神奈川県厚木市の西部、「森の里」という名の住宅街の中に若宮公園という公園がある。基本的には「森の里」に暮らす人たちのための公園だが、端正に整備された緑濃い公園の佇まいはとても魅力的だ。紫陽花の咲く六月の末、若宮公園を訪ねた。
若宮公園
若宮公園
厚木市の西部、緑濃い丘陵地の直中に「森の里」という名の住宅街がある。「森の里」は1970年(昭和45年)から14年の歳月をかけて造られたそうだ。以前は丘陵と谷戸が織りなす里山風景の広がる土地だったらしい。西部の山あいでは縄文期から各時代にかけての遺跡が数多く発掘されたという。

若宮公園はその「森の里」の南東端、森の里一丁目に位置している。「森の里」が造成された際に整備されたものだろう。江戸時代の中頃にはこの辺りに若宮八幡宮があったらしく、若宮公園の名や公園南側で池を跨ぐ若宮橋などの名はそれに由来するもののようだ。古くからこの地を流れていた細田川の流れを公園の中に取り込み、樹林地や広場を設けた緑豊かな公園だ。テニスコートなども設けられた公園は9ha近くの面積を有し、なかなか広い。公園は南北に長く、その中央を南北に細田川が流れる。細田川は公園南側では調整池となり、その池を跨いで若宮橋が架かっている。
若宮公園
若宮公園
公園は南側と北側で少しばかり表情が異なる。南側の若宮橋周辺は視界が開け、開放感に富んだ広々とした印象が魅力だ。調整池の西側には広場やテニスコートも置かれている。北側部分では細田川左岸には草はらの広場が置かれ、右岸側は樹林地だ。樹林地の中には厚木市の友好都市である中国揚州から贈られたという風月亭が建っている。樹林地の横を流れる細田川は親水施設として整備されているようで、夏は水遊びを楽しむ子どもたちで賑わうらしい。樹林地の西側には梅園や蒸気機関車を展示した「D51広場」などが設けられている。公園の北端部分には「野外ステージ」が設けられている。この辺りは「森の里」の郵便局やスーパーなどの建つ一角に面し、美しい街並みと一体化している。
若宮公園/調整池周辺
若宮公園の南部、調整池の周辺は明るく開放感に富んだ広々とした印象が魅力だ。調整池そのものは特に風情のある池ではなく、水もそれほどきれいだというわけではないが、草はらのスロープによってすり鉢状になった地形の底に横たわる様子は、風景として悪いものではない。特に若宮橋の歩道から見下ろしてみると池と周辺の景色が眼下に広がり、さらに視線を上げれば遠い山並みの稜線も見ることができ、なかなか爽快な眺めを楽しむことができる。
若宮公園/調整池周辺
調整池の岸辺に設けられた散策路を歩けば、池の周囲の草はらのスロープが視界を包んでくれる。池を覗き込むと鯉の泳ぐ姿があり、人の姿を見ると餌をもらえると思うのか、集まってくる姿がちょっと可愛らしい。訪れた六月の末、調整池の岸辺の散策路には紫陽花が咲いていた。数はそれほど多くないが、岸辺を彩る紫陽花の花が風景のアクセントになって美しい。
若宮公園/調整池周辺
若宮公園/調整池周辺
調整池の岸辺から北へ上がるスロープの佇まいが美しい。緩やかな斜面となった草はらに優美な曲線を描いて散策路が辿っている。その姿がなかなか美しいのだ。そのスロープと西側の樹林地との間を細田川の流れが調整池へと注ぐ。石垣を組んで小さな滝の連続のように整備された細田川の様子も素敵だ。
若宮公園/自由広場
若宮公園/細田川
調整池の北側、樹林地の東側には「自由広場」と名付けられた草はらの広場がある。何の設備も置かれていない、ただの原っぱだが、それがいい。周囲を木立が囲み、その木陰には随所にベンチが置かれている。ベンチに腰を降ろしてくつろぐ人の姿がある。地元の人なのだろう。広場の東側には駐車場があり、その向こうは道路なのだが、交通量は多くなく、あまり喧噪感を感じることもない。横の道路はケヤキの並木で、広場からはそのケヤキ並木の緑も視界にはいって緑濃い印象をさらに際立たせている。

広場と西側の樹林地の間を細田川が流れている。自然の流れの様相はすでになく、公園内の小川として整備されているが、人工的に過ぎず、親水施設として丁寧に整備されている印象を受ける。特に水遊びの場所として設けられているわけではなさそうだが、夏になれば子どもたちは水に入って遊ぶのだろう。
若宮公園/風月亭
「自由広場」の西側、樹林地の中に木々に抱かれるようにして「風月亭」という名の四阿が建っている。これは厚木市と中国江蘇省揚州市との友好都市締結を記念して揚州市から贈呈されたものだそうだ。1985年(昭和60年)の8月から9月にかけて、揚州市の建設団6名によって揚州市から運ばれた資材によって建設されたものという。揚州市の有名な観光地「痩西湖」にある小金山の頂に立つ風亭を模したものらしい。
若宮公園/風月亭
若宮公園/風月亭
鮮やかな紅色の風月亭は緑の中でひときわ存在感を放っている。反り返った屋根の意匠や細かな部分まで施された装飾など、丁寧に見てみると興味が尽きない。風月亭の屋根の下に立って緑濃い公園の風景を眺めてみるのもいいが、少し離れたところから眺めてみると周囲の木々に包まれるようにして特徴的な屋根の部分だけが見え隠れする。その様子が少しばかり幻想的な味わいもあって楽しい。

