東京都国立市南西部の多摩川に近い辺り、青柳崖線下に「ママ下湧水」と呼ばれる湧水がある。周囲には田畑も残り、長閑な農風景を見ることができる。風薫る五月の初め、「ママ下湧水」を訪ねた。
ママ下湧水
古い時代、多摩川の流れは武蔵野の台地を削り、幾筋もの河岸段丘を形成した。広く知られた「国分寺崖線」などはその河岸段丘の名残で、「立川崖線」や「青柳崖線」もそうしたもののひとつだ。青柳崖線は柴崎体育館北側で立川崖線から分岐する形で南へ逸れ、多摩川近くを辿って中央自動車道国立府中IC近くまで延びている。「青柳」の名は、崖線が通る国立市内の地域の名に由来する。こうした崖線は、その崖下に多くの湧水を生むが、青柳崖線でも例外ではなく、その中でもよく知られたものが、青柳崖線のほぼ中央部に位置する「ママ下湧水」である。
ママ下湧水
ママ下湧水
ママ下湧水
「ママ下湧水」は東京都国立市の南西部、多摩川にほど近い辺りにある。「ママ」とは「崖」を意味する古語であるらしい。同じく崖を意味する古語で「ハケ」という言葉があるが、この地域では「ママ」という言葉も残っているということなのだろう。「ママ下湧水」とは、だから「崖下の湧き水」という意味で、昔からこの辺りでは青柳崖線の崖下の湧き水を「ママ下湧水」と呼んでいたそうである。現在「ママ下湧水」として知られている湧水のある場所は「上(かみ)のママ下」と呼ばれていたそうで、昭和の初めまで、この湧水を利用してわさびも作られていたらしい。湧水の脇には「国立市四軒在家土地区画整理組合」の名で「上(かみ)のママ下」についての簡単な解説を記したパネルを設置した石碑があり、そうしたことが書かれている。

前述のパネルにも記されているが、「ママ下湧水」の周辺は「ママ下湧水公園」として自然環境が保全されている。「公園」とは言っても、湧水やその周辺の自然の保全が目的であるから、住宅街の中に設けられた街区公園などとは異なり、遊具や広場などは設けられていない。そもそも公園の範囲すら判然としないが、おそらく湧水と湧水から流れる小川、青柳崖線の斜面林などが公園として保全の対象になっているのだろう。周辺は住宅地が広がり、中央自動車道や甲州街道(都道256号)も近く、すぐ横には都道20号も抜けるところだが、そのような立地にこれほどの自然環境が残っているのは貴重なことだと思える。地元の人は今でも湧水で野菜を洗ったりするそうである。
清水川
矢川おんだし
矢川おんだし
「ママ下湧水」は鬱蒼と木々の茂った青柳崖線の崖下で今も豊富な地下水を湧出し続けている。湧水は清らかな小川となって崖下を東へ流れてゆく。この小川は「清水川」、あるいは「ママ下の川」と呼ばれているそうだ。小川には小径が沿っており、景観を楽しみつつ、のんびりと散策を楽しむことができる。「ママ下湧水」の前、小径の南側には湿地があるが、これも湧水を集めたものか。小川はやがて都道20号の下をくぐってゆくが、その辺りは「親水公園」的に整備がなされており、水遊びを楽しむ子どもたちの姿がある。

都道20号の東側では小川の南側に畑地があり、長閑な農風景を見せる。畑地と小川の間を辿ってゆくと、北側から流れ出てきた矢川に行く手を遮られる。清水川は矢川と共に畑地を貫くように南へ流れ、府中用水の支流である谷保分水に合流する。この辺りが「矢川おんだし」と呼ばれるところだ。「おんだし」とは「押し出し」の意味だ。「矢川おんだし」で矢川の流れは谷保分水にほぼ直角に合流しており、青柳崖線の緑を背景にした景観はなかなか特徴的で美しい。
谷保分水
谷保分水
谷保分水
府中用水は農繁期のみ多摩川から取水し、農閑期になると取水口が閉じられる。今回訪れたのは五月の初め、「矢川おんだし」の上流部の谷保分水がほどんど流れていないように見えるのはまだ取水が始まっていないからなのだろう。しかし「矢川おんだし」の下流側では清水川と矢川からの流れを集めて清らかな水が流れてゆく。

谷保分水は曲がりながら流れてゆき、やがて青柳崖線下に沿う。しばらく行くと南側に水門が設けられており、南へと水路が分かれている。この水路は「あきすい堀」というらしい。谷保分水はそのまま真っ直ぐに流れ、中央自動車道が近くなると目の前にヤクルト本社中央研究所の建物が迫る。谷保分水はその南側に沿って流れ、その先で一部暗渠になっているようだ。ここまで来れば城山公園も近い。さらに足を延ばして中央自動車道国立府中IC北側に広がる田園風景へと辿ってみるのも楽しい。
参考情報
交通
ママ下湧水や矢川おんだし付近まで、JR南武線矢川駅から1kmほど、徒歩で15分ほどで着く。矢川駅から南へ下って甲州街道へ出て、甲州街道を西へ、「矢川三丁目」交差点から都道20号を南下すればわかりやすい。

ママ下湧水公園には来訪者用の駐車場は用意されておらず、近辺に民間駐車場もない。車での来訪はお勧めしない。

飲食
ママ下湧水公園は一般の公園とは違って広場やベンチなどの施設は無い。お弁当持参でも食べる場所に困ってしまうかもしれない。また、付近には飲食店もない。食事は場所を変えて楽しむのが良さそうだ。

周辺
府中用水に沿うように東へ辿れば谷保の城山や城山公園などへ1kmほど、足を延ばしてみるのがお勧めだ。城山公園からさらに1kmほど東へ行けば谷保天満宮だ。谷保天満宮まで行けばJR南武線谷保駅が近い。

ママ下湧水から青柳崖線の端部を辿って西へ辿れば、これも1kmほどで根川緑道の東端部へ着く。根川緑道は春の桜が見事なところだが、初夏から夏にかけては緑陰の中のせせらぎが涼しげだ。根側緑道を西へ辿って青柳崖線の西端部の風景を見てみるのも一興だろう。

矢川駅から西へ辿って矢川緑地を訪ねるのもお勧めだ。矢川駅から矢川緑地を経て、矢川に沿って散策しつつママ下湧水を目指すのも良いコースだろう。
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