埼玉県吉見町の南東部に「さくら堤公園」という桜の名所がある。二キロ近くに渡って南北に延びる桜並木の堤で、満開の時期には圧巻の景観を見せる。桜が見頃を迎えた四月上旬、さくら堤公園を訪ねた。
さくら堤公園
埼玉県吉見町の東部は荒川右岸に広がる水田地帯だ。その広々とした田園風景の中、一本の堤が南北に延びる。桜並木の見事さで知られる「さくら堤公園」である。延々と続く桜並木は春になれば堤を桜色に染め上げて水田地帯の中に“桜の帯”を現出させ、圧巻の風景を見せる。
さくら堤公園
さくら堤公園
さくら堤公園は、広場や遊具などを設けた都市公園とは性格が異なり、基本的に一本の堤のみによって構成されている。約1.8kmの長さで延びる堤は、「さくら堤」の名が示すようにその全域が桜並木だ。堤体上には舗装された遊歩道が整備され、春には多くの花見客を迎え、桜の花が終われば緑陰の中を散策の人々が行き交う。この堤体上の遊歩道は、さいたま市の秋ヶ瀬公園と滑川町の武蔵丘陵森林公園とを繋ぐ総延長46kmという長大なサイクリングコースの一部を担ってもいる。吉見浄水場南側を通る道路が堤を横切って東西に抜けているために、その道路によって堤は南北に分断されているが、堤体上の遊歩道は道路上を橋で繋がれ、一般路を横断することなく歩き通すことができる。

さくら堤公園の西側には文覚川という小さな川が沿っている。文覚川は大里町に発し、荒川右岸に沿って流れ、さくら堤公園の南端部のやや南、町境を越えた川島町で市野川に注ぐ、約9kmほどの長さの河川だそうだ。
さくら堤公園
さくら堤公園
さくら堤公園
それにしても、「堤」というものは一般には河川や湖沼の岸に設けられるものだが、両脇に水田地帯の広がる中に築かれた、この「堤」はそもそも何なのか。

古来、荒川はその名のように“荒ぶる川”、すなわち“暴れ川”だった。大雨に見舞われれば氾濫を起こし、幾度もその流路を変えてきた。それによって流域には肥沃な土地が育まれてきたわけだが、ひとたび氾濫が起これば人々の営みに与える被害は甚大なもので、数々の大水害の記録が歴史に残されている。その水害から人々の暮らしを守るため、さまざまな治水工事が重ねられてきた。

旧横見郡(現在の吉見町に相当する)は東に荒川、北は和田吉野川、南には市野川が流れ、三方を川に囲まれる地形であるため、水害を被ることも多かった。これらの河川の氾濫から集落と農地を守るため、1600年代の初期に江戸幕府関東郡代伊奈忠次によって堤が築かれた。堤は西部の丘陵地を除く三方に、吉見領を囲むように設けられた。吉見領囲堤と呼ばれる、河川の氾濫から吉見領の集落を守るために築かれた輪中堤防である。

さくら堤公園の堤は、この吉見領囲堤の東端部の一部を公園として整備したものだ。さくら堤公園の南端部はすでに市野川に近いが、市野川左岸部にもかつての吉見領囲堤の名残を見つけることができる。
さくら堤公園
さくら堤公園
かつて河川の氾濫から人々の暮らしを守るために築かれた堤が、今は桜並木の遊歩道となって人々の憩いの場として親しまれている。さくら堤公園の桜は1979年(昭和54年)にふるさと歩道の設置に伴って植えられたものだそうだ。桜並木は長さ約1.8km、600本ほどの桜があるという。桜は今では大きく育って堤を覆うように枝を張っている。2km近くに渡る桜並木が満開を迎えれば、その光景はまさに圧巻と言っていい。

