横浜線沿線散歩街角散歩
横浜市都筑区早渕〜勝田町〜茅ヶ崎中央
早渕川
(新北川橋〜センター橋)
October 2013
早渕川(新北川橋〜センター橋)
良く晴れた秋の日、早渕川の河岸を歩いた。港北区と都筑区との区境に近い新北川橋の辺りから西へ、上流側へと向かい、横浜市営地下鉄のブルーラインとグリーンラインが並んで早渕川を跨ぐセンター橋までを歩いてみたい。
横浜市営地下鉄グリーンラインの東山田駅を出て、南へ150メートルほど辿れば早渕川の河岸だ。すぐ東側には新北川橋が早渕川を跨ぎ、片側二車線の道路を通している。交通量も多い。その東側では高架となった第三京浜が早渕川を跨いでいる。早渕川の河岸を西へ辿ってゆこう。

新北川橋から400メートルほど上流側の左岸に、小さな公園がある。「早渕かなりあ公園」という。小さな公園だが、小高い丘を成しており、丘の上からの眺望が楽しい。公園脇から南へ「せきれいのみち」という緑道が延びている。

待橋
早渕かなりあ公園の横に架かる橋は「待橋(まつはし)」、傍らに名の由来を記したパネルが設置されている。松を使って造られた橋であったため、以前は「松橋」と呼ばれていたそうだが、1975年(昭和50年)に河川改修工事に伴ってコンクリート製の現在の橋に架け替えられたため、「松橋」では相応しくないということで、「恋人が来るのをこの橋の上で待つ」という唄が吉田に伝わっていたことから、同音の「待」の字を充てて「待橋」と名付けたそうだ。待橋の少し東側には「待下橋」という細い橋が架かっているが、「待橋」の下(しも)に架かる橋という意味だろう。

早渕川河岸の畑地
待橋から早渕川左岸の道を、さらに上流側へ辿ろう。河岸の道は車両の通行もある一般道だが、あまり車の通行はない。対岸(すなわち右岸側)は住宅街のようだが、左岸側は河岸に畑地も残って長閑な風景を見せる。やがてこの辺りの畑地も住宅地に姿を変える日が来るのかもしれない。

歩きながら川面を覗き込むとアオサギの姿を見つけた。アオサギは特に珍しい鳥ではないが、散策途中にこうしてその姿を見つけると、やはり少し嬉しい。
アオサギ
矢橋から早渕川を見る
待橋から上流側へ500メートルほど、ほぼ真っ直ぐの河岸の道を辿れば矢橋(やはし)、橋の袂の右岸には保育園が建っており、ちょうど運動会が開催されていた。矢橋の南東側にはこんもりと木々の茂った丘が見える。おそらく早渕公園の丘だろう。矢橋で早渕川を越えた道路をそのまま南東側に真っ直ぐに進めば早渕公園の入口に至っている。早渕公園はその大半の面積を占めて雑木林の丘が残されている。雑木林散策の好きな人にはお勧めの公園と言っていい。

勝田人道橋
矢橋からさらに上流側へと辿ろう。早渕川は緩やかに曲がり、東西にまっすぐの流れになる。矢橋から500mほどで「勝田人道橋」という小さな橋が架かっている。その名のように車両の通行のできない狭い橋だ。1977年(昭和52年)竣工の橋だそうで、欄干部の手摺りなどはすっかり錆びてしまっている。

勝田人道橋まで早渕川の右岸(南岸)を歩いてきたのだが、この先は工事中のため通行できず、迂回しなくてはならない旨の案内板があった。見れば100mほど上流側で新しい橋の架橋工事が行われているようだ。勝田人道橋を渡り、迂回していったん中原街道へと出て、中原街道の歩道を西へ向かう。

新勝田橋工事
中原街道(県道45号丸子中山茅ヶ崎線)を通して早渕川に勝田橋が架かっている。中原街道の他に県道13号横浜生田線も勝田橋を通るため、勝田橋はたいへんに通行量が多い。さらに橋の南側と北側の交差点で中原街道と県道13号横浜生田線とが分岐合流する交差点があるために、渋滞することも度々だ。そもそもこの辺りの中原街道は道幅が充分ではなかったから、中原街道の整備の一環として新しい橋が架けられているもののようだ。新しい橋が完成した後も現在の勝田橋はそのまま使われ、交通の分散が図られるのだろう。橋そのものはすでに完成しているように見えるが、周辺道路の整備が終わっていないようだ。

