幻想音楽夜話
No Fun Aroud / Glenn Frey
1.I Found Somebody
2.The One You Love
3.Partytown
4.I Volunteer
5.I've Been Born Again
6.Sea Cruise
7.That Girl
8.All Those Lies
9.She Can't Let Go
10.Don't Give Up

1982 Asylum.
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 グレン・フライのソロ・アルバム「No Fun Aroud」が発表されたのは1982年のことだった。イーグルスが1979年の「The Long Run」に続いてライヴ・アルバムを1980年に発表し、それから2年が経っていた。1976年に名作「Hotel California」を発表した後のイーグルスを見ていて、「イーグルスももう終わりかもしれない」と感じていたから、メンバーのソロ・アルバムが発表されるのは当然のことのように思えた。グレン・フライのソロ・アルバムが発表されたのと同じ頃、申し合わせたようにイーグルスは正式に解散を発表したが、けっきょくはグレンのソロ・アルバム発表がそのままイーグルスの解散を意味していたと言えるのだろう。まるでグレンが一方的に通告するような形でイーグルスが解散に至ってしまい、このことをドン・ヘンリーは快くは思わなかったらしく、二人の間に確執を生むことにもなったという。因みにドン・ヘンリーのソロ・アルバム「I Can't Stand Still」も、グレンのソロ・アルバムを追いかけるように同じ1982年に発表されている。ともあれ、イーグルスの解散とグレン・フライのソロ・アルバムの発表は、確かに「ウエスト・コースト」の音楽シーンの時代の移り目、古き佳き70年代の終焉を象徴する出来事だった気がする。

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 イーグルスの楽曲の中でも「Take It Easy」や「Lyin' Eyes」、「New Kid In Town」といった軽快な楽曲が好きだったこともあって、それらの楽曲でリード・ヴォーカルを担当するグレン・フライのソロ・アルバムには少し興味を持った。一曲目に収録された「I Found Somebody」がシングルとして発売されてFMなどで耳にするようになり、「なかなかよさそうだな」と思っていたところに、偶然「The One You Love」を聴いた。「恋人」という邦題の付けられたこの曲にすっかり魅せられてしまい、この一曲だけで「No Fun Aroud」に対する個人的な評価が定まってしまった。有り体に言えば、この楽曲が聴きたいがためにこのアルバムを購入してしまったということだ。

 時代はすでに1980年代、アメリカのポップ・ミュージック・シーンも、そして日本でも、いわゆる「AOR」とフュージョンが最盛期を迎えていた。グレン・フライのソロ・アルバムも当然そうした方向性の音楽になるだろうことは推測できた。イーグルスのデビューから十年を隔てて、メンバー自身も、そして聴き手である我々もそれなりに年齢を重ねた。1970年代初期のような素朴なカントリー・ロックをグレンが聞かせてくれるとは、もちろん思ってはいなかった。

 そもそもグレン・フライはイーグルスのメンバーの中でも最も「ポップ」に寄っていた人ではなかったかと思う。イーグルスの初期に於いてはバンドの運営を担っていたのも彼だったという。ストイックな印象のドン・ヘンリーなどと比べれば、少々「軟派」な感じのする人だったのも確かだ。音楽的才能には長けた人で、イーグルスの初期に於いては実質的な音楽的リーダーであったようだし、さまざまな楽器をこなすマルチ・ミュージシャンだったが、悪く言えば「器用貧乏」的な印象もなくはなかった。そのグレン・フライの持ち味、その長所が、うまく時流に乗って結実したのが、このソロ・アルバムだった気がする。

 この「No Fun Aroud」そのものはなかなか良い出来映えであったにも関わらず後世に名を残すような作品とはならなかったようだが、1984年の次作「The Allnighter」の収録曲「Smuggler's Blues」が「マイアミ・バイス」で使われて脚光を浴び、やがて「The Heat Is On」や「You Belong To The City」の大成功へと繋がってゆくことを思えば、グレン・フライの音楽的才能がイーグルスとはまた違った方向性で開花したのが、このアルバムだったのではないかという気がする。

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 「No Fun Aroud」の音楽は、1970年代の「ウエスト・コースト・サウンド」を踏襲した印象のものやシンプルなロックン・ロールやR&B的な印象のものまでさまざまだが、全体の佇まいとしては1980年代初期のアメリカン・ポップ・ミュージック・シーンの傾向を如実に示したものである気がする。ひとことで言い切ってしまえば、いわゆる「AOR(米国風に言えば「Adult Contemporary」)」の範疇にあると言ってよいのではないかと思う。

 このアルバムに於いてイーグルス時代との違いをいちばん感じるのは、「I've Been Born Again」や「Sea Cruise」といった楽曲を取り上げていることではないだろうか。R&B風の「I've Been Born Again」はそもそも1970年代にスタックス・レーベルのジョニー・テイラーが歌った楽曲で、往年のロックン・ロールを彷彿とさせる「Sea Cruise」の方は1950年代のフランキー・フォードによるヒット曲だ。こうした楽曲を歌っているところにグレン・フライの音楽的背景が感じられて興味深い。

