Born To Run / Bruce Springsteen
1.Thunder Road
2.Tenth Avenue Freeze-out
3.Night
4.Backstreets
5.Born To Run
6.She's The One
7.Meeting Across The River
8.Jungleland
Bruce Springsteen : guitar, vocal, harmonica.
Garry Tallent : bass guitar.
Max M. Weinberg : drums.
Roy Bittan : Fender Rhodes, glockenspiel, piano, harpsichord, organ
Clarence Clemons : saxophones.
Randy Brecker : trumpet, flugel horn.
Michael Brecker : tenor saxophone.
Dave Sanborn : baritone saxophone.
Wayne Andre : trombone.
David Sancious : keyboards.
Danny Federici : organ.
Ernest "Boom" Carter : drums.
Richard Davis : bass.
Produced by Bruce Springsteen, Jon Landau and Mike Appel
1975
2.Tenth Avenue Freeze-out
3.Night
4.Backstreets
5.Born To Run
6.She's The One
7.Meeting Across The River
8.Jungleland
Bruce Springsteen : guitar, vocal, harmonica.
Garry Tallent : bass guitar.
Max M. Weinberg : drums.
Roy Bittan : Fender Rhodes, glockenspiel, piano, harpsichord, organ
Clarence Clemons : saxophones.
Randy Brecker : trumpet, flugel horn.
Michael Brecker : tenor saxophone.
Dave Sanborn : baritone saxophone.
Wayne Andre : trombone.
David Sancious : keyboards.
Danny Federici : organ.
Ernest "Boom" Carter : drums.
Richard Davis : bass.
Produced by Bruce Springsteen, Jon Landau and Mike Appel
1975
「明日なき暴走」という名の、その曲を初めて耳にしたとき、鳥肌の立つような興奮を覚えた。「明日なき暴走」が日本でヒットするのは1975年の秋から1976年の初頭にかけてのことだから、初めて耳にしたのは、おそらく1975年の秋頃のことだったろう。
それまで、実はブルース・スプリングスティーンというシンガーのことをほとんど知らなかった。ブルース・スプリングスティーンは1973年の1月に「アズベリー・パークからの挨拶(Greetings From Asbury Park, N.J.)」によってデビュー、同年9月にはセカンド・アルバム「青春の叫び(The Wild, the Innocent & the E Street Shuffle)」を発表しており、日本でもこの二枚のアルバムは前後して1974年に発売されている。彼のデビューはアメリカでは「ボブ・ディランの再来」などと騒がれ、かなり評判になっていたらしい。その二枚のアルバムのことを、そしてブルース・スプリングスティーンのことを、当時音楽雑誌などで目にしてはいたのだが、ほとんど関心がなかった。その頃、個人的な音楽の嗜好は完全に「ブリティッシュ・ロック」だったから、「ボブ・ディランの再来」などと謳われる、シンガー/ソング・ライター風の、アメリカのニュー・アーティストになど、まるで興味が持てなかったのだ。
「ボブ・ディランの再来」という言葉によって先入観を持ってしまったのかもしれない。あるいはまた既に発表されていた二枚のアルバムの日本語タイトル、「アズベリー・パークからの挨拶」と「青春の叫び」という言葉に、内省的な歌を唄うシンガー/ソング・ライター的なアーティストを連想したのかもしれない。とにかく「明日なき暴走」を聴くまで、ブルース・スプリングスティーンに対して「ロック」とは無縁のアーティストであるように思っていたところがある。だからなおさら「明日なき暴走」との出会いは衝撃的だった。
当時「ブリティッシュ・ロック」の、特に「ハード・ロック」と呼ばれるスタイルや「プログレッシヴ・ロック」と呼ばれるスタイルを愛していた身としては、ブルース・スプリングスティーンの音楽はそれらとはあまりにかけはなれて聞こえたものだった。エッジを効かせたハードなギター・リフも無ければ、先鋭的で技巧的な音楽的実験性も無く、陰影に富む劇的な構成も無く、スリリングに絡み合うインプロヴィゼーション・プレイも無い。妙に「口数が多い」ように感じるブルースの歌唱と、そのバックを支えるのは何の変哲もないロックン・ロールの演奏だ。さらにその演奏には「ロック」には不似合いだと思っていたサックスまで用いられているではないか。ブルース・スプリングスティーンの音楽は、当時自分が愛した「ロック」とはまるで別種のもので、自分の「基準」に照らせばとても「ロック」とは呼べないものだった。
しかし、この疾走感はどうだ。溢れるように漲る緊張感と力感はどうだ。これを「ロック」と呼ばずして何を「ロック」と呼ぶのか、とでも言うような、鮮烈な印象があった。自分が「ロック」というものに対して抱いていた視野の狭い思い込みのような「基準」が、いとも簡単に蹴っ飛ばされた瞬間だった。
