福島県下郷町に「塔のへつり」と呼ばれる観光名所がある。河川の浸食を受けた断崖が、その形状からその名で呼ばれるようになったもので、天然記念物に指定されている。残暑の九月上旬、「塔のへつり」を訪ねた。
塔のへつり
福島県下郷町の中央部、下郷町を貫いて流れる阿賀川に特異な形状の断崖が観られるところがある。「塔のへつり」の名で呼ばれ、観光名所として多くの観光客を集めている。
塔のへつり
塔のへつり
「へつり」とは聞き慣れない言葉だが、この地方の方言だそうだ。「河に迫る断崖」を意味するとも、「崖伝いの険しい路」のことであるとも、「崖伝いに歩くこと」であるとも、さまざまな記述を目にする。おそらく、そのすべての意味を含む言葉なのだろう。「へつり」は本来は「岪」(山冠に弗)と書くのだが、この文字が「JIS X 0208」規格に含まれない漢字であり、何より“難読漢字”であるために、通常はひらがなで表記されている。

「塔のへつり」とは、だから河岸の断崖が「塔」を思わせる形状で幾筋もそそり立った特異な景観から名付けられたものだ。「岩石、鉱物及び化石の産出状態」、「風化及び侵蝕に関する現象」が指定基準となって1943年(昭和18年)に国の天然記念物に指定されている。その景観を生んだ阿賀川は、この辺りでは大川とも呼ばれ、幾筋もの支流を集めて新潟へ流れ、阿賀野川と呼ばれるようになる、あの河川の本川、上流部である。
塔のへつり
塔のへつり
塔のへつり
阿賀川左岸を通る国道121号や、会津鉄道の塔のへつり駅から川の方向へと入り込んでゆけば、道はロータリー状になって行き止まりだ。ロータリーの周囲には飲食店や土産物店が建ち並び、いかにも観光地的な雰囲気を漂わせている。その一角から河岸へと小径が降りている。そこが「塔のへつり」へのエントランスだ。

崖に刻まれた小径を降りてゆけば、木立の向こうに次第に対岸の断崖が見えるようになる。塔のような円柱状の断崖が幾筋もそそり立つ景観には驚くばかりだ。それぞれの岩柱には「烏帽子岩」や「象塔岩」、「九輪塔岩」、「獅子塔岩」といったように名が付けられているようだ。この景観は百万年の歳月をかけて生み出されたものであるとの説明があるが、おそらく「百万年」という年数に格段の意味があるわけでなく、それだけ長い年月を要して生じた景観であるということだろう。
塔のへつり
塔のへつり
小径を降りた先には吊り橋が架けられ、対岸の断崖へと渡ってゆくことができる。吊り橋の上からの阿賀川の景観も美しく、その景色も楽しんでおきたい。ところで、この吊り橋、定員数が30名だそうだ。要するに「30名以上が同時に渡るな」ということだが、特に係員がいるわけでもない。利用者が互いに気をつけて譲り合って利用しなくてはならないということだろう。
塔のへつり
塔のへつり
塔のへつり
吊り橋を渡れば、「塔のへつり」の断崖に穿たれた遊歩道だ。遊歩道は断崖をくりぬいたような形状で設けられている。この遊歩道が設けられた断崖の窪みも、河川の浸食によって自然に生じたものであるとも、人工的に造られたものであるとも言われるが、自然の浸食のままと考えるには人工的な様相だし、すべて人工的に掘られたと考えるのも不自然な気がする。推測だが、自然の浸食によって生じた断崖途中の窪みを、さらに人の手によって掘り広げ、人が歩ける小径としたものではないか。観光地化する以前、河川に橋を架けることが容易ではなかった時代から、川上の集落と川下との集落との往来に用いられた小径なのではないだろうか。「河岸に切り立つ断崖に刻まれた小径を伝って歩く」から、「へつり」の意味とも合致するように思える。

断崖に刻まれた小径は、人が譲り合ってすれ違えるほどの幅で、川側には柵や手すりなどはなく、歩くのはなかなかスリリングだ。小径は、危険であるとの判断からか、途中までしか辿ることができないが、それでも充分に楽しく、観光地としての「塔のへつり」を実感できる体験だ。吊り橋の上部には虚空蔵菩薩が祀られており、その前からはさらに一段高い視点から景観を眺めることができる。
塔のへつり
塔のへつり
南会津地方の観光名所のひとつとして、昔からその名を知られる「塔のへつり」。評判に違わぬ特異な景観は、やはり一見の価値があると言っていい。対岸から観る景観は、まさに「神の造形」という形容を思い起こさせる。その断崖に穿たれた小径を歩くのも希有な体験だろう。南会津を訪ねたなら、必ず立ち寄っておきたい名所である。
参考情報
交通
塔のへつりへは会津鉄道「塔のへつり」駅が至近だ。駅から徒歩5分ほどだろう。

車で訪れる場合は東北自動車道白河ICや須賀川IC、磐越自動車道会津若松ICなどが近い。東北自動車道白河ICからは国道289号(甲子道路)を辿って下郷町に入り、国道121号を北上すればいい。白河ICから40kmほどだ。東北自動車道須賀川ICからは国道118号を西進して国道121号を南下する。須賀川ICから55kmほどだ。磐越自動車道会津若松ICからは会津若松市の市街地を抜け、国道118号から国道121号へと辿って南下、30kmを少し超える距離だ。国道121号に塔のへつりを指し示す標識があるので、それに従って東へ折れればいい。

塔のへつり周辺には土産物店などが経営する駐車場が点在しているので利用するといい。すべての駐車場を合わせれば100台分ほどの駐車スペースがあるように見えた。

飲食
塔のへつりの渓谷への入口周辺に何軒かの飲食店が建っている。

国道121号沿いにも飲食店が点在しているので、車で訪れた場合は塔のへつりを離れてから国道を走りながら道沿いに探してみてもいい。

周辺
車での移動が前提だが、塔のへつりから国道121号を北上、途中から県道329号へと逸れ、10kmほどで大内宿に着く。また白河市と下郷町とを結ぶ甲子道路は広く整備されて走りやすく、快適なドライヴが楽しめる。道の駅しもごうに立ち寄り、そこからの眺望も楽しんでおきたい。塔のへつりから国道121号を南下すれば南会津町、旧南会津郡役所まで十数キロの距離だ。

旧南会津郡役所は鉄道でも訪ねることが可能だ。会津鉄道の会津田島駅で下車すれば、徒歩10分ほどで着く。
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