大崎橋
勝田橋を渡って再び早渕川右岸へと移り、また上流側へと辿ろう。緩やかな蛇行を描く早渕川に沿って数百メートル辿ると大崎橋、1973年(昭和48年)竣工の橋だそうだ。大崎橋の袂から北を見ると木々の茂った丘の上に建つ高層住宅の建物が見える。地図で確認すると、横浜市営地下鉄の「センター北」駅から1km足らず、徒歩圏内なのだ。丘の麓に木々に包まれて点在する住宅と、その丘の上に立つ高層住宅、港北ニュータウンが開発される以前と以後の風景が共存する、象徴的な風景と言えるかもしれない。

大崎橋からさらに上流側へ、300mほどで茅ヶ崎橋だ。茅ヶ崎橋は1977年(昭和52年)竣工だそうだ。橋の北側にはこんもりと木々の茂った丘が見えるが、大塚・歳勝土遺跡公園の丘だろう。
茅ヶ崎橋
中耕地橋近くから都筑大橋を見る
茅ヶ崎橋から200mほどで中耕地(なかこうち)橋、2004年(平成16年)に竣工した新しい橋だ。港北ニュータウンの開発に伴って架橋されたものだろう。

その100mほど西には都筑大橋が早渕川と河岸の道路とを一跨ぎにして「歴博通り」を通している。橋の欄干部には「都筑大橋」と名を記したプレートが取り付けられており、「鶴見川から5.8km」と併記されている。

都筑大橋西側
都筑大橋の下をくぐって上流側へ抜けると、早渕川の川幅が広くとられ、岸辺には水辺の植物が生い茂っている。対岸では水辺まで降りて行けるスロープも設置されているようだ。川辺が「親水広場」のように整備されているのだろう。横浜市営地下鉄の「センター北」駅と「センター南」駅の間、すなわち港北ニュータウンの中心と言ってよい場所だから、自然に親しめる場所として、敢えてこうした状態に整備されたものなのかもしれない。

センター橋
その横浜市営地下鉄の軌道が、都筑大橋の200mほど西で早渕川を越える。東側のグリーンラインと西側をブルーラインとが並んで川を跨ぎ、その下には「センター橋」という人道橋が架かっている。「センター橋」は2005年(平成17年)の竣工という。「センター北」駅と「センター南」駅の間は直線距離で1kmほど、歩いてもすぐだ。それぞれの駅の周辺にはさまざまな商業施設が建ち並んでおり、「センター橋」を渡ってそれらを行き来する人も少なくないのだろう。「センター橋」から上を見上げると、横浜市営地下鉄の軌道が頭上を覆うように延びている。少しばかり近未来的な風景だ。

堰の元地蔵尊
「センター橋」の西南側の袂にお地蔵様を祀った小さなお社が建っている。お地蔵様は「堰の元地蔵尊」、通称「堰のお地蔵さん」といい、この付近に早渕川から取水する堰があったためにこの名があるという。「子育地蔵」として地域の人々の信仰を集め、お宮参りや七五三の際に家族一同でお参りする風習もあるそうだ。お地蔵様は総高2mほど、1723年(享保8年)に建立されたものらしい。お地蔵様のお社の傍らには庚申塔が建っている。この庚申塔は正覚寺の裏手にあったものを現在地に移転したものだそうだ。

「センター橋」から南へ向かうとすぐに横浜市営地下鉄の「センター南」駅だ。今回の散策はこの辺りで終わりにして、「センター南」駅から帰路を辿ることにしたい。
今回は早渕川に沿って新北川橋からセンター橋までの3kmほどを歩いた。河畔には畑地の残るところもあって、そうした長閑な風景に出会ったことは印象深かった。次の機会にはセンター橋からさらに上流側へ、あるいは新北川橋から下流側へ、早渕川に沿って歩いてみたい。
早渕川(新北川橋〜センター橋)