整備され、弧を描くようにベンチが設置してある。ベンチに腰を下ろして一休みした。交差点の西側には成瀬尾根が横たわり、その下を「成瀬尾根トンネル」が貫いている。交差点の北東側には奈良三丁目の住宅街が広がる。南側は恩田町の里山が残り、それを貫くように道路が南北に延びる。

南北に通る道路の西側の歩道を南に辿ると、歩道脇に「熊ヶ谷横穴墓群」を示す案内板がある。そこに記された解説に依れば、奈良川の西側丘陵部には横穴墓が多いのだそうだ。この熊ヶ谷横穴墓群は1982年、1983年(昭和57年、58年)に発掘調査が行われ、全部で25基の横穴墓が発見されたという。墓は6世紀後半から7世紀頃にかけて造られたもので、鉄刀などの武器や耳環、勾玉などの装身具も出土し、当時この地を治めた有力者の墓であるらしい。残念ながら現在は非公開で、見学することはできない。

奈良熊ヶ谷小川アメニティ
「熊ヶ谷横穴墓群」の案内板の南側は道路の両脇に緑濃い里山が残っている。道路の東側、「熊ヶ谷横穴墓群」から道路を挟んでちょうど向かい側辺りに、里山の麓の谷戸に降りてゆく階段が設けてある。下へ降りると、沢や池がある。自然のままというわけではなく人の手によって整備されているようだ。傍らに「熊ヶ谷小川アメニティ 水辺愛護会」の名を記したプレートが立っている。昔から残る谷戸の水辺に整備と保護の手を加え、こうして自然に触れることのできる場所として残しているのだろう。「奈良熊ヶ谷小川アメニティ」というらしい。池や沢ではカワニナやドジョウ、オニヤンマなどの生き物の姿を見ることができるらしい。沢に沿った遊歩道を辿ってゆくと、やがて右手(南側)に昔ながらの谷戸の風景が現れた。沢の横の遊歩道は少し広くなり、遊歩道にはベンチなども設けられている。眼前の谷戸の風景を眺めながらのんびりとしたひとときを過ごした。

恩田町の里山を見る
沢はさらに北側へ続いているが、遊歩道はここで終わりのようだ。北側の奈良二丁目の住宅地の中へと進み、右手に恩田町の雑木林の丘を見ながら東へ向かった。住宅地の中に「奈良二丁目長谷公園」という小さな公園があった。この公園は「はなさかじいさん」の話を元にして造られているという。公園から東へ緩やかに下るとすぐに東急こどもの国線の線路だ。ちょうど「長津田5号踏切」がある。踏切を渡ると県道139号線、「こどもの国通り」だ。これを横断し、「奈良橋」で奈良川を渡ると「すみよし台」の住宅地だ。
初秋の恩田町初秋の恩田町
恩田町の小径
すみよし台の南端から恩田町東部の丘に登ってゆく階段がある。以前、恩田町を歩いたときにはすみよし台の南端部を東側から通り抜けてここへ出た。階段を上って丘の上に出ると畑地があり、小径が丘の斜面を辿って南へ延びている。あのときはすぐに奈良川河畔へ降りてしまったのだが、今回はこの小径をそのまま歩いてゆこう。周囲には昔ながらの風景が残っている。道脇に迫る雑木林や竹林、丘の斜面に造られた畑、木立に囲まれるようにして立つ家々の風情を楽しみながら歩く。季節柄、道脇にはところどころに彼岸花が咲いている。

初秋の谷戸田
やがて丘の南端部へ至り、別の道が交わっている。昔から人々の往来のあった道なのだろう。道脇には道祖神などもある。前方は中恩田橋近くの平地に水田が横たわっている。そのまま丘の麓を辿る道に沿って左に折れ、東へ向かった。以前歩いたときにもここを通った。少し行けば雑木林の丘に抱かれるようにして横たわる谷戸がある。白山谷戸という名であるらしい。谷戸には田圃が広がり、昔ながらののどかな風景が広がっている。以前に歩いたときはちょうど田植えが終わった頃だった。今の谷戸田は稲が実り、初秋の日差しを浴びて黄金に輝いている。青い空と緑の丘とのコントラストがとても美しい。少し足を止めてゆっくりと谷戸田の風景を眺めた。

初秋の谷戸
以前歩いたときには谷戸田を眺めながら道路を北に辿り、すみよし台へと抜けたのだが、今回は谷戸の西側の丘を抜けて行こう。谷戸の道から丘の奧へ、畑地の傍らを小径が延びている。道脇には柿が実って初秋の日を浴びている。小径は緩やかな上り坂だ。畑地の風景を楽しみながら奧へと進むと、小さな切り通しを抜けて尾根を越え、さきほど歩いた丘の西側の道へと出た。そのまま脇道へと逸れ、奈良川河畔へと降りた。
彼岸花栗
薬師堂
奈良川河畔の県道139号線、「こどもの国通り」に出て少し歩くと、道脇に何やらお堂がある。地図を確かめると薬師堂であるようだ。境内にはムクロジの木が立っている。横浜市の名木古木に指定されている樹木らしい。立ち姿のなかなか美しい樹木だ。木の下には緑色の実がたくさん落ちていた。ムクロジは「無患子」と書く。落葉樹で、秋の黄葉もなかなか美しい。初夏に花が咲き、初秋にこうして実を落とす。実には黒い種が入っており、昔はそれを羽根つきの球に使ったのだそうだ。

薬師堂の西、道路と奈良川を挟んだ向こう側にはちょうど東急こどもの国線の恩田駅が見えている。県道を少し北へ行けば踏切と橋がある。今回の散策はこの辺りで終わりにして、恩田駅から帰路を辿ろう。
少し時期が早いだろうかと心配していたのだが、うまく彼岸花の咲く風景を楽しむことができたのは良かった。季節が変わると田圃や里山の表情も変わり、何度歩いても飽きることがない。新緑の頃や晩秋の頃にもまた歩いてみたい。
初秋の恩田町