アルバム「明日なき暴走」に収録された楽曲はタイトル曲「明日なき暴走」を含めて8曲、LP時代にはA面、B面それぞれに4曲が収められていた。聴いてみると、「明日なき暴走」のような疾走感溢れるロックン・ロールが全編を占めているわけではなく、意外な気がしたのも事実だった。しかし、アルバム全体に漲る緊張感、疾走感、パワー感は圧倒的だった。
やはりアルバム収録曲中では「Born To Run(明日なき暴走)」が最も印象に残るが、他の楽曲も決して劣るものではない。ピアノとハーモニカの哀感を帯びた演奏のイントロが印象的な「Thunder Road(涙のサンダーロード)」もいい。ランディ・ブレッカーやマイケル・ブレッカーらのジャズ・ミュージシャンがゲスト参加した「Tenth Avenue Freeze-out(凍てついた十番街)」も味わい深い。「Meeting Across The River」はピアノ演奏を主体にした静かな楽曲だが、ブルースの歌声はやはり熱い。この楽曲では遠くで鳴っているようなランディ・ブレッカーのトランペットが良い雰囲気を与えていて印象深い。疾走感溢れるロックン・ロールの「Night(夜に叫ぶ)」もいい。ブルースの叫びのような歌声に圧倒される「Backstreets(裏通り)」も素晴らしい。「She's The One(彼女でなけりゃ)」の雄大な感じも印象的だ。そしてアルバム最後に9分半ほどを費やして収録された「Jungleland」は、このアルバム中の白眉と言ってよいかもしれない。ブルースの歌声、バンドの演奏ともに圧倒的な魅力に満ちて聴き応えがある。「Jungleland」ではストリングスも用いられているが、これもとても効果的で楽曲の魅力を倍加させているように思える。
この音楽の魅力がブルース・スプリングスティーンの歌声そのものにあるのは言うまでもないが、それを支えるバンドの演奏もとても素晴らしい。特にClarence Clemonsのサックスは、この音楽になくてはならないものだろう。Roy Bittanの奏でるピアノもアルバム全編に欠かせない要素のひとつだ。ブルースの歌とバンドの演奏が一体となって造り上げるロックン・ロールの魅力はなかなか言葉で表現し尽くせない。
ブルース・スプリングスティーンの音楽は、「ロック・ミュージック」が持つ「ロックン・ロール」としての根元的な力を持ったものだ。「ロック」というものが、演奏の形態や技巧、用いられる楽器や奏法などにまったく依存しないものだということ、「ロック」はそのままパフォーマーの表現姿勢そのものなのだということを、彼の音楽は見事に証明してくれる。
まるで何かに取り憑かれたように熱を帯びたブルースの歌声はそれだけで聴く者に興奮を誘わずにはおかない。彼の歌声には若さ故の性急さが残り、それが独特の「疾走感」を醸し出しているようにも思える。その「疾走感」は、例えば「今すぐに走り出さなくてはならない」とでもいうような衝動となって聴く者の胸を熱くする。この音楽を聴いて胸にこみ上げてくる熱い想いは何なのか。
ブルース・スプリングスティーンはニュー・ジャージーの工業地帯で青春時代を過ごしたという。このアルバムの音楽から想起するイメージはまさに煌びやかな都会に隣接する雑然とした工業地帯の風景だ。しかも夜だ。夜が更けても煌々とネオンが輝き、人々が享楽の時を過ごす夜の街を、しかし自分はそこへ身を置くこともできずに川向こうの風景のように見る。自分がいるのは工場の建ち並ぶ殺伐とした風景の中だ。人の行き交いも絶えた薄暗い通りには夜通し稼働するどこかの工場の騒音が低く響いている。どこからか工事現場の騒音や救急車のサイレンが聞こえてくる。そのような中で身の置き所のない疎外感と孤独とを持て余し、行き場のない焦燥感に煽られながら、明日への出口を探しているような、そのようなイメージだ。しかしその奥底にはしっかりと希望が息づいている。現状に絶望して屈することのない力が満ち溢れている。その力が、聴く者の心へ、確かに伝わる。
少しばかり青臭い言い方をするなら、これは「青春」の音楽であるだろう。欺瞞と不条理に満ちた日常に絶望を感じながらも明日への希望を求めて手を伸ばすような、そんな絶望感と希望への力感が同居した音楽だと言っていい。それはそのままブルース・スプリングスティーンの「青春」の想いであるのかもしれない。そのような想いが彼の歌声となり、その良き理解者であるバンドの演奏と一体となって音楽の形を成したとき、普遍的な音楽の魅力となって聴き手の共感を呼び、感動を誘うのだ。
初めて「明日なき暴走」を耳にしてからすでに三十年近くが経つ。しかし未だにこの音楽の感動は色褪せない。もちろんアルバム全体、すべての楽曲が好きだが、個人的には特に「Backstreets(裏通り)」、「Born To Run(明日なき暴走)」、「She's The One(彼女でなけりゃ)」、「Jungleland」といった楽曲が気に入っている。これらの楽曲を聴いていると、特にそのイントロを耳にすると、わけもなく胸が熱くなるのを禁じ得ない。
アルバム「明日なき暴走(Born To Run)」は1970年代のロックの名作というだけでなく、アメリカン・ロック・シーンが生んだ、ロック史上に残る傑作中の傑作と言って間違いない。ブルース・スプリングスティーンはこの後も精力的に活動を続け、1980年代にはこれも傑作として知られる「Born In The U.S.A」を発表、アメリカン・ロック・シーンの頂点に登り詰め、「ボス」と呼ばれるようになる。
アルバム「明日なき暴走(Born To Run)」の発表に先立つ1974年、ボストンでのライヴで「明日なき暴走」を含むいつくかの楽曲が新曲として披露されたのだという。当時ローリング・ストーン誌のライターだったJon Landauは、このときのライヴに大いに衝撃を受けた。彼はブルース・スプリングスティーンに対して「私はロックン・ロールの未来を見た」とまで評し、この一節は後々まで語り継がれる名文句になった。そしてサード・アルバム「明日なき暴走」は発表されるや否や大きな話題を呼んでセールス的にも大成功となった。ブルース・スプリングスティーンは一躍「時の人」となり、タイム誌やニューズウィーク誌の表紙を飾った。それは確かに、アメリカン・ミュージック・シーンに「ロックン・ロールの未来」が開かれた瞬間だったかもしれない。
This text is written in April, 2004
by Kaoru Sawahara.
by Kaoru Sawahara.