横浜線沿線散歩街角散歩
相模原市緑区橋本〜町田市小山町
橋本駅から久保ヶ谷戸
June 2012
橋本駅から久保ヶ谷戸
梅雨の晴れ間の六月末、橋本駅を降りた。橋本駅から北へ、橋本五丁目から六丁目の街を歩いてみようと思ったのだった。橋本の街は買い物などに訪れることはあっても駅周辺を歩いたことはあまりない。時にはのんびりと歩いてみよう。
橋本駅北口
橋本駅はJR線の駅と京王相模原線の駅が隣り合って建っている。北側にJR線の駅、南側に京王相模原線の駅がある。今回はJR線側、すなわち北口へと出よう。

橋本駅の北口はバス路線の発着所やタクシー乗り場として使われるロータリーとなっており、その上にペデストリアンデッキが設けられて周辺の商業ビルとを繋いでいる。駅の改札を抜けて北へ出ると、そこはペデストリアンデッキの上だ。周辺には高層マンションが林立し、なかなか都会的な景観を見せている。ペデストリアンデッキから延びる通路を西へ向かってみよう。

橋本6丁目
ペデストリアンデッキから延びる通路の端まで進んで地上に降りる。この辺りは、橋本6丁目、昔は少々雑然とした町だったのだが、再開発が成されて洗練された印象の街並みとなり、周辺には高層マンションなども建っている。

さらに西へ進むと「橋本仲町」交差点、この交差点を右へ、北へ折れる。交差点から50メートルほど進むと神明大神宮の参道が西へ延びている。お参りして散策の無事を祈願してゆくことにしよう。
橋本神明大神宮

橋本神明大神宮

橋本神明大神宮
橋本神明大神宮は天照皇大神を祀る神社だ。境内に設置された御由緒によれば、1569年(永禄12年)の創立と伝えられているらしいが、天保年間(1830〜1844年)の大火で神社に関する諸記録が焼失し、詳しいことはわからないという。古来、この境内地は「御伊勢ノ森」と呼ばれていたらしく、古い時代から神を祀っていたのだろうという。

「御伊勢ノ森」の面影を伝えるように、境内は今も木々が茂っている。樹齢300年超という御神木の夫婦榧も目を引く。社殿はそれほど壮麗なものではないが、古社らしい風格を漂わせている。おそらくかつては鬱蒼とした森を背負っていたのではないかと思うのだが、今では社殿の背後には国道16号が通っている。そのため、少々静謐さに乏しいのが残念なところではある。

神明大神宮の境内には大鷲神社と橋本天満宮も祀られている。大鷲神社は天日鷲命を祀り、橋本天満宮は菅原道真公を祀っている。天日鷲命はいわゆる「お酉様」で、商売繁盛の神として信仰されている。天満宮に祀られる菅原道真公は学問の神として広く人々に崇敬されている。大鷲神社と橋本天満宮にも手を合わせてゆこう。

境内地には広場があり、地元の人たちの憩いの場として利用されているようだ。ゲートボール場としても使われるらしい。見ていると、駅への行き来だろうか、広場を通り抜けてゆく人の姿も少なくない。広場を取り巻く木々には桜も少なくないようだ。春には美しい景観を見せてくれるのだろう。
橋本神明大神宮
「香福寺前」交差点
神明大神宮への参拝を済ませ、橋本6丁目の住宅街を北へ抜け出ると大きな交差点に出た。国道16号と県道505号の交差する「香福寺前」交差点だ。「香福寺前」交差点のすぐ西側には国道16号の八王子バイパスと県道505号が交差する「元橋本」交差点があり、そのすぐ南でバイパスと現道とが合流する。

「香福寺前」交差点の南側で国道16号に歩道橋が架かっている。歩道橋の上からの景観を見てみよう。北方に目を向けると、国道16号が延びてゆく先には丘陵地が横たわっている。町田市と八王子市の市境辺りの丘陵地で、ここからはずいぶんと緑濃い丘に見える。

橋本5丁目
歩道橋を下り、「香福寺前」交差点から県道505号を東へ進むと、交差点の名にもなっている香福寺が県道の北側に建っている。その東側に北へ辿る道があった。その道を進もう。県道の北側は橋本5丁目だ。

