幻想音楽夜話
Wired / Jeff Beck
1.Led Boots
2.Come Dancing
3.Goodbye Pork Pie Hat
4.Head For Backstage Pass
5.Blue Wind
6.Sophie
7.Play With Me
8.Love Is Green

Jeff Beck : guitar.

Max Middleton : Clavinette, Fender Rhodes
Wilbur Bascomb : Bass
Narada Michael Walden : Drums, Piano
Jan Hammer : Synthesizer, Drums
Richard Bailey : Bass
Ed Green : Drums

Produced by George Martin and Jan Hammer
1976 CBS Records Inc.
Thoughts on this music(この音楽について思うこと)

 ロック・シーンに衝撃を与えた傑作「Blow By Blow」に続いて、翌1976年には次作「Wired」が発表された。大方の予想通りというのか、期待通りというのか、「Wired」もまたジェフ・ベックのギターを中心に据えたインストゥルメンタル・アルバムだった。方法論としては「Blow By Blow」の延長上にあったものだが、その完成度は高く、決して「二番煎じ」的な印象のものではなかった。「Blow By Blow」で確立したジェフ・ベックなりの音楽への方法論というものに立脚し、さらにそこから大きく次のステップへ踏み出したもののように見えた。「Blow By Blow」は衝撃的な作品だったが、「Wired」もまた多くのファンに衝撃をもたらしたものではなかったか。「Wired」を前にすると、あの「Blow By Blow」さえ実は出発点に過ぎなかったのだと、そんなふうにも思えたものだった。

節区切

 「Wired」の制作に当たっては、前作「Blow By Blow」でも活躍した盟友マックス・ミドルトンの全面的なサポートがあったようだ。クラヴィネットと「フェンダー・ローズ」を演奏して、彼は「Wired」のほぼ全収録曲の制作に参加している。そのマックス・ミドルトンと共に、今回ジェフ・ベックのギターを支えるメンバーは、ウィルバー・バスコム、ヤン・ハマー、ナラダ・マイケル・ウォルデン、リチャード・ベイリーといったミュージシャンたちだった。ベーシストのウィルバー・バスコムは1960年代の終わり頃から活躍していたミュージシャンで、バーナード・バーディとの共演などのキャリアを持つ人物であるらしい。キーボード奏者のヤン・ハマーとドラマーのナラダ・マイケル・ウォルデンはマハビシュヌ・オーケストラのメンバーとして活動していた経歴を持ち、超絶的な演奏技巧を誇るミュージシャンだった。ヤン・ハマーとマックス・ミドルトンとのふたりのキーボード奏者が参加している形だが、ヤン・ハマーは主としてシンセサイザーの奏者として参加しており、ジェフのギターとのツイン・リードを随所で聴かせている。リチャード・ベイリーは「Blow By Blow」にも参加していたドラマーで、収録曲二曲で演奏している。また一曲だけだが、エド・グリーンの名も記されている。エドは当時から数々のミュージシャンのバックと務める腕利きのドラマーだ。

 そのようないわゆる「ジャズ畑」のミュージシャンたちの参加によって、「Wired」は「Blow By Blow」よりさらにジャズ/フュージョン色の強い音楽になった。当時のジェフ・ベックはマハビシュヌ・オーケストラの音楽を大いに意識していたらしく、「Blow By Blow」の制作も彼のそうした指向が影響していたようだ。この「Wired」の制作に当たってのヤン・ハマーとナラダ・マイケル・ウォルデンの参加は、ジェフ・ベック自身の望んだことだったのだろう。

 ジェフ・ベックというギタリストは、優れたミュージシャンとの共演の機会に恵まれたときに、彼らの演奏からインスパイアされて自らの潜在的な能力を大きく開花させるような傾向がある。第一期ジェフ・ベック・グループに於けるロッド・スチュワートとのバンド結成、BB&Aに於けるカーマイン・アピスとティム・ボガートとのトリオ結成といった例に始まり、スタンリー・クラークとの共演など、この後もそうした傾向は続く。

