東京都あきる野市のほぼ中央部、ちょうどJR五日市線武蔵五日市駅の南側、秋川の右岸側に「留原」という地区がある。「留原」は「ととはら」と読む。古くは「戸津原(とつはら)」と呼ばれた土地らしいが、やがて「留原(とどはら)」に転じ、現在の「留原(ととはら)」になったもののようだ。留原地区は北では秋川の河岸から、南は八王子市との市境のある丘陵地まで、ほぼ秋川街道(都道32号八王子五日市線)沿いに広がっている。南側の丘陵地には都立小峰公園も設けられている。北側では秋川の河岸散歩が楽しく、南側では長閑な里山風景も楽しめる。観光地でも景勝地でもないが、里山散歩の好きな人や町歩きの好きな人なら充分に楽しめるところだ。
武蔵五日市駅から檜原街道を少し西へ進み、下をくぐる秋川街道へ降りて秋川橋を渡れば留原地区だ。秋川橋の上流側、秋川の右岸側の河原は「秋川橋河川公園バーベキューランド」だ。行楽シーズンにはバーベキューや川遊びの人たちで大いに賑わう。河原は広く、駐車場も余裕があって人気の高いバーベキュー場だ。
「秋川橋河川公園バーベキューランド」横、秋川橋の袂に「秋川橋のうつりかわり」と題した碑がある。それによれば、秋川橋は1909年(明治42年)から1934年(昭和9年)までは木製トラス橋、1934年(昭和9年)から1987年(昭和62年)まで鉄筋コンクリートアーチ橋、1987年(昭和62年)以降はプレビーム合成桁橋だそうで、それぞれの姿がレリーフで碑に嵌め込まれている。昔の秋川橋はなかなか風雅な意匠の橋だったようである。
「秋川橋河川公園バーベキューランド」横の堤防を辿る舗道脇には百日紅が植えられている。秋川橋に近い辺りでは白い百日紅が並び、「秋川橋河川公園バーベキューランド」入り口の南側には濃いピンクの百日紅が花を咲かせている。バーベキューや川遊びを楽しむ人たちの横を、百日紅を楽しみながら歩くのも夏の風情である。
秋川橋の南側、留原の北側の地域は蛇行する秋川に囲まれた、河畔の平地で、住宅が建ち並んでいる。秋川の河岸に近いところでは行楽客向けの店舗が建っていたりもする。住宅街の中を辿る細道を気ままに巡ってみるのも楽しい。
その住宅街の中を貫くように秋川街道(都道32号八王子五日市線)が南の丘陵へと登っている。坂道となった秋川街道を南へ向かっていけば、やがて崖を斜めに上る急坂がある。S字を描く急坂のカーヴの途中にバス停が設けられている。バス停の名は「小林坂」だ。ということは、この坂道は「小林坂」という名なのだろう。昔はもっと細い急坂だったに違いない。
小林坂が上る崖は、おそらく秋川の流れが造った段丘崖だろう。崖の上に出ると風景が一変する。崖下の河畔は住宅の建ち並ぶ現代の町だが、崖の上は畑地の中に家々が点在する里山風景だ。おそらく、この崖上の地域が古くから人々の暮らしがあったところで、「留原」の名で呼ばれた地域なのだろう。河畔の台地の上、丘の裾に広がる“農”の暮らしだ。
長閑な風景の中を歩いていると、季節柄、あちこちで百日紅の咲く風景に出会う。民家の庭先や畑地の隅で、百日紅が今が盛りと花を咲かせている。なぜか濃いピンクの百日紅が多いようだ。百日紅は特に珍しい樹木ではなく、道路の並木や寺の庭木などでよく見るが、こうした田園風景の中に咲く姿はまた違った魅力が感じられる。百日紅の咲く風景に出会うのも夏散歩の醍醐味のひとつだ。
留原地区の南端部は丘陵地だ。尾根を南へ越えると八王子市。市境の丘である。その丘陵地を活かして「小峰公園」という東京都立公園が設けられている。夏の盛り、さらに曇天模様ということもあってか、公園の広場に人の姿は少ない。深緑に包まれた広場の縁で、ネムノキがまだ花を残していた。