東京都羽村市、多摩川河畔の根搦前水田は春には“チューリップまつり”で人気を集めるところだが、本来は長閑な水田地帯だ。稲穂が黄金に実る初秋もいいが、稲が緑濃く育つ季節もいい。お天気に恵まれた七月上旬、根搦前水田を訪ねた。
東京都羽村市の西部、多摩川の河畔に“根搦前(ねがらみまえ)水田”と呼ばれる水田地帯がある。羽村市内で唯一の水田地帯だという。春は耕作前の水田を利用してチューリップが植えられ、「チューリップまつり」が開催されて大勢の鑑賞客で賑わうが、本来は長閑な田園風景の広がるところだ。田植えから稲刈りの時期まで、根搦前水田では美しい稲作の風景を見ることができる。
七月の初旬、根搦前の水田は田植えも終わり、根付いた稲の苗がすくすくと育っている。水を張った水田は苗の隙間に周囲の風景と青空を映し、初夏らしい清々しい光景を見せる。田植えの時期が少し違うのか、水田によって苗の育ち具合も違っていて、まだまだ植えたばかりの苗のようであったり、すっかり逞しく育っていたり、いろいろな水田がある。それぞれに美しい風景だ。
水田の中に鴨の姿があった。鴨は水田の中の雑草や害虫を食べてくれるし、さらに足で水を掻くことで撹拌されて水の酸素補給にもなり、糞は肥料にもなる。稲作にとっては良きパートナーだ。アイガモを水田で放飼する「合鴨農法」という農法もあるが、この鴨はアイガモではなく野生のカルガモのようだ。鴨たちは数羽の群れで行動しているようだが、親鳥と大きく育った雛鳥たちだろうか。
水田には鴨の他にも鷺の姿もある。青灰色の鷺はアオサギ(蒼鷺)、白く大柄の鷺はダイサギ(大鷺)だろう。一定の距離を置いて田んぼに佇む二羽の鷺の姿が何となくユーモラスだ。彼ら(あるいは彼女らか)は互いの存在を気にしているのか、いないのか。
田んぼの畦に並んで咲いている濃いオレンジ色の花はヤブカンゾウか。田んぼの直中だから近づくわけにもいかず、望遠レンズで写真を撮るだけだった。ヤブカンゾウ(薮萱草)は7月から8月にかけて咲く花で、本州以南なら野原などで広く見ることができる。ワスレグサ(忘れ草、萱草)の異名もあり、和歌にも詠まれるなど、平安の時代から日本人に親しまれてきた花である。
水田地帯と多摩川の間に家々の並ぶ集落がある。集落の中の道を歩いていると、一件のお宅でムクゲ(木槿)の花が咲いていた。ムクゲはアオイ科フヨウ属の落葉樹で、同じアオイ科フヨウ属のフヨウ(芙蓉)とよく似ている。ムクゲもまた平安の時代から親しまれてきた夏の花だ。個人宅に植えられたムクゲだが、あまりの美しさに、道路に張り出した枝に咲く花を写真に撮らせていただいた。
水田地帯の東端部を南北に延びる道には「雨乞街道」の名がある。昔、夏の日照りが続くと、この辺りの住人が裸でこの道を通り抜け、木製の龍頭を淵に沈めて雨乞いをしたという言い伝えがあるらしい。昔はこの辺りの風景も今とはずいぶん違っていたのだろう。その頃の風景を思い浮かべながら、雨乞いの人々の行列を想像するのも一興だ。
根搦前水田を訪れたら、多摩川沿いの堤防道も歩いてみたい。桜並木となった堤防道は「桜づつみ公園」として美しく整備され、のんびりと散策を楽しむことができる。多摩川の河川敷には宮の下運動公園のグラウンドがあり、開放感溢れる風景が広がっている。ベンチも設けられているから、腰を下ろしてひととき風に吹かれて過ごすのもいい。ベンチでお弁当を広げるのもお勧めだ。
根搦前の水田地帯はそれほど広大なものではないが、長閑な田園散歩が楽しめてお勧めだ。都心からも遠くなく、気軽に訪れることができるのも嬉しい。稲がさらに育った夏の盛りの風景や、稲穂が黄金に実った初秋の風景など、季節毎にその美しい風景を楽しもう。
根搦前水田は観光地ではない。地元の人々が日々の暮らしを営み、農業に従事するところだ。散策の際には地元の人々のご迷惑にならないよう、気をつけたい。農地を含む私有地には立ち入らない、写真を撮る際には地元の人々のプライバシーに十分に配慮するなど、くれぐれも注意したい。
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鉄道で訪れる場合はJR青梅線羽村駅が最寄りだ。羽村駅西口から羽村堰方面へと向かい、奥多摩街道から河岸を辿って上流側へと進むのが分かりやすい。駅から根搦前水田まで約1.5km、30分かからない。
根搦前水田には観光用駐車場は設けられていないので、車での来訪は避けたい。車で来訪した際には羽村駅西口周辺のコインパーキングなどに車を駐め、そこから徒歩で向かうのをお勧めする。
春の「花と水のまつり」開催中は多摩川河川敷の「宮の下運動公園」の一部が駐車場(有料)として開放されるので車での来訪も可能だが、たいへんに混雑するので余裕を持って出かけよう。周辺の道路は一方通行などの規制が行われ、要所に警備員が立っているから誘導に従って通行しよう。
根搦前水田周辺にいくつか食事の可能な店があるが、数は少ない。飲食店を探すなら羽村駅西口へ移動した方が賢明だ。
お弁当持参で訪れ、多摩川の河岸などでアウトドアランチを楽しむのもお薦めだ。
根搦前水田の周辺には阿蘇神社をはじめ、さまざまな寺社も建っている。寺社巡りを楽しむのもいい。
根搦前水田横の多摩川の堤防道は桜並木で、「桜づつみ公園」の名で花見の名所として知られる。春には圧巻の桜景色が広がり、花が終われば緑濃く葉を茂らせ、川風に吹かれながら気持ちの良い河岸散歩が楽しめる。
多摩川堤防を下流側へと歩けば数百メートルで羽村市水上公園、さらにその先は
羽村堰
だ。散策の足を延ばしてみるのもお勧めだ。
JR青梅線羽村駅のすぐ東側、五ノ神社の境内には「
五ノ神まいまいず井戸
」という古い井戸の跡がある。史跡などに興味のある人は訪ねてみるといい。
羽村駅東口から北東の方角へ羽村駅前中央通りを辿れば約1.4kmで羽村市動物公園、動物たちを見学しながらのんびりと過ごすのも楽しい。
羽村市観光協会
春の根搦前水田
初秋の根搦前と阿蘇神社
桜づつみ公園
羽村堰
春の羽村堰
五ノ神まいまいず井戸