東京都国立市の南部に「谷保の城山」と呼ばれる史跡がある。中世の城館跡であるらしい。一帯は「歴史環境保全地域」に指定され、武蔵野の雑木林が残されている。風薫る五月、「谷保の城山」を訪ねた。
谷保の城山
東京都国立市の南部、甲州街道(都道256号)の「国立市役所入口」交差点から南へ入り込んだ辺りに、こんもりと木々の茂ったところがある。「谷保の城山(やほのじょうやま)」と呼ばれる史跡で、中世の城館跡であるらしい。土塁に囲まれた二つの郭(くるわ)と自然の地形を活かした空堀が残っているそうだ。「谷保の城山」の南側には小さな崖線が東西に延びている。いわゆる「青柳崖線」で、「谷保の城山」は青柳崖線の段丘端部に位置している。
谷保の城山
谷保の城山
谷保の城山
「谷保の城山」は「三田氏館跡」として東京都指定史跡になっている。 国立市教育委員会によって1985年(昭和60年)に設置された解説によれば、城郭は中世の「方形的居館様式」の変形で、「複郭式館城」の特徴を残しているものだそうだ。江戸時代からその存在はよく知られており、「江戸名所図会」には「土人(“その土地の者”の意)三郎殿屋敷跡」、「新編武蔵風土記稿」には「津戸三郎住居ノ跡」との記述があり、1924年(大正13年)の谷保郷土史では城主を三田県主貞盛としているという。東京都教育委員会によって2012年(平成24年)に設置された解説によれば、従来から「三田城」、あるいは「三田氏館」と呼ばれてきたことから、中世の三田氏との関係が推測されてきたものの、発掘調査などは行われておらず、詳細はよくわかっていないという。

「谷保の城山」一帯は「歴史環境保全地域」に指定されており、武蔵野の自然環境をよく残している。城山中心部は個人宅の敷地であるために立ち入りができないが、周辺部は散策を楽しむことができる。鬱蒼と木々の茂った雑木林や木々に包まれた神明社の佇まいなどに武蔵野の原風景を探しながら、かつてこの地に居館を構えて土地を治めた城主のことに思いを馳せるのも一興だろう。
城山公園
城山公園
「谷保の城山」の南側、青柳崖線の段丘下には東西に細長く城山公園という公園が設けられている。小さな公園だが、青柳崖線に沿った地形を活かして緑濃く、穏やかな時間を過ごすことのできる公園だと言っていい。園内には池や小川があり、池を見下ろすように「水辺のデッキ」が設けられている。「水辺のデッキ」には四阿風のパーゴラがあり、ベンチも設置されている。木漏れ日の中、ベンチに腰を下ろして野鳥の声に耳を澄ますのも素敵なひとときだ。
旧柳澤住宅
旧柳澤住宅
旧柳澤住宅
旧柳澤住宅
旧柳澤住宅
城山公園の南西側には公園の一部であるかのように「旧柳澤住宅」という古民家が隣接している。1991年(平成3年)に国立市教育委員会によって設置された解説によれば、この古民家は青柳(旧青柳村)にあった農家を移築、復元したものという。国立市指定文化財である。1985年(昭和60年)に旧所有者の柳澤氏から国立市に寄贈され、同年のうちに解体、1990年(平成2年)から1991年(平成3年)にかけて移築復元工事が行われたそうだ。建築年代を特定する史料などは無かったものの、解体調査の結果、江戸時代後期に建てられたものと推定されるという。改築された跡もあったが、建築当初の間取りに復元してあるとのことだ。柳澤家は屋号を「たくあん屋」といい、明治期から昭和初期にかけて養蚕と共に漬物業を営んでいたそうである。

「旧柳澤住宅」は丁寧な復元整備がなされている印象で、調度品や農具などもそのまま展示されている。建物の周囲も往時の農家の庭先を彷彿とさせる姿に整備され、井戸も復元されている。立木の剪定にも気が配られており、建物の背後に竹が茂っている様子もいい。江戸時代末期の農家の暮らしぶりを思い浮かべながら見学していると時を経つのを忘れる。ひととき百年以上も前の武蔵野の農家の暮らしに心を遊ばせるのも楽しい。
城山さとのいえ
城山さとのいえ
城山さとのいえ
城山公園の南側、「旧柳澤住宅」の東側に隣接して「城山さとのいえ」という施設がある。2015年(平成27年)3月にオープンした農業体験学習施設で、「国立市農業・農地を活かしたまちづくり事業」の一環として造られたものという。

国立市というと一般には学園都市というイメージが強いと思うが、南部には農地も多く、自然の多く残る土地柄である。その国立市の農業、農地の保全、農業振興のための情報発信、あるいは地域のコミュニティーの場としての役割を「城山さとのいえ」が担っているということのようだ。建物は厨房や展示スペースを備える他、土間を広くとり、農作業に適した造りになっている。農業体験などのさまざまイベントが開催される他、有料で一般団体への貸し出しも行われるそうだが、イベントや団体利用のない時には休憩所としても利用可能だ。

今回訪れた五月はじめ、建物横に設けら得た広場にはシロツメクサが可憐な花を咲かせ、空には鯉のぼりが泳いでいた。
谷保の城山
谷保の城山
「谷保の城山歴史環境保全地域」から城山公園、「旧柳澤住宅」、「城山さとのいえ」と、厳密にはそれぞれ独立した施設のようだが、それらは互いに隣接し、全体がまとまって一つのエリアとして機能していると言っていい。

中世の城館跡である「谷保の城山」、青柳崖線を活かした造りの城山公園、江戸時代の農家を復元した「旧柳澤住宅」、そして現在の国立市の農業振興の拠点としての「城山さとのいえ」、古い時代から現在まで、土地の暮らしや“農風景”というものをキーワードにひとつのイメージに集約することができるだろう。周辺には畑地も多く残っている。武蔵野の原風景から現在の国立の農風景まで、その姿の一端に触れることのできるところだと言っていい。陽気の良い季節に散策に訪れるのがお勧めだ。
参考情報
「谷保の城山」の中には個人宅が建っている。見学の際には迷惑にならないよう、充分に注意されたい。

「旧柳澤住宅」と「城山さとのいえ」は、それぞれ開館時間、休館日等が定められている。詳細は国立市公式サイトなどを参照されたい。

交通
谷保の城山へはJR南武線矢川駅、あるいはJR南武線谷保駅から、どちらも1km強、徒歩で20分ほどか。駅からいったん甲州街道(都道256号)へ出て、矢川駅からは甲州街道を東進、谷保駅からは西進、「国立1小前」歩道橋下の道を南へ辿るのがわかりやすい。

国立市古民家(旧柳沢家住宅)には来訪者用の駐車場が用意されているが、駐車スペースは数台分、あくまで古民家への来訪者用駐車場だ。車で来る場合は矢川駅や谷保駅の周辺に点在する民間駐車場に車を置き、そこから歩いてくることをお勧めする。

飲食
谷保の城山周辺には飲食店はない。飲食店を探す場合は駅周辺へ戻った方がいい。お弁当持参であれば、城山公園のベンチなどを利用してアウトドアランチを楽しむことも可能だ。

周辺
谷保駅の南側には谷保天満宮がある。谷保駅を拠点に、谷保の城山と谷保天満宮との両方を訪ねるのがお勧めだ。

谷保の城山から西へ1kmほどでママ下湧水と呼ばれる湧水がある。散策の足を延ばし、府中用水や「矢川おんだし」などと併せて訪ねてみるのもいい。
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