堀切峠近くの
道の駅フェニックス前に立って南へと視線を向けると、ひょっこりと海岸に浮かぶ島影の印象的な姿が見える。巾着島という。
堀切峠から南下し、
内海を過ぎると、やがて巾着島の姿が大きく見えてくる。巾着島は地続きとなった島で、島との間の入江に小さな漁港を抱えている。その漁港を中心に広がる集落が野島地区だ。国道は集落の家々を迂回するように海岸に添ってゆくが、集落の中心を抜ける旧道に入り込むと、昔ながらののどかな漁村の佇まいを今も感じることができる。
国道220号と旧道との南側の分岐点近くに、塩筒大神(塩椎神)を祀る野島神社がある。塩筒大神(塩椎神)は
日本神話に語られる山幸彦と海幸彦のエピソードに於いて、兄の釣り針をなくして途方に暮れる山幸彦に「綿津見神の宮にゆきなさい」と助言する神である。塩筒大神(塩椎神)は翁の風貌を持つ神で、野島神社は別名を白髭神社ともいうが、一説にはある日白髭をたくわえた翁が現れ、自らを「浦島太郎」と名乗ってこの地に祀るようにと人々に告げたともいう。野島神社には神楽も伝わっており、この地域が古くから人々の住まった土地柄であることをうかがわせる。
この野島神社は境内にアコウの古木があることでよく知られている。アコウはクワ科の常緑高木で、四国南部から九州以南の海岸地帯に多く自生している。沖縄ではガジュマルとならぶ一般的な樹木であるという。日南海岸にもアコウの木は多く、巨木として知られるものも少なくない。この野島神社のアコウは樹齢三百年、樹高十五メートルを誇り、特に東西に四十メートルほどに大きく枝を張った姿も見事で、1941年(昭和16年)に「内海のアコウ」として国指定の天然記念物となっている。野島神社の境内奧にもアコウの巨木があり、それらの枝々が広がって社殿を覆い、さらに横を通る道の上にまで伸びる様子は見事なものだ。アコウは独特の姿を持つ樹木だが、野島神社のアコウはその大きさもあってか、何やら幽玄の雰囲気さえ漂い、社に祀られる翁の神の化身であるかのようにも思える。野島地区は観光名所として知られるわけでもなく、あまり立ち寄る人もないが、このアコウを見るために観光の足を止めるのも悪くないだろう。
野島地区の集落の北端あたり、国道220号と旧道との分岐点近くに野島川という小さな川が流れている。この川に河川プールが設けられ、子どもたちの遊ぶ姿があった。河岸は階段状に整備され、ビーチパラソルが立てられて夏の日差しを浴びている。河川プールの上流側の端には日南線の鉄橋が架かっており、時折ディーゼル車がのんびりと通り過ぎてゆく。川岸の道脇には河川プールを見下ろすように管理所のようなものが置かれている。その中から子どもたちを見守る役目は地元の人たちの当番制だろうか。のどかな夏の午後の風景である。