「一ノ倉邸」の建物は阿部浩が1907年(明治40年)頃から造ったものという。阿部浩が50代半ばになった頃だ。木造平屋、数寄屋風の建物は面積約145坪(約480平方メートル)、大小14の和室に畳敷きの玄関、廊下などを備え、全体の畳数は約140畳という。
建物は材料にも技術にも贅を尽くしたものであることが窺えるが、華美になることなく抑制が利いて品格が保たれているという印象だ。凝った意匠の欄間や10間通しの杉丸太の桁、職人手作りであることを示す波打つ板ガラスなど、当時の建築技法の最新かつ最高のものを注ぎ込んだものだろう。近代建築に興味のある人なら、そうした細部を見てゆくだけでも興味が尽きない。
建物内部にはさまざまな物品が展示されている。阿部浩の資料などの展示もあるが、“資料館”としての性格は薄く、従って堅苦しさもない。「一ノ倉邸」ではさまざまなイベントも開催されるようで、それらに関連したリーフレットなども置かれているし、明治期から大正期、昭和初期に至る時代を彷彿とさせる物品が置かれているのも楽しい。畳敷きの部屋に鎮座するピアノは大正時代のもの、鍵盤は象牙だそうである。今も現役で使われているという。いわゆる“レトロ”なものが好きな人にもお勧めの「一ノ倉邸」である。