横浜線沿線散歩街角散歩
横浜市港北区綱島西〜綱島台
綱島駅から早渕川
May 2011
綱島駅から早渕川
風薫る五月、横浜線から東急東横線へ乗り換え、綱島駅へ降りた。綱島駅から綱島公園や早渕川の河岸などを巡りながら歩いてみたいと思ったのだった。綱島駅の周辺は車で通り抜けたりすることはあっても時間をかけて歩いたことはなく、かねてから歩いてみたいと思っていた。先を急がず、のんびりと歩いてみよう。
綱島駅前
綱島駅を降り、駅の西口へと出る。駅前は繁華な商店街だ。「WEST AVE」という愛称があるようだ。線路に沿った狭い道路の両脇にさまざまな店舗が建ち並んでいる。当然のことながら飲食店も多い。道路は車両通行禁止というわけではないようだが、通り抜ける車もあまりなく、車道にも人の姿が溢れている。あまり人混みは好きではないが、こうした駅前の繁華街の、少し雑然とした賑わいというものも良いものだ。駅前の雑踏の賑わいを“町の風情”として楽しみながら歩く。

綱島公園前の坂道
駅前の道路を北へ辿ろう。地図を確認すると、このまま北へ向かえば綱島公園へと行けるようだ。駅前の商店街を外れると、道は少し曲がって登り坂になった。坂の途中に建つ商店の佇まいが素敵だ。坂を登り切った先はこんもりと木々の茂った丘になっている。その丘が綱島公園だ。綱島公園の手前、坂道脇には稲荷神社があった。小さな祠が鎮座している。真っ赤な鳥居の色が鮮やかだ。稲荷神社の脇から綱島公園の中へ、木々の間を散策路が延びている。道路は綱島公園の外周に沿うように左へ逸れてゆく。この入口から綱島公園へ入ってゆこう。

綱島公園
綱島公園は台地部分の東南端部分を公園として整備したものだ。稲荷神社脇にはひときわこんもりとした丘があるが、これは横浜市指定史跡にもなっている「綱島古墳」という古墳だそうだ。五世紀後半から末にかけて築造されたものらしい。古墳の傍らを過ぎて北へ進むとテニスコートなどがあり、その横を過ぎると遊具などを配した広場がある。この日もお母さんに連れられた小さな子どもたちの遊ぶ姿があった。広場には桜の木も多く、花見の名所として知られている。

綱島公園を北へ抜け出ると、丘の端になった地形で、木々の隙間から眼下に住宅地の広がる様子が見える。台地はここから西方へと尾根筋となって延びている。そちらへ向かう道の脇に「綱島市民の森」についての案内板が設置されている。「綱島市民の森」はこの尾根筋に残った民間地の山林を所有者と契約して整備し、一般に解放しているものだ。案内板には「綱島市民の森」のイラストマップも添えられている。「綱島市民の森」を歩こう。

綱島市民の森
綱島市民の森」には「ひのきの森広場」や「桃の里広場」といった広場が整備されているが、基本的には昔からの“里山”の姿がそのままに残され、鬱蒼とした雑木林や竹林に覆われている。中央部付近には「大北谷神社跡」という場所がある。かつて「大北谷神社」が建っていたらしいが、今はない。傍らの解説に“大北谷神社は飯田家の祖先飯田助太夫によって建てられた”という旨の記述がある。「綱島市民の森」の北側には「飯田家住宅」が残されているが、その「飯田家」だろう。そちらへ立ち寄ってゆこう。

飯田家住宅表門
「大北谷神社跡」から北へ石段を下り、かつての参道と思われる小径を抜けてゆくと、やがて丘の麓の住宅地へ抜け出た。「飯田家住宅」はそこから少し東に建っている。道の曲がり角に面して堂々とした表門が建っている。門の傍らに「飯田家住宅」についての解説板が設置されている。飯田家は代々名主を務めた旧北綱島村の旧家で、鶴見川の改修や農地の開墾などに尽力したという。解説板には往時の飯田家を描いた絵図が添えられており、名主を務めた旧家の暮らしぶりを偲ぶことができる。現在、1889年(明治22年)に建てられたという主屋と江戸時代後期に建てられた表門が残されており、双方とも横浜市指定有形文化財になっている。主屋も見学したいところだが非公開のようだ。静かに表門だけを見学してゆこう。

