横浜線沿線散歩街角散歩
横浜市中区
野毛町
November 1999
野毛町
JR根岸線桜木町駅と言えば、今ではみなとみらい地区の玄関口という印象が強いが、かつては駅の南西側に広がる野毛の町こそが横浜を代表する繁華街のひとつだった。野毛の町には現在でもさまざまな飲食店が軒を並べてはいるが、すっかり大道芸の町として有名になった観もある。その野毛の町を歩いてみた。
野毛町のほぼ中央を野毛本通という通りが抜けている。吉田町のあたりで新横浜通から斜めに逸れた道路が都橋で大岡川を渡り、野毛の街を抜け、野毛山へと至る。そもそも幕末の横浜開港期、野毛山を切り通しで抜けて東海道と吉田橋とを繋ぐ道路が新設されたのらしく、野毛の街はその街道沿いに栄えた街だったのだろう。かつて野毛山は外国人居留地などを眼下に見下ろす眺望が見事で、その様子は幕末に流行した「野毛節」にも唄われた。

終戦直後は伊勢佐木町が米軍に接収された影響もあって、横浜の賑わいの中心として「ヤミ市」などで栄えた街だったのだという。横浜磯子に生まれた美空ひばりの歌手としての本格的デビューのきっかけとなった横浜国際劇場もこの街にあった。美空ひばりが主演した映画「悲しき口笛」は野毛周辺が舞台となっており、それに因んで横浜国際劇場の跡地に立つ宮川町のウインズ横浜の道路を挟んだ向かい側に「悲しき口笛」出演の頃の美空ひばりの銅像が立っている。
野毛町
その野毛の街も昭和の高度成長期には次第に衰退の兆しがあった。「一億総中流化」という言葉もあったが、ライフスタイルの変化に対して庶民文化を象徴するようなこの街の様相は必ずしも魅力的には見えなかったのかもしれない。やがて桜木町北側の再開発として「みなとみらい」構想も具体化し、野毛の人たちの危機感は高まっていったのだろう。そうした野毛の街の衰退を打開するためのひとつの方策として、野毛の大道芸まつりが始まったのは昭和61年のことだった。

野毛の大道芸まつりは地元商店街有志によって始まったものだが、すでにその歴史は二十数回を数え、現在ではその会場は野毛の街だけにとどまらず吉田町の一部からみなとみらい地区にまで及ぶ。観客動員数は二十万人を越し、すっかり横浜の名物イベントとなってしまった。出演するパフォーマーは世界各地から集まり、歩行者天国となった街の道路で妙技を繰り広げ、観客は拍手を送り、投げ銭を放る。出演するパフォーマーは実質ノーギャラで、収入はこの観客の投げ銭だけなのだという。そこにも演者と観客によって造られるイベントという力強さが感じられて、庶民の街としての野毛の心意気を感じる思いがする。

野毛の大道芸まつりは開始当初は年二回の開催だったらしいが、現在では年一回、四月の末あたりに開催されている。野毛大道芸事務局ではパフォーマーの募集やパフォーマーの派遣なども行っているようだ。
野毛町
野毛の街は桜木町駅と大岡川と野毛山に囲まれるように、ほぼ扇状に広がっており、野毛本通から南には宮川町も含まれるが、野毛地区として一体の商業圏、生活圏を有していると言っていいだろう。中心となるのはやはり野毛本通、野毛三丁目交差点付近だろうと思われるが、野毛本通と平行する野毛柳通や野毛中央通などといった狭い通りこそが野毛の魅力と言ってよい。それらの通りと直行するようにまた狭い通りが抜けており、そのそれぞれの通り沿いにさまざまな店が軒を並べている。

野毛の街は「繁華街」というよりは「盛り場」という形容が相応しく、日が暮れてからの時間こそがその魅力を発揮する街と言えるだろう。「横丁」という言葉を思い浮かべるような狭い通り沿いにはそれこそ多種多様な店が軒を並べている。ほとんどは飲食店で、小料理屋、居酒屋、鰻屋、寿司屋、喫茶店、スナック、焼鳥屋と、それこそありとあらゆる店がある。その中にひょっこりとギャラリーなどがあったりするのも面白いし、風俗店までもが並ぶあたりは少々猥雑な感じもあって大衆の街としての活気を見る思いがする。

野毛町
柳通を歩いていると、突然通りに設置されたスピーカーから「柳通りのみなさん」と呼びかけがあって驚いた。聞けば「通りの清掃を行うのでご協力をお願いします」ということなのだった。柳通は文字通り道脇の柳の樹が印象的な通りで、路面は石畳になっている。こうした盛り場の昼の光景にありがちな少々寂れたような薄汚いような印象が無く、こぎれいに整えられている印象があったのだが、こうした地元の人たちの目立たぬ苦労があるのだろう。

さすがに時代の流れには逆らえないと見えて、古き佳き時代の庶民の街をそのままに残しているというわけにはいかず、ところどころには真新しい建物の姿もあるが、根底に流れる庶民文化は健在なのだろうと、路地を曲がって行く板前さんの後ろ姿を見送りながらそんなことを思ったりする。
野毛町
野毛の街の西側はすでに西区となり、野毛山公園伊勢山皇大神宮などが近い。野毛の街から伊勢山皇大神宮へと向かうと成田山不動尊別院と水行堂などが崖の斜面に張り付くように建ち並ぶ一角がある。周囲には高層のマンションなども建っているが、その中に異次元の空間のように赤い鳥居が並んでいる。視線を上げれば、並ぶ建物の屋根の向こうにランドマークタワーが見え隠れして、その取り合わせも面白く、新旧の時代が混然とするこの街を象徴しているという気がする。
例えば仲の良いグループで夜の横浜を過ごそうと言うのなら、整然と美しい「みなとみらい」もいいのだが、時にはこうした下町の盛り場に繰り出すのも楽しいに違いない。野毛三丁目の角、「ちぇるる野毛」という建物があり、その一階にはハンバーガーショップが入っているのだが、その店が「Wendy's」だというところが横浜らしくていい、などと、なぜかわけもなく思ったりした。
野毛町