幻想音楽夜話
It Never Rains In Southern California /
Albert Hammond
1.Listen to the World
2.If You Gotta Break Another Heart
3.From Great Britain to L.A.
4.Brand New Day
5.Anyone Here in the Audience
6.It Never Rains in Southern California
7.Names, Tags, Numbers and Labels
8.Down by the River
9.The Road to Understanding
10.The Air That I Breathe

Albert Hammond : rhythm guitar & vocals
Michael Omartian : keyboard
Hal Blaine : drums
Jimmy Gordon : drums
Joe Osborn : bass
Ray Puhlman : bass
Jay Lewis : guitars
Larry Carlton : guitars
Don Altfeld : percussion
Alan Beutler : flutes
Jacky Keiso : flutes
Tommy Scott : flutes
Carol Carmichael & Friends : background vocals

Album Arranged & Conducted by Michael Omartian
Produced by Don Altfeld and Albert Hammond
1972
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 「カリフォルニアの青い空」は大好きな曲だった。懸命に歌詞を覚えて口ずさんだものだ。「カリフォルニアの青い空」は1973年春の大ヒット曲だ。原題は「It Never Rains In Southern California」といい、アメリカでは1972年の暮れから1973年初頭にかけてヒットした。この曲を歌っていたのはアルバート・ハモンドというシンガーだ。若いファンなら「おや」と思うかもしれない。そう、ストロークスのメンバーを経てソロとなって音楽活動を続けるアルバート・ハモンドJr.は彼の息子である。

 「カリフォルニアの青い空」は1973年の洋楽ヒットの代表的なもののひとつとなり、アルバート・ハモンドの名を洋楽ファンに知らしめることになった。「カリフォルニアの青い空」のヒットが一段落つく頃になると次のシングルとして「カリフォルニアへ愛を込めて」発売され、これもなかなかのヒットになった。夏には「フリー・エレクトリック・バンド」がスマッシュ・ヒットを記録、そして同じ年の秋、「落ち葉のコンチェルト」という大ヒットが生まれる。こうしてアルバート・ハモンドの名は洋楽ファンの記憶に刻まれることになった。

節区切

 アルバート・ハモンドは1942年にロンドンで生まれている。直後に一家がスペインのジブラルタルに移住したため、幼少期をジブラルタルで過ごした。バディ・ホリーを聞いて音楽の道を志し、十代半ばの頃に家出をしてモロッコのカサブランカで音楽活動を始めたという。その後、スペインに戻り、やがてビートルズの登場に湧くイギリスへと渡る。しかしなかなか成功を得ることはできなかった。チャンスが巡ってくるのはマイケル・ヘイゼルウッドと知り合い、彼と作詞作曲のコンビを組んでソングライターのチームとして活動を始めてからだ。テレビ番組の挿入歌として作った彼らの楽曲が大ヒットとなったのだ。1968年のことだ。1970年代になってハモンドとヘイゼルウッドのふたりはアメリカ進出を目指してロスアンジェルスに移住、ソングライター・チームとしてもチャンスを掴み、さらにハモンドはシンガーとしてもデビューを果たすことなる。そうして1972年に発表されたアルバート・ハモンドのデビュー・アルバムが本作「It Never Rains In Southern California」である。

 アルバムの制作には当時のウエスト・コーストの一流のセッション・ミュージシャンが名を連ねている。トム・スコットやラリー・カールトン、ジョー・オズボーン、ジム・ゴードンらの名もあり、その豪華さに少しばかり驚くが、中でも目を引くのは「Album Arranged & Conducted」としてもクレジットされているキーボード奏者、マイケル・オマーティアンの存在だろうか。マイケル・オマーティアンは1970年代初期からウエスト・コーストでセッション・ミュージシャンとして活躍、この頃はちょうどロギンス&メッシーナのファースト・アルバムへの参加で注目を浴びていた頃だろう。この後、プロデューサーとしても頭角を現し、1970年代の終わり頃になってクリストファー・クロスを世に送り出すことになるのは、ウエスト・コースト・ミュージックのファンなら知っている人も多いだろう。