風月亭の横手には花壇が整備されており、季節の花々が咲いていた。そろそろ百合の仲間が花期を迎える時期だが、盛りを過ぎてはいるもののクレマチスの花も見ることができた。花の好きな人は立ち寄ってみるといい。
若宮公園/D51広場
若宮公園/D51広場 若宮公園/D51広場
若宮公園/D51広場 若宮公園/D51広場
風月亭の建つ一角から樹林地の中の小径を抜けて西側へと抜け出ると「D51広場」という一角がある。その名から容易に推測できるが、ここにはD51型蒸気機関車が保存展示されている。いわゆる「デゴイチ」だ。展示されている機関車は「D51 1119」、すなわち1119番目に製造されたD51で、1944年(昭和19年)に名古屋で生まれ、大宮や高山を走り、1962年(昭和37年)からは北海道で32年間、室蘭本線などを走っていたという。機関車の傍らにはそうした経緯やD51の構造などを記した案内板が設けられている。訪れたときは目を通しておきたい。機関車はフェンスで囲まれ、屋根も設けられて大切に保存されている様子が窺える。機関車の横にはポイントの切替機や踏切の信号機といった、鉄道設備のアイテムも展示されており、これもなかなか楽しい。

「D51広場」は、実は単に機関車を保存展示するためだけの広場ではない。広場には鉄道模型の線路が敷設されているのだ。レール幅127mmの鉄道模型で、本線176m、待避線25m、引込線10.2mだと、説明板には記されている。広場は“ジェリービーンズ型”というのか、中ほどで曲がった長円形をしており、その外周に沿うように線路が敷設されている。地域のイベントなどの際にこの線路を用いて鉄道模型を走らせる催しがあるのだろう。レールの上面が錆びていないところを見ると、けっこう頻繁に行われているのかもしれない。
若宮公園/梅園
若宮公園/梅園の紫陽
「D51広場」の北には梅園が設けられている。もちろん訪れたときは梅の木は青々と葉を茂らせ、実りの季節を迎えていたが、この梅園の周囲には紫陽花が植えられており、ちょうど花の盛りだった。特に西側の公園外縁部に沿って植えられた紫陽花が見事だ。もちろん規模はそれほど大きなものではなく、品種も多くはないようだが、散策の目を充分に楽しませてくれる。紫陽花を目当てに訪れる地元の人もいるのではないだろうか。また、梅園の中には花壇も設けられ、ここにも季節の花が咲いている。梅の花の季節以外にも楽しめるように工夫されているのだろう。
若宮公園/野外ステージ
若宮公園/野外ステージ
公園の北西端の角には「野外ステージ」が設けられている。扇形をした広場の“扇の要”に当たる部分にステージが設けられ、それを見下ろす形で観客席が設けられている。地域のお祭りなどのイベントで使用されるのだろう。この一角は「森の里」の街に溶け込んだ印象で、普段は地元の人たちの憩いの場として使われているようだ。すぐ近くに幼稚園があるため、小さな子どもを連れたお母さんたちの姿が多いようだ。また森の里地区市民センターや郵便局、スーパー、病院などもこの周辺にあり、この付近が「森の里」地区の中心と言っていいのだろう。
若宮公園
若宮公園
若宮公園は基本的に「森の里」地区に暮らす人たちのための公園だと言っていい。駐車所も備えているが、遠方からの行楽客を迎えるような性格は持っていないように感じられる。中国江蘇省揚州市から贈られたという「風月亭」や「D51広場」に展示された蒸気機関車や鉄道関連施設などは、それぞれ興味のある人には魅力のあるものだろうと思えるが、他には遠方から訪ねてみたくなるほどの特徴があるとは言えない。実際に遠方からの来園者はあまり多くないのではないだろうか。しかしそれがかえって奏功し、園内の空気には行楽地などにありがちな喧噪感がまったく感じられない。その静かな空気感がこの公園の最大の魅力と言っていい。公園散策の好きな人にはお勧めの、ゆったりと穏やかな時間の流れる公園である。
参考情報
交通
若宮公園のある「森の里」地区へは小田急線の本厚木駅や愛甲石田駅からバス路線があるようだが、駅からはかなりの距離がある。車での来訪が便利かもしれない。

車で来訪する場合には県道63号相模原大磯線の「森の里入口」交差点から西進、あるいは小野橋の交差点から西進するルートなどがわかりやすいだろう。詳細は市販の地図などを利用されたい。若宮公園には来園者用の無料駐車場が三カ所用意されているが、初めて訪れる人は若宮橋の袂に設けられた駐車場がわかりやすいだろう。

飲食
公園内にはレストランや売店などはない。「森の里」地区は基本的に住宅街なので公園周辺に飲食店は見あたらない。

若宮公園は緑に溢れた公園で、ピクニック気分でシートを広げてアウトドアランチを楽しむのがお勧めだ。お弁当持参で出かけよう。公園のすぐ北側にスーパーがあるので持参してこなかった人はここで調達できるだろう。

周辺
「森の里」地区の西側には背中合わせのように県立の「七沢森林公園」がある。広大な面積を有する森林公園だ。また「森の里」地区の北側には「あつぎつつじの丘公園」がある。5万2千本のツツジが植えられ、花期には圧巻の景観が楽しめる。双方とも若宮公園から歩くのは少しばかり距離があるが、車で来訪した際には立ち寄ってみるといい。
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