海岸に沿って南下してきた日南線は、
伊比井駅を過ぎると海岸を離れる。小さなトンネルを抜けると富土川に沿って走り、沿線の山々がますます深くなると、線路は長いトンネルへ入ってゆく。谷之城トンネルという。谷之城トンネルを抜け出ると広渡川を渡って北郷駅に着く。谷之城山の懐を真っ直ぐに貫く谷之城トンネルは三キロを越える長さで、トンネルの多い日南線の中にあっても群を抜いて長い。1963年(昭和38年)の日南線全線開通は、乱暴に簡単に言ってしまえば、
志布志から北郷までを結んでいた志布志線と南宮崎から内海を結んでいた宮崎軽便鉄道(後に宮崎交通の経営に移行)とを繋ぐ作業だったわけだが、この谷之城トンネルの開通こそが要だった。かなりの難工事であったという。
北郷駅はかつては小さな駅舎だったのだが、1990年代になって建て替えられ、山小屋風の洒落た意匠の駅舎になった。名産である「飫肥杉」を使って建てられたものという。駅舎はなかなか大きなものだが、無人駅で、建物は乗客のための待合所と自転車置き場などに使われている。ホームは島式で、交換可能駅となっているが、駅の規模自体はそれほど大きなものではない。駅前には駐車スペースが用意され、駐車台数にも比較的余裕があるが、あまり停まっている車はない。のどかなものだ。
駅の東側には広渡川河畔の水田地帯が広がっている。西の山間部から流れてきた広渡川が大きく蛇行して南へ向かうところの、内側に生じた平地部に当たっており、山々に囲まれたのどかな風景を見せている。このあたりは字名を「郷之原」という。「ごうのはら」と言うのが正しいと思うのだが、地元では短く縮めて「ごんはる」などと呼んだりもする。線路の東側には、広渡川に沿うように県道28号(日南高岡線)が走り、南は日南市街方面と、北は田野を抜けて高岡方面へと繋いでいる。県道28号を北へ辿ると、やがて県道33号(北郷都城線)が逸れ、西へ峠を越えて都城市へ辿っている。駅の周辺には店舗などが並び、駅のすぐ東にはかつて北郷町役場が置かれていた。北郷町役場跡には2023年(令和5年)10月1日、「道の駅きたごう」がオープンした。駅の西側は丘陵地で、駅周辺から丘へと道路が上っている。駅周辺から駅西側の丘の上にかけてのあたりが北郷の中心と言っていい。県道28号を少しばかり北へ辿ると、県道34号が逸れる手前に蜂之巣公園があり、地元の行楽地として知られているが、駅から徒歩では少々距離があるかもしれない。
北郷駅から南へ、日南線は県道430号(郷之原日南線)とぴったりと寄り添いながら広渡川の右岸を下り、やがて
内之田駅に到着する。この区間、線路脇の木々の向こうに間近に広渡川の流れを見るところがある。山肌と川との間に強引に線路と道路を通したような狭いところを、日南線の車両が木々に囲まれながらのんびりと抜けてゆく。車窓からの眺めもなかなか楽しい区間だ。