 だからこのアルバムの演奏は1970年代初期のウエスト・コースト・サウンドそのものと言っていい。そのサウンドはすっきりと乾いて明るく軽やかだ。しかし、全体の印象として、このアルバムの音楽には「ウエスト・コースト・ミュージック」特有の香りが感じられない。ウエスト・コーストのミュージシャンによる演奏に支えられた音楽であるにも関わらず、「ウエスト・コースト・ミュージック」の持つ特有の空気感が、このアルバムの音楽にはない。例えば「Anyone Here in the Audience(哀しみのミュージシャン)」では演奏はカントリー・ミュージック風に仕立てられているのだが、楽曲全体の印象はまるでカントリー・ミュージックではない。その要因はもちろん言うまでもなく、アルバート・ハモンドの音楽性のバックボーンにあるのだろう。ロンドンに生まれ、ジブラルタルで育ち、バディ・ホリーに触発されて音楽の道を志し、カサブランカで音楽活動を始めた彼が、アメリカ西海岸の風土に根ざした「ウエスト・コースト・ミュージック」の空気感を携えていないのは当然のことだろう。

 そのようなところに、このアルバムの個性が生まれているとも言える。バックの演奏を支えているのは当時のウエスト・コーストの一流のセッション・ミュージシャンたちで、その演奏は紛れもない「ウエスト・コースト・ミュージック」だが、その一方で、シンガーであり、ソングライターであるアルバート・ハモンドの音楽は地域的な特徴を持たない、どこか無国籍な香りを漂わせている。その両者が融合した作品であるところにも、このアルバムの面白みと魅力がある。

節区切

 冒頭にも書いたが「It Never Rains In Southern California(カリフォルニアの青い空)」は本当に大好きな楽曲だった。軽やかな中に哀感の漂う曲調、その親しみやすく覚えやすいメロディに夢中になった。この曲が大ヒットになったのには、楽曲そのものの素晴らしさももちろんだが、イントロと間奏、エンディングでフルートが奏でる特徴的なメロディの魅力によるところも大きいに違いない。あのメロディは一度聞いたら忘れられないほどに印象深い。こうしたアレンジの巧みさも、この曲を大ヒットに導いた大きな要因に違いない。

 「From Great Britain to L.A.(カリフォルニアへ愛を込めて)」も「It Never Rains In Southern California(カリフォルニアの青い空)」に劣らないほどに大好きだった。軽やかな印象の「It Never Rains In Southern California(カリフォルニアの青い空)」に比べれば少しばかりメランコリックで、それでいて雄大な広がりが感じられるのが好きだった。間奏部でのハードなギター・ソロもよかったし、サビの部分でグッと高揚感を誘われるのも好きだった。

 「Down by the River(ダウン・バイ・ザ・リバー)」はアメリカでのデビュー・シングルとなった楽曲で、アメリカではあまりヒットしなかったようだが、日本では1974年の初夏にシングルとして発売され、「落ち葉のコンチェルト」の大ヒットの余波を受けてか、そこそこのヒットを記録している。個人的にはこの「Down by the River(ダウン・バイ・ザ・リバー)」も大好きだった。「It Never Rains In Southern California(カリフォルニアの青い空)」や「From Great Britain to L.A.(カリフォルニアへ愛を込めて)」と比べれば少し地味な印象もあるが、やはりそのメロディは親しみやすく覚えやすく、なぜか心惹かれるものがあり、これも一緒に口ずさんだものだった。

 アルバム作品としての「It Never Rains In Southern California」を聴いていて思うのは、収録された楽曲の素晴らしさだ。シングルとして発売された上記三曲以外の収録曲も、どれもが親しみやすいメロディを持った、魅力的なものばかりだ。どの楽曲をシングルとして発売してもヒットする可能性があるのではないかと思えるほどだ。「Brand New Day(新たなる日)」や「Anyone Here in the Audience(哀しみのミュージシャン)」などの軽やかな曲調の楽曲は特に個人的にはお気に入りだが、「The Road to Understanding(和解への道程)」や「The Air That I Breathe(安らぎの世界へ)」といったバラードも甲乙つけがたい。どの楽曲も、親しみやすく覚えやすいメロディを持ち、特にサビの部分は印象深い特徴を持ち、軽やかなウエスト・コースト・ミュージックに支えられて素晴らしいポップ・ソングとしての魅力を放っている。

