静岡県伊豆市北部の山中に「修善寺虹の郷」という施設がある。園内には「イギリス村」や「カナダ村」、「日本庭園」などのテーマ施設が設けられ、四季折々の花々も美しい。風薫る五月の初め、「修善寺虹の郷」を訪ねた。
静岡県伊豆市の北部、修善寺温泉郷から西へ辿った山中に、「修善寺虹の郷」というレジャー施設が設けられている。約50haという広い園内にはさまざまなテーマ施設が設けられ、種々の体験施設もあり、子どもたちの遊び場としての施設も充実している。四季折々の花々や木々の新緑や紅葉も美しい。いわゆるテーマパークとしてとらえてもいいし、施設の充実した有料の公園と考えてもいいだろう。
「修善寺虹の郷」は、1924年(大正13年)に修善寺町制施行記念事業として整備された「修善寺公園」が前身という。それを1967年(昭和42年)に再整備し、民間の梅林を加えて「修善寺自然公園」となり、その後、「花しょうぶ園」や「しゃくなげの森」などが期間限定で開園、それらを活かして新たな集客施設として造られたのが現在の「修善寺虹の郷」だ。1987年(昭和62年)に着工、開園したのは1990年(平成2年)のことという。「修善寺虹の郷」という名称は公募によって決定されたものだそうだ。開園当時の管理運営は修善寺町が出資して設立された修善寺町振興公社が担っていたようだが、2004年(平成16年)に修善寺町と土肥町、天城湯ヶ島町、中伊豆町の四町が合併し伊豆市が発足、現在の運営は一般財団法人伊豆市振興公社に引き継がれている。
広い園内にはイギリスの町並みを再現した「イギリス村」やカナダの町並みを再現した「カナダ村」、あるいは池を中心に造られた日本庭園、洋風庭園として整備された「フェアリーガーデン」、伝統工芸の職人の工房などがある「匠の村」、子どもたちのための遊具を設置した「インディアン砦」といったテーマ施設が設けられ、さまざまなミュージアムも設置されている。各テーマ施設を巡るように「ロムニーバス」が運行し、「イギリス村」と「カナダ村」とを繋いで「ロムニー鉄道」も走る。「フェアリーガーデン」にはローズガーデンも併設され、日本庭園には「花しょうぶ園」や藤棚、「しゃくなげの森」、「水仙の小径」といった花々の施設が設けられ、四季折々の花々も楽しむことができる。
実際に園内を巡ってみれば、その広さを実感する。尾根と谷筋とが入り組んだ地形の中に巧みに各施設が設けられており、園路を辿れば山々に包まれた谷間の風景から眺望の開けた丘の風景まで、さまざまな表情を楽しむことができる。その中に配された各テーマ施設もそれぞれに工夫が凝らされており、特に「イギリス村」や「カナダ村」ではひととき異国の町の雰囲気を味わうことができて楽しい。各テーマ施設は丁寧に設計、整備が行われている印象で、それぞれに美しい景観を楽しむことができる。園内高所に当たるところからは山並みの向こうに遠く富士山の頂を見ることもできる。園内をのんびりと時間をかけて巡り、その美しい景観を堪能するのがお勧めの愉しみ方だろう。
今回訪れたのは五月の初め、園内では新緑が美しく、藤やシャクナゲの花を楽しむことができた。日本庭園東側の広場では鯉のぼりが泳ぎ、子どもたち向けのイベントも行われていた。さらに季節が進めばバラや花菖蒲、紫陽花などが楽しめるようだ。晩秋には紅葉が美しいという。それぞれの見頃の時期に何度も訪れてみたいと思わせてくれる「修善寺虹の郷」である。
イギリス村
「修善寺虹の郷」の入場ゲート周辺に設けられているのが「イギリス村」だ。美しいハーフティンバー様式の建物が並ぶ景観は、中世イギリスの田舎町の町並みを再現したものらしい。場内は端正に整備されて景観も美しく、さまざまな“小物”も効果的に設けられており、のんびりと雰囲気を味わいながらの散策が楽しく、随所に置かれたベンチに腰を下ろして時を過ごすのもいい。
