かつてこの辺りには米軍基地があった。「ジョンソン基地」と呼ばれた基地である。戦前戦中には日本軍の陸軍航空士官学校があった。陸軍航空士官学校分校が1938年(昭和13年)に入間郡所沢町(現在の所沢市)から入間郡豊岡町(現在の入間市)に移転し、陸軍航空士官学校として独立したものだった。1940年(昭和15年)には豊岡飛行場が完成した。やがて終戦、陸軍航空士官学校と飛行場は米軍に接収され、米軍基地となった。基地は1945年10月に殉職したジェラルド・R・ジョンソン陸軍中佐を偲んで「ジョンソン基地」と命名された。
1954年(昭和29年)に航空自衛隊が発足、1958年(昭和33年)に入間基地が設立され、1961年(昭和36年)には入間基地の日米共同使用協定が成立している。2年後の1963年(昭和38年)には飛行場地区の管理運用が米空軍から航空自衛隊へ移行され、現在の航空自衛隊入間基地へ至っている。ジョンソン基地跡地は1958年(昭和33年)から順次返還され、1978年(昭和53年)には全面返還を迎えている。その跡地利用のひとつとして設けられたのが彩の森入間公園というわけだ。