 ロマンティックでメランコリックな印象を湛えた「That Girl」はグレン・フライとボブ・シーガーとの共作による。グレン・フライはそもそもはデトロイトの出身で、同郷のボブ・シーガーとは旧知の仲であるという。南国的情緒感の中、波間にたゆたうような感触が心地よい楽曲だ。「That Girl」の次に収録された「All Those Lies」はグレン・フライの作詞作曲による楽曲で、全体的な曲調や演奏の印象がイーグルスの「Witchy Woman」や「One Of These Nights」といった少々ヘヴィな感触の楽曲を彷彿とさせる。印象的なリード・ギターはグレン自身の演奏によるもののようだ。

 「I Volunteer」はジャック・テンプチンとBill Bodine(何と発音するのかよくわからない)との共作で、イーグルス時代を彷彿とさせるようなミディアム・テンポの楽曲だ。イーグルスを彷彿とさせるのも無理はないかもしれない。ジャック・テンプチンはイーグルスのファースト・アルバムに収録されていた「Peaceful Easy Feeling」の作者として知られるソング・ライターだ。

 他の楽曲はすべて、そのジャック・テンプチンとグレン・フライとの共作だ。「I Found Somebody」はシングルにもなった曲だが、Al Garthによるテナー・サックスが印象的な佳曲だ。「The One You Love」は前述したが、感傷的な哀感に満ちたスロー・バラードで、イントロや間奏で曲を盛り上げるサックスはErnie WattsとJim Hornの演奏による。ストリングスも効果的に使われているが、ストリングス・アレンジはプロデューサーとしても名を連ねるJim Ed Norman、美しい響きを聞かせるエレクトリック・ピアノはグレン・フライ自身の演奏による。内容は切ないラヴ・ソングで、個人的にはまさに名曲、心に染みいるものがある。「Partytown」は軽快なブギ調のロックン・ロールだ。グレンのヴォーカルも力強い。グレン自身のリード・ギターもなかなかハードだ。「She Can't Let Go」はイーグルスの「Hotel California」に収録されていた「New Kid In Town」を彷彿とさせる楽曲で、アコースティック・ギターの響きが少し感傷を含んで美しく、軽やかで大らかな印象が心地よい。Steve Formanがパーカッションを演奏している以外は、すべてグレン自身の演奏という。アルバム最後に収録された「Don't Give Up」は締めくくるようにハードなロック・ナンバーだ。

 アルバムにはさまざまな曲調の楽曲が並ぶ。さまざまなミュージシャンが参加しており、レコーディング・スタジオもロサンゼルス以外にアラバマやマイアミのスタジオの名が記されているが、決して散漫な印象はない。イーグルス時代を彷彿とさせるようなカントリー・ロック調の楽曲もあるが、「土臭さ」というものはまるで感じることはなく、どちらかと言えば都会的で洒脱な音楽だと言うことができる。グレン・フライはすべての楽曲でさまざまな楽器を演奏し、マルチ・ミュージシャンぶりを披露してくれてもいる。グレン・フライという人はなかなかの「伊達男」だが、まさにその人の音楽だという気もする。

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 イーグルスの解散とほぼ同時にグレン・フライのソロ・アルバムが発表されたとき、ファンの多くはそこにイーグルスの音楽の継続を望んだかもしれない。その願いはある意味で満たされ、ある意味では裏切られたことだろう。時代が1980年代に移ってアメリカン・ミュージック・シーンの様相も変わってゆき、その中でイーグルスの音楽もまた変わってゆかなくてはならなかったのだろうということが、今になってよくわかる。音楽は時代を映し、時代と共に変わる。1970年代のアメリカン・ミュージック・シーンを席巻したイーグルスも、そのエッセンスを別の容れものに入れ替えて担い手を変えなくてはならなかった。その新しい形がグレン・フライのソロであり、ドン・ヘンリーのソロであっただろう。

 このグレン・フライのソロ・アルバムにある音楽は、イーグルスの継続でもなければイーグルスとの訣別でもない。かつてイーグルスというバンドの一翼を担ったミュージシャンの、そのときの「今」を映し出した真摯な音楽だ。そこにはイーグルスで培われた音楽が脈打ち、その上に新しい音楽の息吹がある。この音楽は「ウエスト・コースト」のロックであり、「AOR」でもあり、そしてそれ以上に、当時のアメリカン・ミュージックの王道のひとつであっただろう。決して「名盤」とか「傑作」と呼ばれる作品ではない。しかし、イーグルスを愛したファン、「ウエスト・コースト・サウンド」を愛したファン、「AOR」を愛するファン、そして良質のポップ・ミュージックを愛するファンのすべてに、受け入れられるべき音楽ではないかと思える。

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 この音楽を聴いていると、青く澄んだ空や、潮風に揺れる椰子の葉や、夕暮れの浜辺や、乾いた風の吹き渡る街路といった風景が思い浮かぶ。やはり基本的に「ウエスト・コースト・サウンド」なのだ。気楽さと陽気さと気怠さと、そして郷愁と感傷とを併せ持った、第一級の「ウエスト・コースト・サウンド」なのだ。個人的な好みで言えば、やはり感傷的なバラードの「The One You Love」や「That Girl」がいい。この何とも言えない「せつなさ」がいい。