場内にはトイミュージアムやレイルウェイミュージアム、ロムニー鉄道の「ロムニー駅」、売店などの建物が並び、散策を楽しんだ後はそれぞれを見てゆくのもお勧めだ。売店ではイギリスに因んだグッズを販売しており、お土産を選ぶのも楽しい。ビートルズ関連のグッズを集めたコーナーも設けられており、ファンなら覗いておきたいところだろう。今回訪れた2015年(平成27年)5月の始め、ちょうどキャサリン妃が第二子の長女を出産されたばかりのタイミングで、この「イギリス村」も祝賀ムードで盛り上がっているようだった。
伊豆の村
「イギリス村」からロムニー鉄道の踏切を渡って北側の谷へと降りてゆくと、斜面となった地形を利用して「伊豆の村」が設けられている。「イギリス村」と「日本庭園」とを繋ぐ形で設けられた園路沿いには伊豆特産の工芸品や土産物、軽食などを扱う店が建ち並んでいる。店の建物も意匠を凝らし、古き良き日本の風景が再現されている印象だ。軽食を買い求めて落ち着いた景観を眺めながら一休みするのもいい。
日本庭園
「伊豆の村」を通り抜けて谷筋へ降りたところが「日本庭園」だ。中心には池が横たわり、東には「伊豆の村」と繋がる形で広場があり、西側には尾根と谷戸との地形を巧みに活かして「しゃくなげの森」や「花しょうぶ園」、「藤棚」、「水仙の小径」、「夏目漱石記念館」といった施設が設けられている。池の岸辺には四阿も置かれ、楓や松などの木々も巧みに配され、興趣に富んだ景観が広がる。池の南側には「もみじ橋」、北側には「錦橋」という橋が架けられ、それらの橋の意匠も良い風情だ。繊細さには少しばかり欠けるように思えるが、周囲の山々の緑を取り込んだ雄大さを魅力にした作庭が成されている印象で、池の岸辺を辿る園路を辿れば日本情緒溢れる庭園の景観を充分に楽しむことができる。
池の北側の岸辺には「菖蒲亭」という食事処があり、またそこから錦橋を渡った対岸には夏目漱石記念館の一部を利用して「漱石庵」という茶席が設けられている。庭園の景観を眺めながら食事やお茶を楽しむのも素敵なひとときだ。
日本庭園−しゃくなげの森
日本庭園西側の尾根部分は「しゃくなげの森」だ。そもそもは「修善寺しゃくなげの森」として1977年(昭和52年)に開園したものという。シャクナゲ改良の第一人者として知られる故和田弘一郎氏の交配種を中心に西洋種や原種など、約150種2100本のシャクナゲが植えられているそうだ。斜面に沿った園路を辿れば、園路脇に咲く種々のシャクナゲを観賞しながらの散策が楽しめる。初夏の陽光を浴びて咲くシャクナゲは見事な美しさだ。訪れたときにはすでにシャクナゲの花期の盛りを過ぎているようだったが、それでも美しいシャクナゲを充分に堪能することができた。
園路脇には園内に植えられているシャクナゲの代表的な品種についての解説や、和田弘一郎氏の簡単なプロフィール、あるいは「シャクナゲ豆知識」と題した解説パネルが随所に設置されている。それらを丹念に見ていくのも楽しい。園芸に詳しくない身としては、シャクナゲの品種改良に尽力した和田弘一郎氏についての解説も興味深いものだった。
日本庭園−藤棚
日本庭園の北西側、「しゃくなげの森」北側には西に延びる谷筋を利用して「花しょうぶ園」が設けられ、その北側を園路が辿っている。その園路に、約250mの長さの藤棚が設けられている。この藤棚が見事だ。250mの長さの藤棚というのはなかなか他に無いのではないか。
藤棚の下の園路を歩けば、視界の奥へ延々と薄紫の花房が連なる。藤棚の園路は東側では比較的真っ直ぐに、西側では緩やかに曲がりながら延びており、それによって表情に変化があるのもいい。歩きながら振り返ってみたり、少し園路から逸れて横手から眺めてみたり、花房を間近に観賞したり、藤棚が見せる様々な景観は飽きることがない。途中、園路脇に四阿が設けられており、ひととき腰を下ろして藤棚の景観を楽しむことができるのも嬉しい。
