八王子市みなみ野〜片倉町
兵衛川
Visited in July 2012
七月初旬、夏らしい天気になった日、横浜線八王子みなみ野駅に降りた。線路に沿うように流れる兵衛川の河岸を、片倉駅付近まで歩こうと思ったのだ。横浜線の車窓からもよく見え、車で通りかかることも多いところだが、ゆっくりと歩いたことはなかった。短い距離だが、寄り道をしながらゆっくりと歩いてみたい。
駅が開業したばかりの頃は周辺にはほとんど何も無く、殺風景な造成地が広がるばかりだった。あれから15年が経過し(2012年7月現在)、「八王子みなみ野シティ」は美しい住宅街の姿になり、駅周辺にもさまざまな商業施設が建ち並んだ。「八王子みなみ野シティ」の開発が始まる以前の、長閑な里山の風景が広がっていた頃を知る立場としては、その変貌ぶりには感慨深いものがある。
駅から東へ辿れば数十メートルで兵衛川だ。「兵衛みなみ野橋」という橋が架かっている。兵衛川は今では護岸工事が施され、真っ直ぐな流れになり、両岸に道路が通り、その両脇に住宅街が広がる。昔は鬱蒼と木々の茂る山々を縫って流れ、その河岸に車一台がようやく通れるような細道が辿っていた。八王子市の中心部からそれほど遠くないところにこのような風景が残っているのが信じられないようなところだった。その頃の面影はほとんど残っていない。
兵衛みなみ野橋から少しゆくと「みなみ野大橋」の下をくぐる。みなみ野大橋は兵衛川と横浜線を一跨ぎにしてみなみ野と国道16号、さらに片倉台の町とを繋いでいる。真下から見上げるみなみ野大橋は巨大な構造物としての畏怖するような存在感がある。
みなみ野大橋の下で兵衛川に架かる橋が南只沼橋、橋の下流側の袂には川面まで下りて行けるようにスロープが設けられている。“親水広場”のような役割が与えられているのだろう。そこの入口脇のフェンスには「マムシにちゅうい」との注意書きがあった。
さらに100メートルほど歩くと北只沼橋だ。只沼(ただぬま)はこの辺りの古い地名だ。今は直線的な流路を描く兵衛川だが、昔は只沼の辺りで大きく蛇行していた。その河畔に湿地の広がるところだったのだろうか。そこから只沼という地名が生まれたのかもしれない。
北只沼橋の下流側、兵衛川が少し広くなったところがある。広くなった流路の中には河原もある。河原には草が生い茂り、訪れたときにはちょうど草刈りの作業中だった。
上台橋という橋も、横浜線をくぐる道も、みなみ野シティ造成に伴う区画整理以前から存在していたようだ。上台橋は今より少し下流側に架かっていたらしい。今の上台橋はもちろん新しく架けられたものだが、その名が受け継がれているのだろう。
兵衛川の河岸を少し離れて、由井二小の南側へ回り込んでみよう。丘裾を辿る道の佇まいに、ほんの少しだけ昔日の面影も感じられる。奥へ入り込むと畑地が広がっていたりもする。住宅の間を抜ける道は細く曲がっており、それが昔からの道であることを窺わせる。由井二小の門前から国道16号へと繋ぐ短い道路の脇にお地蔵様が佇んでおられる。国道16号に近いところに立っておられるので車で走りながらその姿に気付く人もいるかもしれない。お地蔵様の前には花が供えられていた。地元の方々が世話をしておられるのだろう。
由井二小の東側外周部を辿る道を進んで兵衛川河岸に戻ろう。富士台橋の次の橋である日向橋が架かっている。「日向」もまたこの辺りの古い地名だ。上流側では兵衛川の河畔は山々に囲まれた谷戸の地形だったが、この辺りでは少し周囲が開け、従って日当たりが良くなる。だから「日向」だったのだろう。
国道16号の西側、横浜線の向こうには木々の茂った丘が見える。丘は片倉城趾で、今は片倉城跡公園という公園になっている。四季折々の花々が楽しめる公園だ。今回は片倉城跡公園に立ち寄らず、国道16号を横断することにしよう。国道16号にはひっきりなしに車が行き交っている。横断するには兵衛橋の数十メートル北に設けられた交差点で信号が変わるのを待たなくてはならない。その交差点のすぐ北側で横浜線の線路が国道16号を跨いでいる。当然のことながら昔は踏切で、その踏切が原因で国道16号は常に渋滞していたものだった。
兵衛川の左岸を歩いてゆくと、やがて兵衛川は緩やかに左(北)へ向かって曲がってゆく。左岸側には集合住宅の建物が建っているが、右岸側の河岸は緑の木々が茂った丘になっている。この丘は東側に広がる丘陵地の端部で、その斜面を利用して藤谷戸公園という公園が設けられている。小さな公園だが、兵衛川の河畔を見下ろす景観が楽しめる。
横浜線をくぐってさらに北へ進むと、河岸の住宅地の中にレンガ造りに銅葺き屋根、ドームを頂く塔屋のある建物がある。片倉記念館という名で、地域の人たちの交流の場として使われる、公民館であるらしい。
川久保橋から兵衛川右岸を150メートルほど辿れば湯殿川に架かる東橋だ。東橋の中ほどから西をみれば湯殿川と兵衛川の合流点がよく見える。湯殿川の河岸には数本の桜が植えられており、春には美しい景観を見せてくれる。今は緑濃く葉を茂らせ、夏の初めの日射しを浴びている。
湯殿川との合流点を見たところで、今回の兵衛川散歩の終点にしよう。片倉駅に向かい、帰路を辿ることにしたい。
「八王子みなみ野シティ」の開発が始まる前の兵衛川の姿を、実はよく憶えていない。兵衛川に沿った細道を通ったことも数えるほどしかない。現在の姿からは想像もできないような山深い風景だったことだけが印象に残っている。今は兵衛川も河畔も整然とした姿になり、昔日の面影を探すことは不可能に近い。土地の変遷というものを実感した散策だった。