 そして今回、「Wired」に於いてジェフ・ベックに刺激を与え、優れた「競演」を果たしたのは、ヤン・ハマーとナラダ・マイケル・ウォルデン、ウィルバー・バスコムといった「ジャズ畑」のミュージシャンたち、特にシンセサイザー奏者としてのヤン・ハマーの存在に他ならない。ジェフ・ベックのギターとヤン・ハマーのシンセサイザーによるツイン・リード、それを支えるのはナラダ・マイケル・ウォルデンのドラムとウィルバー・バスコムのベース、マックス・ミドルトンのクラヴィネットだ。「スーパー・バンド」と言っても差し支えないのではないか。彼らによって制作された楽曲群は超絶的なテクニックを持つ有能なミュージシャンたちだけが成し得る、非常に優れた器楽演奏の持つスリリングでタイトで切れ味の鋭い味わいに満ち溢れている。その演奏に身を委ねていると何とも言えない快感を感じて、優れた演奏技巧に裏付けられた音楽の凄みといったものを痛感する。

 そうした魅力、卓越した演奏技術の凄みというものを堪能できるのが、「Led Boots」や「Come Dancing」、「Sophie」、「Play With Me」といった楽曲群だ。特に「Led Boots」に於ける演奏は鬼気迫るものがあり、その切れ味の鋭さは筆舌に尽くしがたい。ハードでタイトでソリッドな音像のもたらす印象は生半可な「ハード・ロック」を蹴っ飛ばすような勢いがある。いったいどのような感性によってこのようなフレージングが可能になるのだろうかと不思議に思うようなジェフ・ベックのギター、そのジェフ・ベックのギターに真っ向から勝負を挑むようなヤン・ハマーのシンセサイザー、そしてまた印象深いのがナラダ・マイケル・ウォルデンのドラムだ。本当に二本の腕と二本の脚だけでこのような演奏ができるのだろうかと舌を巻くほどに凄い。「Come Dancing」と「Play With Me」は少しばかりファンキーな味わいのダンサブルな楽曲だが、こうした楽曲での演奏も素晴らしい。ジャズ/フュージョン系の演奏をバックに、強烈にドライヴするジェフ・ベックのギターが痛快だ。「Led Boots」はマックス・ミドルトンによる作曲だが、他の「Come Dancing」、「Sophie」、「Play With Me」はすべてナラダ・マイケル・ウォルデンのペンによる。

 「Blue Wind」はジェフ・ベックとヤン・ハマーのふたりだけで制作された楽曲であるらしい。ヤン・ハマーがシンセサイザーとドラムを演奏し、ベースもシンセサイザーによるものという。作曲もヤン・ハマーだ。完全にジェフ・ベックとヤン・ハマーのふたりのコラボレーションによって制作された楽曲というわけだが、それを裏付けるようにふたりの演奏が火花を散らす。ふたりの壮絶な「バトル」は「ハード・ロック」的な痛快感さえ伴っている。このアルバムの収録曲の中では比較的ダイレクトでストレートな感じを受ける楽曲で、爽快な疾走感を感じる「かっこいい」曲だ。「Jeff Beck with The Jan Hammer Group」の名義で 「Wired」の次作として発表されたライヴ・アルバムにも収録されている。

 アルバム最後に収録された「Love Is Green」はナラダ・マイケル・ウォルデンによる楽曲だが、そのタイトルが、1968年に発表され、ジェフ・ベックのキャリアの中でも悪名高きシングル「Love Is Blue(邦題は「恋はみずいろ」、ポール・モーリアの演奏で有名な楽曲)」のパロディか、と話題になったものだった。それはともかく、楽曲そのものは決して悪くない。ナラダ・マイケル・ウォルデンがピアノを演奏し、ウィルバー・バスコムのベースを加えて、トリオで制作されたものらしいが、ジェフ・ベックはアコースティック・ギターも演奏し、なかなか味わいのある余韻を残し、アルバムの最後を締めくくるには相応しい楽曲であるように思える。