この藤棚は「しゃくなげの森」の中の園路からもよく見える。緑濃い景観の中に薄紫の帯を引いたように延びる景観がなかなか美しい。この景観も見る場所によってさまざまに表情を変える。ゆっくりと園路を辿りながら観賞してゆくといい。
フェアリーガーデン
日本庭園の西端部から南に尾根を越えると「フェアリーガーデン」だ。北側の尾根上には「ロイヤル・ローズ・ガーデン」と名付けられたローズガーデンを併設し、南側の尾根下には池や水路を施し、ガゼボ(洋風四阿)も設けられ、花壇には花々が咲き、端正で美しい洋風庭園として整備されている。
ローズガーデンには約100種、2300株のバラが植栽されているという。バラが満開の時期の景観をぜひ見てみたいものだ。今回訪れたときはまだバラの花を楽しむことはできなかったが、ローズガーデンは尾根上の立地が奏功して爽快な開放感が味わえるのがいい。高所からは遠い山並みも見え、初夏の空の下、爽やかな散策が楽しめる。ローズガーデンの一角にはカフェも設置されており、散策途中にティータイムを楽しむのもお勧めだ。
カナダ村
フェアリーガーデンからロムニー鉄道の踏切を渡って西側に進めば、「修善寺虹の郷」の西端部に設けられた「カナダ村」だ。カナダ南西部にあるブリティッシュコロンビア州ネルソン市の町並みを模して造られた施設であるらしい。ブリティッシュコロンビア州ネルソン市と伊豆市は姉妹都市の関係にあり(旧修善寺町時代に姉妹都市提携が結ばれた)、それに因んでネルソン市の古い町並みを再現した施設が造られたもののようだ。
「カナダ村」は中心部に直行する二本の園路が通り、北側にカフェや売店、カレイドスコープミュージアムなどの建物が並び、南側にロムニー鉄道の「ネルソン駅」が置かれた構成になっている。外観にも工夫を凝らした建物が並び、街路樹を配した園路はネルソン市の街路をイメージしたものだろう。なかなか素敵な佇まいだ。
「カナダ村」の西側、最奥部には池が設けられ、そこに鉄橋が架けられてロムニー鉄道が走る。池には「クーテニー湖」の名があるが、ネルソン市近くの「Kootenay Lake(日本でのカナ表記では通常「クートネー湖」)を模したものか。「Kootenay Lake」は「「Kootenay River」が途中、川幅を広げて湖を成したもので、ネルソン市はその下流部の岸辺に位置している。「クーテニー湖」に設けられたロムニー鉄道の鉄橋も、ネルソン市に実在する橋を模したものだそうで、池の岸辺には橋について簡単な説明を記した解説パネルが設置されている。ネルソン市には1957年に造られた全長631mの高速道路橋があり、その姿から「Big Orange Bridge」、略して「BOB(ボブ)」の愛称で親しまれているそうだ。解説パネルには“本物の”「BOB」の写真も添えられているから見比べてみるといい。「修善寺虹の郷」の「クーテニー湖」と「BOB」はイメージだけを模して簡略化したミニチュア版という印象だが、ロムニー鉄道の列車が走ってゆく光景はなかなか可愛らしく楽しい。
ロムニー鉄道