早渕川
「飯田家住宅」を見学した後は再び「綱島市民の森」に戻り、「桃の里広場」から西へと抜け出る。交通量の多い県道106号線を横切り、住宅街の中を西へ辿る。住宅街の中の路地の佇まいを楽しみながら歩いて行くと、やがて早渕川の河岸に出た。早渕川は鶴見川の支流だ。青葉区美しが丘の辺りが源流域で、そこから港北ニュータウンを貫くように南東に流れ、綱島西で鶴見川に合流する。この付近ではほぼ南北に真っ直ぐ流れている。早渕川の堤防道を下流側へ向かって歩いて行こう。堤防道は自転車と歩行者の専用で、のんびりとした散策が楽しめる。河岸だから周囲に視界が開けて爽快だ。

早渕川と鶴見川の合流点
やがて鶴見川との合流点だ。川の合流点というものの風景が好きだ。二本の別々の流れがここで一本になってさらに流れてゆく。その様子に何故か心惹かれる。合流点の付近は広々として開放感があるのもいい。その風景を楽しみながら歩こう。早渕川の河岸から鶴見川の河岸へ、堤防道は緩やかな弧を描いて続いてゆく。堤防道には行き交う人の姿も少なくない。自転車で颯爽と行き過ぎる人、のんびりと河岸の散策を楽しむ人、犬の散歩の人、さまざまな人の姿がある。

送電線の鉄塔群
早渕川との合流点から少し下流側にかけて、鶴見川の対岸に数多くの送電線の鉄塔が並んでいるのに気付く。鶴見川の対岸には大倉山から大曽根台にかけて丘陵地があるのだが、その丘の稜線の上に、何本もの送電線の鉄塔が並んでいる。さらに北へ目を向けても鉄塔が並び、次第に遠く小さく霞んで見える。木々が茂ってこんもりとした丘の稜線の上に聳え立つ鉄塔群、その風景は少し近未来的な幻想性を帯びていて、不思議に惹きつけられるものがある。こうした鉄塔の見せる風景の好きな人もいるものだが、そうした人たちの気持ちもわからないわけではない。そうした趣味の人にはお勧めの場所だ。

鶴見川河岸
鶴見川の河岸を下流側へと辿ろう。この辺りでは鶴見川はほぼ東西に流れている。下流側へと向かうと、つまり東へ向かうことになる。堤防道の下、河川敷の部分は広場として整備されており、川に向かって腰を降ろし、のんびりとくつろぐ人たちの姿が少なくない。歩いて行くと、やがて東急東横線と綱島街道が並んで鶴見川を越える。東急線の鉄橋の下、流木の枝が水面から出ているところにカワウの姿があった。初めは一羽のカワウがとまっていただけだったが、次第に集まってきて四羽に増えた。それぞれのカワウが互いに意識し合っているように見えるのがおもしろい。その上をときおり東急線の電車が走り過ぎてゆく。せっかくだから、鉄橋を渡ってゆく東急線の姿を写真に収めてゆこう。

パデュ通り
東急線の鉄橋の手前から堤防道を離れ、綱島駅方面へと向かう。数十メートルゆくと、「パデュ通り」という通りが東西に延びている。「パデュ」は「PART-DIEU」で、フランス、リヨンのPart-Dieuのことらしい。どうやら商店街を整備する際、リヨンのPart-Dieuをイメージしたということのようだ。「パデュ通り」は歩道が広くとられ、車道部分は敢えて緩やかなカーヴを描いている。街路樹も多く、街灯などの意匠も凝った造りだ。果たしてリヨンのPart-Dieuのイメージに近いかどうかはわからないが、潤いのある表情の商店街であることは確かだ。

「パデュ通り」の東端部分から北へ辿ればすぐに綱島駅だ。駅前のお店で一休みし、それから帰路を辿ることにしよう。
今回は綱島駅の西方、東急線と早渕川、鶴見川に囲まれた辺りを歩いてみた形になった。「綱島西」から「綱島台」にかけての町だ。綱島公園や綱島市民の森などを歩けたのが楽しく、飯田家住宅を見学できたのもよかった。次の機会には綱島駅を出発点に、鶴見川を下流側へ、あるいは早渕川を上流側へ辿って歩いてみるのも楽しそうだ。
綱島駅から早渕川