海岸に沿って南下してきた日南線は、小内海の駅を過ぎるといったん海岸を離れ、鶯巣トンネルを抜けると日南市だ。再び窓外に海が見えるようになると、すぐに伊比井(いびい)の駅に到着する。伊比井は南北を岬に挟まれた入江を成し、砂浜と伊比井川に挟まれるようにして小さな集落がある。
日南線の線路は砂浜と集落とを東に見ながら山裾を辿っている。駅は山裾の斜面の立地で、線路に沿った国道220号から石段を上がったところに駅舎が設けられている。駅下には伊比井のバス停があり、国道沿いには店舗もあるが、「駅前」としての佇まいはそれがすべてと言ってもいい。駅を利用する人はほとんどが地元の人たちだ。駅舎は小さなもので、もちろん無人駅だ。駅舎の周囲には蘇鉄が植栽され、南国の駅らしい風情を漂わせている。駅舎の奧に島式のホームがあり、ホームに立てば緑濃い風景と伊比井の入江が周囲に広がる。
伊比井は観光名所として知られるところではなく、美しい浜辺も海水浴場ではないが、近年では波乗りのポイントとして知られるようになり、波を待つサーファーの姿を見ることも多くなった。ホームには「名所案内」として「サボテン園」と「鵜戸神宮」、「富土海水浴場」の名があるが、鵜戸神宮へはバスで25分、富土海水浴場へはバスで5分を要する旨が記されている。「サボテン園」は営業不振と台風による被害のため、2005年3月31日をもって事実上閉園した。昔のままに「サボテン園」を記した案内板が、少し哀しげな風情だ。