 ヤン・ハマーとナラダ・マイケル・ウォルデンを迎えて制作されたこれらの楽曲群とは少々趣が異なっているのが、「Goodbye Pork Pie Hat」と「Head For Backstage Pass」の二曲だ。この二曲はジェフ・ベックに加え、マックス・ミドルトン、ウィルバー・バスコム、リチャード・ベイリーというバンド編成で制作されており、他の楽曲群と比較してもさらにジャズ色が強い。「Goodbye Pork Pie Hat」は有名なジャズ・ミュージシャンであるチャーリー・ミンガスの楽曲で、「Blow By Blow」に収録されていた「Cause We've Ended As Lovers」を彷彿とさせるような情感溢れるバラードだ。ジェフ・ベックのギターは野太いサウンドから繊細な音色まで変幻自在、肉声の歌唱にも劣らないほどの表現力で「歌って」いる。「Head For Backstage Pass」はウィルバー・バスコムとアンディ・クラークという人物との共作による楽曲で、そのためか、イントロ部ではなかなか粋なベース・ソロを聴くことができる。バンド演奏は軽快なフュージョン・サウンドと言ってよいが、その演奏に乗ってジェフ・ベックのギターが冴え渡る。

 「Wired」の制作に当たっては、もしかするとヤン・ハマーとナラダ・マイケル・ウォルデンのふたりを迎えたセッションと、ドラムにリチャード・ベイリーを起用したセッションとの二種が存在したのかもしれない。それぞれのセッションで録音されたテイクの中から、これらの八曲が選ばれてアルバムとなったものではないか。そのことは決してマイナスには作用せず、アルバム全体の幅を広げ、その音楽に奥行きを持たせるように作用したように思える。ヤン・ハマーとナラダ・マイケル・ウォルデンを迎えたアグレッシヴでプログレッシヴなクロスオーヴァー・ミュージックだけでなく、どちらかと言えばオーソドックスなジャズ/フュージョン・サウンドにジェフ・ベックのギターが融合した音楽という二種が収録されたことで、「Wired」は傑作と成り得たのではないか。

節区切

 「Wired」に於いてヤン・ハマーの演奏するシンセサイザーがすべての楽曲で聴かれるわけではないが、あまりに強烈な印象のためか、「Wired」というアルバムの音楽とヤン・ハマーの演奏するシンセサイザーは切り離せないもののように思える。ヤン・ハマーのシンセサイザーはまるでギターを彷彿とさせるような音色と奏法で、ジェフ・ベックの演奏するギターとの白熱したツイン・リードを聴かせる。この当時の先鋭的なクロスオーヴァー・ミュージックを好むファンにとって、その演奏はとても魅力あるものだが、一般的なロック・ファンにとってはそうでもなかったかもしれない。特にヤードバーズや第一期ジェフ・ベック・グループの頃のジェフ・ベックを好むファンにとって、ヤン・ハマーのシンセサイザーは(確かにテクニックは凄いが)無機質で機械的な、味気ないものに聞こえたかもしれない。

 それを責めはしない。「Wired」はすでに「ロック」ではないからだ。「Wired」は「ジャズ」だ。ロックン・ロールの発展形でもなく、ブルース・ロックの進化形でもない。その在り方はもやは「ジャズ」なのだ。「Wired」の音楽には、マハビシュヌ・オーケストラやリターン・トゥ・フォーエヴァー、ウェザー・リポート、ハービー・ハンコックといった、当時の先鋭的なクロスオーヴァー・ミュージックと同等の香りがある。彼らが「ジャズ」という既存の概念を跳び越えて新しい音楽を創造しようとしていた時代、既存の「ロック」に見切りをつけたようにインストゥルメンタル・ミュージックを指向したジェフ・ベックは、実は同じ地平を目指したのかもしれない。

節区切

 しかしそれでも、ジェフ・ベックのギターは「ロック」として屹立する。ジェフ・ベックは「ロック・ギタリスト」であり、そのスタンスは決して揺るがない。だからこそヤン・ハマーとナラダ・マイケル・ウォルデンを迎えてもなお、ジェフ・ベックの演奏は「ロック」であり続け、その拮抗の中に新しい音楽が現出したのではないのか。そのことによって「Wired」は傑作として名を残しているのではないのか。「Wired」の音楽の、その中に封じ込められたジェフ・ベックのギターの、このソリッドでタイトでハードでダイレクトな美しさ、その切れ味の鋭さはどうだ。「Wired」は、その印象的なアルバム・ジャケットが象徴するように、演奏という行為が音楽として昇華する、まさにその瞬間をとらえた傑作である。