文字に書いてしまえば実感しにくいが、1.8kmという距離は歩けばなかなか長い。“延々と続く”という表現が相応しく、歩いても歩いても桜並木が続くと言っても過言ではない。長く続く桜並木では場所によって桜が疎らになるところがあったりするものだが、さくら堤公園はそんなことはない。その全域で密度濃い桜並木を楽しむことができる。地図上ではほぼ真っ直ぐに延びる堤は、歩いてみると緩やかな曲線を描いており、それが景観に変化を与え、さまざまな表情を見せてくれるのもいい。
さくら堤公園
さくら堤公園
さくら堤公園
堤体上の遊歩道はまさに“桜のトンネル”、視界の奥まで続く桜のトンネルの中を歩けば春爛漫の景色を堪能できる。堤体上の遊歩道を歩き続けるのも悪くはないが、ときおり堤の下に降りて桜並木を見上げるのもいい。春の青空を背景に見る桜並木も晴れやかな印象があって美しい。堤の斜面や文覚川の河岸に菜の花が咲く風景も随所で見られる。菜の花の鮮やかな色彩と桜並木の競演がさらに春景色を引き立てる。

遊歩道には花見の人たちが行き交い、ときおりサイクリングを楽しむ人たちの自転車が行き過ぎる。堤の下に場所を見つけてシートを敷いて、お弁当を広げて花見を楽しむ人たちの姿もある。スケッチを楽しむ人の姿もある。そうした光景も穏やかな春の風情を漂わせている。
さくら堤公園/安土堂付近
さくら堤公園/安土堂付近
さくら堤公園/南西側の農地から堤を見る
さくら堤公園の南端近く、堤と文覚川の間に小さなお堂が建っている。お堂は安土堂というらしい。「安土堂」は「あづちどう」ではなく「あんぢつどう」と読む。お堂の横で安土堂橋という橋が文覚川を跨いでいる。2004年(平成16年)架橋の新しい橋だが、紅い欄干には擬宝珠も設けられており、お堂の参道らしい佇まいだ。安土堂橋を通る道路はそのまま堤を横切って(越えて)堤の東側へと続いている。橋の西側袂から東へ視線を向ければ、紅い欄干の安土堂橋の向こうに堤の桜並木が横たわり、興趣に富んだ風景を見せる。

文覚川の西側は広々とした田園地帯で、文覚川河岸に民家が点在する。農地の中にはトラクターを操って田起こしの作業に勤しむ人の姿もある。その光景を桜越しに見るのも良い風情だ。

その田園地帯の中に散策の足を延ばして、少し遠目に堤の桜並木を眺めるのもお勧めだ。視界には高い建物がなく、見えるのは田園風景と桜並木だけだ。耕作の時期を待つ農地と、その上に広がる春空との間に、桜並木が横たわる。他ではなかなか見られない風景かもしれない。
荒川右岸堤防からさくら堤公園を見る
荒川右岸堤防
荒川右岸堤防
さくら堤公園の北端部は荒川右岸堤防に繋がっている。荒川右岸堤防には菜の花が植えられており、堤体を黄色く染め上げている。これも“延々と続く”印象で、視界のずっと向こうまで菜の花に覆われた堤防が続いている。その景観もぜひ見ておきたいものだ。菜の花の咲く風景に誘われて、しばらく荒川右岸堤防へと散策の足を延ばすのも楽しい。荒川右岸堤防から、菜の花越しに見るさくら堤公園の桜並木の姿も素晴らしいものだ。

さくら堤公園と荒川右岸堤防とが繋がるところからやや荒川上流部に行った辺りは「川幅日本一」の場所として知られている。県道27号が荒川を跨ぐ辺り、国土交通省の定める「川幅」が2537mで、「川幅」としては日本一だという。県道27号沿いには吉見町側、鴻巣市側の双方に「川幅日本一」の碑が建てられている。さくら堤公園の北端部の荒川右岸堤防から北を見れば、そこはすでに荒川の河川敷というわけだ。少し足を延ばし、2.5kmほどの「川幅」を渡って「川幅日本一」を実感するのも一興かもしれない。
さくら堤公園
さくら堤公園
さくら堤公園
さくら堤公園
今回(2014年)は機会を設けて平日に訪れたため、花見の人も比較的少なかったのかもしれない。お陰でのんびりと穏やかな花見散歩を愉しむことができた。満開の時期の土曜日、日曜日にはもっと多くの花見客が訪れるのに違いない。

