長野県松本市の中心市街の一角に「中町通り」と呼ばれる通りがある。かつて善光寺街道の宿場として栄えたところである。現在もなまこ壁の蔵が建ち並び、風情ある佇まいを見せる。九月、松本の中町通りを訪ねた。
松本/中町通り
松本/中町通り
現在の長野県松本市は上高地なども含む広い市域を持っているが、松本駅周辺の中心市街はそもそもは松本城の城下町として、善光寺街道の宿場として栄えたところである。善光寺街道は北国西街道とも呼ばれるが、正しくは北国西脇往還といい、中山道の洗馬宿(塩尻市中心部の南西側)で中山道から分かれて善光寺へと北上する街道である。

洗馬宿から松本中心部へと至った善光寺街道は女鳥羽川の手前で西に折れ、400mほど行ったところで北へ折れて(現在の国道143号を)北上する。松本城の「総構え」を迂回するために西へ逸れたものだろう。この、女鳥羽川の南側を東西に抜ける400mほどの区間が、今の中町通りである。
松本/中町通り
松本/中町通り
現在の松本市の住居表示には「中町」は存在せず、中町通りは「松本市中央二丁目」から「中央三丁目」にかけて延びている。「中町」の名は江戸時代の町名に由来するものという。江戸時代の中町は松本城下の中心である「親町三町」のひとつで、舟運にも恵まれて大いに栄えた。

往時の繁栄の面影を今に残し、中町通りは風情ある佇まいを見せる。通り沿いに立つ瓦屋根になまこ壁の土蔵は火災から財産を守るための商人たちの知恵である。ここ松本中町でも江戸時代から明治期にかけて幾度も火災に遭ってきたからだ。特に1888年(明治21年)に起きた火災は本町、中町周辺の町人町のほとんどを焼き尽くした。この火災からの復興の際に造られた町並みが、今も残る中町の町並みである。
松本/中町通り
松本/中町通り
火災からの復興で建てられた土蔵の多くが今も数多く残り、興趣に富んだ景観を見せる。その風情に惹かれてか、訪れる観光客も多く、今や松本城と並ぶほどの観光名所と言っていい。もちろん通り沿いの建物がすべてなまこ壁の土蔵というわけではない。中には“昭和レトロ”を感じさせる建物があったり、現代的な新しい建物もあったりする。しかしそれも歴史と共に生きてきた町の“今”を感じさせて魅力的だ。

中町通りは、やはりその風情を味わいつつの散策が楽しい。通り沿いには民芸品・工芸品を扱う店が多く、松本情緒を存分に味わうことができる。古い建物を活用したカフェも多く、お洒落な雰囲気が人気を集めている。気に入った店を見つけたらティータイムを楽しむのもいい。通り沿いには「中町・蔵シック館」や「松本市はかり資料館」なども建っているから、ぜひ立ち寄っておきたい。先を急がず、のんびりと散策を楽しむのがお勧めだ。
松本/中町通り
松本/中町通り
中町・蔵シック館(松本市中町蔵の会館)
中町通りのほぼ中央部、通りの南側に「中町・蔵シック館」という施設がある。正しくは「松本市中町蔵の会館」といい、「中町・蔵シック館」という愛称は公募によって付けられたものという。1996年(平成8年)に開館した施設で、建物は中町の南側に隣接する宮村町にあった造り酒屋「大禮(たいれい)酒造」の母屋、土蔵、離れの3棟を移築改修したものという。母屋と離れは観光客が無料で見学できる他、レンタルスペースとしても活用されている。土蔵は喫茶室であある。

母屋は移築に際して一部の間取りと材料が変更されているそうだが、往時の姿をほぼそのままに残している。土間は吹き抜けになっており、見事な梁組を見ることができる。座敷に上がることも可能だから、ぜひ見学しておきたい。

かつて酒屋だったことを物語るように、母屋の軒先には杉玉が提げられている。これも良い風情である。松本はそもそも良質の地下水に恵まれた土地だが、「中町・蔵シック館」にも「蔵の井戸」という井戸が設けられている。手漕ぎのポンプが備えられており、自由に利用できる。水温は年間を通して15℃、飲料にも適しているそうである。
中町・蔵シック館(松本市中町蔵の会館)
中町・蔵シック館(松本市中町蔵の会館)
中町・蔵シック館(松本市中町蔵の会館)
参考情報
交通
中町通りは松本駅(JR中央本線、アルピコ交通上高地線)の「お城口(東口)」から数百メートルの距離だ。歩いても10分ほどで着く。

松本市街地は周遊バス「タウンスニーカー」が巡っているので、これを使うと便利だ。特に「東コース」は中町通りを抜けてゆくコースなので中町通り散策の際にはお勧めだ。

車で訪れる場合は中町通りや周辺に点在する有料駐車場を利用すればいい。中町通り周辺は道が狭いため、土地勘の無い人は注意が必要だ。

遠方から車で訪れる場合は、長野自動車道松本ICから国道158号を西進すればいい。松本ICから中町通りまで3km足らず、道路状況にもよるが10分ほどで着く。

飲食
中町通りとその周辺にはさまざまな飲食店やカフェが点在する。好みの店を見つけて、のんびりとランチやティータイムを楽しもう。松本市はかり資料館にも立ち寄っておきたい。

周辺
中町通りの北側、女鳥羽川の北岸に沿って東西に延びるのは縄手通りだ。昔ながらの風景を残る商店街の佇まいがお勧めだ。

縄手通りの東、女鳥羽川に架かる一ツ橋から北へ上土通りが延びている。この通り沿いにも古い建物が残り、散策は楽しい。

中町通りと縄手通りの西端を南北に抜ける通りは大名町通り、大名町通りを挟んで東側、女鳥羽川の河岸に松本市時計博物館>が建っている。昔の珍しい時計などが展示され、興味深く見学できる。

大名町通りと中町通りとの交差点から北へ400mほど辿れば松本城だ。松本観光の際には松本城は欠かせない。ぜひ訪ねておこう。

松本城公園を北へ通り抜け、さらに数百メートル北へ辿れば、これも有名な旧開智学校だ。旧開智学校は2019年に国宝に指定された。隣接して建っている旧司祭館と併せて、ぜひ見学していこう。

中町通りの東端からそのまま日の出町通りへと直進し、県1丁目交差点を右折すれば、1kmほどで旧松本高校だ。旧松本高校の校舎が残されており、見応え充分だ。

また、松本市は湧水に恵まれた土地柄で、市街地いは数多くの湧水がある。「まつもと城下町湧水群」として「平成の名水百選」に選定されているものだ。のんびりと湧水巡りを楽しむのもお勧めだ。

松本城や開智学校、旧松本高校などを効率良く巡るなら、周遊バス「タウンスニーカー」を利用するのが便利だ。松本城や開智学校は「北コース」、中町通りや旧松本高校は「東コース」が辿っている。観光で訪れた際には一日乗車券を購入しておくとお得だ。車で松本を訪れたときも、車を駐車場に置き、「タウンスニーカー」と徒歩を組み合わせて巡るのがお勧めだ。
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