道は住宅が建ち並ぶ中を真っ直ぐに抜けてゆくが、少しゆくと道の様相が変わった。道が少し狭くなり、道脇には生け垣を施している家が多くなった。昔ながらの景観を残しているのかもしれない。やはり緑のある景観というのはよいものだ。

境川河岸
その細道をさらに北へ辿ると見覚えのあるところに出た。かつて境川の河岸に沿って歩いたときに立ち寄ったところだった。すでに境川の河岸まで来たようだ。

境川には横町橋という橋が架かっており、橋の袂には小さな稲荷社がある。その稲荷社の脇には楓の木が枝を広げている。以前に訪れたときはこの楓がそろそろ紅葉に染まろうかという季節だった。今は六月、楓は青々と葉を茂らせて社を覆っている。この楓が鮮やかな紅葉に染まった景観も見てみたいものだ。

境川
この辺りでは境川は大きく蛇行している。昔ながらの境川の景観を残すところだ。蛇行する川というのは水害などの点で弊害も多いが、無責任を承知で言わせてもらうなら、このような蛇行する川の景観というものが好きだ。蛇行によって生じる淵や瀬、河原、河岸の木々などが織りなす景観が好きなのだ。この辺りの境川もやがて改良工事が行われて蛇行が姿を消すときが来るのだろうか。今のうちのこの景観を記憶に刻んでおこう。
境川の左岸の道を東へ辿ろう。境川はその名の通り、武蔵と相模との境、現在では東京都と神奈川県との都県境、川の左岸は東京都町田市だ。

境川
この辺りは一度歩いたことのあるところだが、やはり河岸の散策は楽しい。木々の茂る河岸の景観を眺めたり、川の中に群れる鯉を覗き込んだり、あるいは河岸の畑の風景に目をやったりしながら、のんびりと歩く。途中、河原へと降りてゆくことができるように整備されているところもあり、河原に下りてゆくのも楽しい。時節柄、河岸のところどころで紫陽花が咲いている。紫陽花の他にもさまざまな花が河岸に咲いている。近くの人が植えたものかもしれない。

小山町三ッ目広場
河岸の道を数百メートル東へ進むと「久保ヶ谷戸通り」、寿橋という橋が境川を跨いでいる。この橋の袂に「小山町三ッ目広場」という町田市立の小公園がある。境川の左岸、すなわち町田市側の橋の両脇に広場を設けてある。西側の広場は河原近くへ下りて行けるように造られており、“親水広場”といった趣もある。「三ッ目広場」とはおもしろい名だが、北東側の丘の上にも「三ッ目山公園」という公園があるから、「三ッ目」というのは古来の地名なのだろう。
「久保ヶ谷戸通り」は橋本駅北口から北へ延び、ここで境川を越え、そのすぐ北側で町田街道と交差し、さらに北へ向かって丘陵地の小山ヶ丘へと至っている。以前、境川河岸を歩いたときにはここからさらに河岸を辿ったが、今回は「久保ヶ谷戸通り」を北へ向かってみたい。

丘上からの眺望
町田街道との「久保ヶ谷戸」交差点の北側、すぐにトンネルがある。「久保ヶ谷戸トンネル」という名で、2000年(平成12年)に開通したものだ。トンネルの西側の斜面はちょうど宅地造成の最中のようだが、トンネルの脇に丘上に上がる階段があった。これを登ってゆこう。造成中の斜面に上に出てから振り返ってみると、なかなか素晴らしい眺望が広がった。眼下には境川河畔の町並みが広がり、その向こうには橋本駅周辺に林立する高層マンションのシルエットが見える。その向こう、遠くに見える山並みの稜線は丹沢の山々だろうか。ほんの少し高みに上っただけなのだが、視点が高くなって見晴らしが良くなることに少し感動を覚える。