全長1.8kmの桜並木、ただ歩けば30分ほどの距離だが、景観を楽しみながら、時折立ち止まって振り返ってみたり、堤の下へ降りてみたり、写真を撮りつつのんびりと歩けば1時間以上かかってしまう。一部分だけを歩いても充分にさくら堤公園の桜並木を楽しむことができるが、できれば全区間を時間をかけて歩いてみるのがお勧めだ。長閑な田園風景の中、見事な桜並木と菜の花とが織り成す春景色を存分に堪能できる、至福のひとときである。
参考情報
本欄の内容はさくら堤公園関連ページ共通です
さくら堤公園にはこれといった施設は無いが、トイレは設けられている。トイレは北側、中央部、南側の三カ所に設置されている。

交通
さくら堤公園は鉄道の駅から距離があり、バス路線も便利ではなく、来訪には車を利用するのが賢明だ。

遠方から訪れる場合は圏央道川島ICや関越自動車道東松山ICを利用し、吉見浄水場を目指すのがわかりやすいだろう。川島ICからは県道76号を北上、6kmほど辿って吉見浄水場南側の道路へ右折すると公園の桜並木が見えてくる。東松山ICからなら国道254号を東方向へ進み、「下野本」交差点で県道27号を北へ左折、「道の駅いちごの里よしみ」を過ぎた辺りで吉見浄水場南側の道路へ移ればいい。国道17号を利用する場合は鴻巣市の「天神2丁目」交差点から県道27号を西進、国道407号を利用する場合は東松山市の「新宿小(南)」交差点から県道27号を東進するのがわかりやすい。

吉見浄水場南側の道路沿い、公園の東側、道路南側に町営の無料駐車場が用意されている。100台分ほどが駐車可能のようだ。さくら堤公園の南端部にも無料駐車場があるが、少し場所がわかりにくい。土地勘の無い人は吉見浄水場南側道路沿いの駐車場をお勧めする。

飲食
さくら堤公園には飲食店や売店などはない。のんびりとお花見を楽しむのならお弁当とレジャーシートを持参しよう。

公園周辺は水田の広がる田園地帯で、近くに飲食店はほとんどない。県道沿いなどに飲食店が点在しているようだが数は少なく、車で走りながら飲食店を探すより、「道の駅いちごの里よしみ」まで移動した方が賢明かもしれない。道の駅まで行けば、その近辺にも飲食店がある。

周辺
さくら堤公園から西へ3kmほどで「道の駅いちごの里よしみ」がある。休憩や食事のときに立ち寄ると便利だ。「道の駅いちごの里よしみ」の北東側の下細谷耕地では7haほどの農地にコスモスを植え、10月半ばに「よしみコスモスまつり」が開催される。その季節には訪ねてみるといい。

さくら堤公園から西へ7kmほど移動すれば有名な吉見百穴がある。吉見百穴周辺も桜の名所として知られている。北西の方角へ辿れば八丁湖公園にも10km足らずの距離だ。

南東へ向かって荒川を渡れば北本町、北本自然観察公園まで5kmほどしかない。北本自然観察公園内には樹齢200年ほどというエドヒガンの大木もある。周辺には城ヶ谷堤や「石戸蒲ザクラ」など、桜の季節ならではの見所が点在している。

南へ下れば川島町、6kmほど辿れば平成の森公園という美しい公園がある。日本一という「バラのトンネル」があり、バラの花期に訪れるのがお勧めだ。
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