「イギリス村」の「ロムニー駅」と「カナダ村」の「ネルソン駅」とを繋いで、「ロムニー鉄道」という鉄道が走っている。日本唯一の15インチゲージ鉄道だそうだ。15インチゲージ鉄道というのは、線路の幅が15インチ(381mm)の鉄道のことで、見た目も可愛らしい印象だが、決して“模型”ではなく、あくまで“実用鉄道”である。その発祥は当然のことながら近代鉄道発祥の地イギリスで、当地では今も「ロムニー・ハイス&ディムチャーチ鉄道(Romney, Hythe & Dymchurch Railway、略して「RH&DR」)」や「レーブングラス・アンド・エスクデール鉄道(Ravenglass & Eskdale Railway)」といった15インチゲージ鉄道が運行しており、観光列車として人気を集めているという。「修善寺虹の郷」のロムニー鉄道は、その二社の協力を得て敷設されたもので、レーブングラス・アンド・エスクデール鉄道社製の蒸気機関車などが活躍している。容易に推測できるが、ロムニー鉄道の名は「ロムニー・ハイス&ディムチャーチ鉄道」が由来だろう。
「修善寺虹の郷」のロムニー鉄道は「イギリス村」と「カナダ村」との1kmほどの距離を約10分で繋ぐ。利用するには別途料金が必要だが、来園したときにはやはりぜひ乗ってみたい。単なる“交通機関”としてではなく“アトラクション感覚”で楽しめる。15インチゲージ鉄道に乗る機会はなかなかなく、貴重な体験と言っていい。往復ともに利用してみたいが、片道だけなら「カナダ村」の「ネルソン駅」から「イギリス村」の「ロムニー駅」へ向かう方がお勧めか。「ネルソン駅」を出て「クーテニー湖」を「BOB」で渡り、トンネルをくぐって「カナダ村」の北側を回り、踏切を過ぎ、園路に沿って「イギリス村」に向かう。途中で対向の列車とすれ違い、列車から見る園内の風景も楽しい。15インチゲージ鉄道に興味のある人は「イギリス村」内に設けられた「レイルウェイミュージアム」も見ておくといい。
園内から見る富士山
「修善寺虹の郷」の園内、尾根上などの高所から富士山の頂を見ることができる。ロムニー鉄道乗車中にも見えるところがある。お天気に恵まれて空気の澄んだ日には、散策を楽しみながら富士山の姿を探してみるのも一興だろう。
修善寺虹の郷は入園料が必要だ。開園時間、休園日、入園料金など、詳細は公式サイト(「関連する他のウェブサイト」欄のリンク先)を参照されたい。
修善寺虹の郷へ車で訪れる場合は、東名高速道路沼津ICや新東名高速道路長泉沼津ICから伊豆縦貫自動車道を南下、伊豆中央道や国道136号を使って修善寺を目指すのがわかりやすい。修善寺虹の郷は修善寺道路や国道136号から西へ入り込まなくてはならないが、案内標識に従えば迷うことはないだろう。修善寺虹の郷には広い駐車場が用意されているが、行楽シーズンには混み合うようだ。余裕を持って出かけた方がいい。
電車で訪れる場合は東海道新幹線、JR東海道本線の三島駅から伊豆箱根鉄道駿豆線に乗り換え、修善寺駅で下車、修善寺駅からはバスになる。
その他、修善寺虹の郷へのルートやバス路線、駐車料金などは公式サイト(「関連する他のウェブサイト」欄のリンク先)を参照されたい。
修善寺虹の郷内には食事の可能な店がいくつかあり、その他にも軽食の可能な店もあるので食事には困らない。お弁当持参なら無料休憩所や広場などを利用してピクニック感覚で楽しむこともできる。
修善寺と言えば修善寺温泉だ。修善寺虹の郷を楽しんだ後は修善寺温泉郷に宿泊したり、あるいは日帰り温泉を楽しむのもいい。のんびりと修善寺温泉郷を散策するのもお勧めだ。
修善寺の北は伊豆の国市、有名な韮山反射炉などがある。修善寺虹の郷から韮山反射炉まで12kmほど、車で30分かからずに行ける。
修善寺虹の郷から県道18号を西へ辿れば戸田峠を越えて20km足らずで
沼津市戸田地区
だ。曲がりくねった峠道を越えてゆかなくてはならないが、道路は広く整備されており、30分ほど走れば戸田の港へ着く。戸田の町を散策し、海の幸を味わったり、御浜岬から駿河湾越しの富士山を眺めるのもお勧めだ。
修善寺から国道136号、国道414号へと辿って南下すれば湯ヶ島温泉、さらに
浄蓮の滝
へも20km足らず、これも車で30分ほどで着く。
修善寺虹の郷
御浜岬と戸田の町
浄蓮の滝