三ッ目山西公園
「久保ヶ谷戸トンネル」の上側に出てみると、そこには公園があった。「三ッ目山西公園」という町田市立の公園だ。広場の中に遊具を設置した小公園だが、何しろ南への眺望が素晴らしい。「三ッ目山西公園」の東側には雨水調整池が隣接している。雨水調整池というものは、基本的に河岸の低地や窪地に設けられるものだと思っていたのだが、丘の上のこのような立地に設けられていることに興味を覚える。素人にはよくわからないが、さまざまな治水の方法や技術があるのだろう。雨水調整池の東側、すなわち「久保ヶ谷戸トンネル」の真上は緑地帯になっている。「久保ヶ谷戸緑地」という緑地であるようだ。以前から「久保ヶ谷戸トンネル」の上には何があるのだろうと興味を覚えていたのだが、何か特別なものがあるというわけではないようだ。

丘上の住宅街遠景
「三ッ目山西公園」の北側には美しい住宅街が広がっている。もちろん昔は木々の茂る丘だったところを宅地として開発し、人工的に造られた住宅街だが、だからこその整然とした美しさがある。その住宅街を横目に眺めながら北へ辿ると、「久保ヶ谷戸トンネル」の北側の上に出る。トンネルを抜けて北の丘へ上ってきた「久保ヶ谷戸通り」と住宅街へのアプローチの道路との間も「久保ヶ谷戸緑地」の一部のようだ。舗道が設けられて小公園のように整備されている。舗道脇には紫陽花が植栽されており、今がちょうど花の季節、緑地に彩りを添えてくれている。
「久保ヶ谷戸通り」へと下りて北へ進む。西側には大きな商業施設が建っている。すぐに「多摩境通り」との交差点だ。交差点には「小山ヶ丘小学校西」という名標が付けられている。交差点から「多摩境通り」を東へ300メートルほど行ったところに小山ヶ丘小学校があるのだ。その小山ヶ丘小学校の西側に「三ッ目山公園」がある。「小山ヶ丘小学校西」から「久保ヶ谷戸通り」をさらに北へ辿れば市境を越えて八王子市となり、多摩美術大学の横手へ至る。そちらへも散策の足を延ばしてみたいが、それはまた次の機会ということにして、今回はそろそろ橋本駅へ向かうことにしよう。

三ッ目山公園
「多摩境通り」を少し東へ辿り、「三ッ目山公園」の中を抜けてゆこう。三ッ目山公園は小山ヶ丘小学校の西側と南側を囲むように広がっている。端正に造られた公園の景観は多摩境通りからもよく見えるが、南側には雑木林の山林部を含み、なかなか規模が大きい。園内には「久保ヶ谷戸横穴墓」という史跡のレプリカも展示されている。ゆっくりと園内を巡ってみたいが、これもまた次の機会にしよう。雑木林の脇を小径が辿っている。これを下りてゆけば公園の外へ抜け出るようだ。小径脇ではホタルブクロが咲いていた。

公園を抜け出ると谷戸となった地形に住宅が並んでいる。今は住宅地だが、古い時代には農地だったのだろうか。この谷戸が「久保ヶ谷戸」なのだろうか。

小山宮の下公園
住宅街の中の道を少し南へ行くと小さな公園があった。「小山宮の下公園」という町田市立の、面積は740uほどの小公園だ。東側の丘上に山王山日枝神社という神社があるから、そこから「宮の下」の名があるのだろう。公園には広場があり、小さな子どものための遊具がわずかに設置され、藤棚が設けてある。周囲を取り囲む植え込みでは紫陽花が咲いていた。

「小山宮の下公園」を後にして、さらに南へ進もう。住宅地の中の道を進むと町田街道に出た。「久保ヶ谷戸」交差点のすぐ東側だ。町田街道を「久保ヶ谷戸」交差点まで戻り、そろそろ橋本駅へ向かって帰路を辿ろう。
橋本駅を出発したときには橋本5丁目から6丁目にかけての町を歩こうと思っていたのだが、気の向くままに境川を越えて町田市側まで足を延ばし、以前から興味を覚えていた「久保ヶ谷戸」トンネルの周辺も歩いた。トンネルの上には特筆するほどのものは無かったが、そこからの景観はなかなか素晴らしかった。今回も楽しい散策だった。
橋本駅から久保ヶ谷戸

橋本駅から久保ヶ谷戸