串間市の北部に大束(おおつか)と呼ばれる地区がある。JR日南線に
日向大束(ひゅうがおおつか)駅があるから、地元の人でなくても「大束」という地名に見覚えのある人は少なくないかもしれない。しかし実は、現在、行政上の地名としての「大束」は存在しない。「大束」はかつて大束村として存在していたが、1954年(昭和29年)、福島町、大束村、本城村、市木村、都井村が合併し、市制が施行されて串間市が誕生した。かつての大束村は現在の串間市大字奈留、大平、一氏、大矢取の地域に相当する。それらもかつてはそれぞれ奈留村、大平村、一氏村、大矢取村だったところで、1889年(明治22年)に合併して大束村となったものだ。その際にそれまでの村名は大字となり、その字名が現在も残っている。今は行政上の地名としての「大束」は存在しないが、地元の人たちは今でも「大束」という地名を会話の中で使う。
JR日南線の日向大束駅が設けられている辺り、線路と国道220号が寄り添うように走り、国道沿いを中心に家々が建ち並んで集落を成している。かつての大束村の中心地だったところで、村役場も駅の少し北側に置かれていた。この辺りが村の中心だったのは、やはり鉄道の駅があったからだろう。位置的には大束村の南端部に当たり、大束村の大半はその北側に広がっていた。
JR日南線日向大束駅の西方、福島川と大平川に挟まれて「大束原台地」と呼ばれる台地が広がっている。火山灰土壌、いわゆる「シラス」によって形成された台地で、水捌けの良い特性を活かして昔からサツマイモの栽培が盛んなところだ。便宜上「サツマイモ」と書いたが、通常宮崎では(もちろん鹿児島でも)サツマイモのことを「サツマイモ」とは呼ばない。一般的には「カライモ(唐芋)」と呼び、特に大束地区では「甘藷(かんしょ)」と呼ぶ。地元農家や農業関係者には呼び名へのこだわりがあるようで、出荷時にも「かんしょ」と記されている。しかし他の地域に人に「かんしょ」ではわかりづらいという側面も否めず、流通の途中で「さつまいも」の名を記した包装に替えられることもあるらしく、苦々しい思いをすることもあるという。
この甘藷栽培は、重要な産業として大束地区を支えている。大束地区には「JA串間市大束」という独自のJA組織がある。日南市と串間市には両市を統括する「JAはまゆう」というJA組織があるのだが、旧大束村だけは「JAはまゆう」に属さず、独自に「JA串間市大束」が組織されているのだ。そのことに旧大束村の甘藷栽培農家の自負と意欲が現れているようにも感じられる。
大束地区は深い山々と田園地帯とが織り成す風景の広がるところだ。甘藷畑の風景も長閑で美しく、福島川や大平川の風景もよい風情を漂わせているが、特に“観光地”として知られるようなところはない。県道34号を西へ辿った山深いところに
赤池渓谷という景勝地があるが、訪れる人はほとんどないようだ。観光に訪れる人にとって魅力的なところは言い難いかもしれないが、それでいいのだろう。緑濃い風景の中で、ゆったりと季節が巡る。それが大束の魅力だ。国道から逸れて山間部へと辿ってみれば、美しい農村風景が出迎えてくれる。