 親しみやすいメロディと軽やかな曲調を持つそれらの楽曲は、しかしその中に何とも言えない哀感が漂っているのも特徴と言えるだろう。実はアルバムに収録された楽曲のどれもが、その演奏やメロディの印象とは裏腹にかなりヘヴィでシリアスな内容の歌詞を持っている。「It Never Rains In Southern California(カリフォルニアの青い空)」や「From Great Britain to L.A.(カリフォルニアへ愛を込めて)」の二曲もその例に漏れない。この二曲はタイトルや曲調からは「カリフォルニア賛歌」とでもいうべき印象を受けてしまうが、実はまったく逆の内容を持つ楽曲で、「カリフォルニア幻想への失望」とでも言うべきテーマが歌われている。「Down by the River(ダウン・バイ・ザ・リバー)」は、工場の廃液で川の生き物たちが死んでゆくというテーマだ。「Anyone Here in the Audience(哀しみのミュージシャン)」では聴衆の中に路上生活してきた自分を泊めてくれる人はいないかと問いかける。「Listen to the World(世界に平和を)」ではもっと直截に「世界を聴け、人々の嘆きを聴け」と歌われる。すべての楽曲がそうした社会風刺や問題提起を含んだもので、単純なラヴ・ソングなどはひとつもない。その楽曲の印象の中に哀感や悲壮感のようなものが感じられても当然のことなのだ。

 各楽曲のそうしたテーマは、アルバート・ハモンドとマイケル・ヘイゼルウッドが音楽を志して成功へ至るまでに重ねてきた長い道程と失意の日々、いわゆる「下積みの苦労」というものに呼応したものだろう。「It Never Rains In Southern California(カリフォルニアの青い空)」や「From Great Britain to L.A.(カリフォルニアへ愛を込めて)」のテーマは、成功を目指してイギリスからカリフォルニアへ移住してきた自分たちの姿そのものなのかもしれない。「Anyone Here in the Audience(哀しみのミュージシャン)」も、なかなか才能を認めてもらえず、チャンスの巡ってこない、下積み時代の自らの姿を自虐的にモチーフにしたものだろうか。

 アルバート・ハモンドというシンガーは、シンガーとしての技術や力量といった点では決して「上手い」シンガーとは言えない。声質も特に美しいというわけではない。しかしその歌声には真摯で誠実な印象があり、聴き手の心に訴えかけてくるものがある。このアルバムが発表された1972年、1942年生まれのアルバート・ハモンドは30歳だ。決して早いデビューとは言えない。いや、遅いと言った方がいい年齢だ。しかしだからこそ、デビューまでに重ねてきた失意と苦労の日々が、その歌声に織り込まれているのだ。それ故にその歌声は聴き手の心に響くのだ。

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 1973年に「カリフォルニアの青い空」から「カリフォルニアへ愛を込めて」、「フリー・エレクトリック・バンド」、「落ち葉のコンチェルト」と立て続けにヒット曲を放ったアルバート・ハモンドだが、1970年代後半になる頃から次第にその名を聞かなくなってしまった。ソングライティングの才能が広く認められ、シンガーとしてよりもソングライターとしての活動が主になっていったようだ。

 アルバート・ハモンドのヒット曲の中でも、特に日本では「カリフォルニアの青い空」と「落ち葉のコンチェルト」の二曲は人気が高く、「1970年代ヒット曲集」のようなコンピレーション・アルバムに収録されることが少なくない。しかし彼のオリジナル・アルバムは日本ではなかなかきちんとしたCD復刻がなされず、ずいぶんと待たされたのだが、ようやく2007年、DSDマスタリング、紙ジャケット仕様で復刻され、ファンを喜ばせてくれた。この時の復刻CD(EICP 879)にはボーナス・トラックとして「落ち葉のコンチェルト」が収録されており、「カリフォルニアの青い空」と「カリフォルニアへ愛を込めて」、「ダウン・バイ・ザ・リバー」、「落ち葉のコンチェルト」と、日本での初期のヒット曲のほとんどがこの一枚で聞けるのも嬉しい。

 アルバム「It Never Rains In Southern California」が発表されてからすでに三十数年、アルバート・ハモンドの名を聞いて「カリフォルニアの青い空」のイントロのメロディを思い出し、懐かしい気持ちになる人も多いかもしれない。「あの頃、あの曲が好きで、よく聞いていたな」と思う人があったなら、そして「久しぶりにまた聞いてみたい」と思う人があったなら、この「It Never Rains In Southern California」のアルバムを探して入手することをお勧めする。このアルバムには、長い下積み時代を経てようやくチャンスを掴んだアルバート・ハモンドのすべてが詰まっている。このアルバムはシンガーでありソングライターでもあるアルバート・ハモンドの原点と言ってもいい作品だ。名盤である。