横浜線沿線散歩街角散歩
横浜市港北区〜緑区
鶴見川河畔
(小机〜鴨居)
October 1999
鶴見川
秋晴れの日、ふと思い立って鶴見川沿いを歩いてみた。十月も下旬だというのに気温は25度を越え、水辺の散策にはよい日だったかもしれない。今回は新横浜の北側から小机側の河畔を上流に向かって歩くコースを選んでみた。
亀の甲橋
新横浜駅から北へとオフィス街を抜け、新横浜駅前公園を横切り、新横浜元石川線から亀の甲橋へと進み、その辺りから鶴見川の堤防道へと歩を進めた。すでに新横浜ではなく小机町になる。このあたりは河川工事なども行われており、雑草の生い茂った河川敷はどこか殺伐とした印象であまり散策を楽しめる雰囲気ではない。対岸に見える新羽町の景色の緑にわずかに心和む程度だ。河川敷にはところどころに粗末な小屋らしきものがある。どうやらここで暮らしている人があるようなのだ。広い河川敷ではラジコンのヘリコプターを飛ばしている人の姿もあった。ときおり自転車で行き過ぎる人の姿もあるが、あまり人の姿はない。

鶴見川
やがて対岸側で支流の大熊川が分かれる。向かって大熊川の右側が新羽町、左側が川向町だ。このあたりまで来ると対岸には大きな工場の姿が多くなる。こちら側では堤防沿いに畑が広がり、その中に小さな工場が点在するという風景で、その向こうに小机駅も見えている。このあたりもかつては水田地帯であったとも聞くが、今ではその名残もない。小さな工場の建物の隣に畑が横たわり、ネギやキャベツなどが植えられている。振り返るとそれらの向こうに横浜国際競技場や新横浜のビル群の姿が見える。急速に都市化の進む新横浜近辺を象徴する景観だろうという気がする。

しばらく歩くと新横浜元石川線が鶴見川を越える小机大橋に差し掛かる。左前方には雑木林の小高い丘が見えている。小机城址市民の森だ。中世の小机城の遺構が残る場所だが、今では第三京浜が丘をえぐるように抜けている。その第三京浜をくぐり、小机城址市民の森の横をさらに進むと、小机城址市民の森をトンネルで抜けてきた横浜線の線路が間近に迫る。そのあたりに架かる橋が川向橋、さらに前方に架かるさらに大きな橋が新川向橋で、上を通るのは新旧の横浜上麻生道路だ。橋を渡ると川向町で、小机城から見て鶴見川の川向こうにあるためにこの名があるのだろうという。

鶴見川
新川向橋を過ぎてしばらくは鶴見川と横浜線がまさに添うように平行している。堤防道を歩いているとすぐ横に線路を隔てるフェンスがあり、間近を電車が走る。線路は堤防道の高さと変わらない。川岸まで張り出した尾根の端を強引に削り取って線路を敷設したのだろう。このあたりは鶴見川が蛇行する部分の外側にも当たっており、この光景を見れば大雨の度に横浜線が止まるのも仕方のないことと思ってしまう。

鶴見川
このあたりから上流にかけて河川敷が畑と化していて、さまざまな野菜や花などが植えられている。もちろん河川敷での耕作は禁じられており、その旨の立て看板が立ち、さらには「勧告」として「耕作を中止し、原状に戻しなさい」との旨の立て看板もあるのだが、いっこうに改まる気配はない。治水面での弊害など、河川敷での耕作は禁じられて然るべきものだろうとは思うが、少々不謹慎なことを言えば、管理が行き届かず雑草の繁るままにゴミ捨て場と化す河川敷よりは整然と耕作が行われている方が景観としては良いような気もする。

川面に目をやると意外に多くの野鳥の姿を見ることができる。鶴見川は決してきれいな川とは言えないし、ときおり異臭を感じたりもするのだが、このあたりでは水は意外なほど濁った印象はない。もちろん鯉の泳ぐ姿も見える。野鳥の姿が少なくないということは餌となる小魚や水生動物も多いのだろう。

鶴見川
左に東本郷町の畑の広がる風景を見ながら、右手の対岸には池辺町の工場街を見ながら、さらに鶴見川の堤防道を進む。川は左に大きく蛇行している。河川敷では釣りを楽しむ人の姿がある。河川敷を利用したグラウンドなどもある。やがてまた鶴見川が右に向かって蛇行するあたりで、再び横浜線の線路が近づき、前方に賑やかな街の風景が見えてくる。鴨居駅前の賑わいだ。鴨居駅前からそのまま鶴見川を越えて架かるのは鴨池橋という歩行者専用の橋だ。朝夕は池辺町の工場に勤める人たちがこの橋を利用するのだろう。さらに川沿いを歩きたいという誘惑に駆られながら、今回はここまでにして鴨居駅に足を向けることにした。
鶴見川は護岸も整備されていて決して風情のある川というわけではないが、やはりこうして周囲の景色などに目をやりながら川沿いを歩くのは楽しいものだ。今回は新横浜を出発点としたが、小机駅で横浜線を降り、雲松院や小机城址市民の森などに立ち寄りつつ、小机の街の散策を兼ねて鶴見川沿いへと歩を進めるコースも楽しめるものだろう。
鶴見川